◆君の面影を追って③
「調査結果をご報告してもよろしいでしょうか?」
調査員もワクソーム城がどのような状況か理解している。イワンであれば、女一人の行方など後回しにするだろう、と思っていたが、彼は短く答えるのだった。
「聞こう」
「……調査対象は、三十年前にソロヴィエフ邸を去った後、ナベレヤの紛争地帯へ。そこで反政府運動に参加。組織の中核に近いポジションを与えられるほど、熱心な働きを見せていたようです」
ナベレヤはその後、独立に成功している。彼女はその地で幸せに暮らしたのだろうか。
「ナベレヤの独立後はトネクフストの紛争地帯へ。そこで結婚し、子どもを生み、家庭を築きました」
「……結婚?」
「はい」
それが真実だとは思えなかった。クララは幸福の中では生きていられないはず。それが、なぜ家庭を築いたのか。
もちろん、この報告に嘘はない。
嘘があったとすれば、クララがイワンに伝えた彼女の性質そのものだ。
「相手は?」
「トネクフストで反政府活動を行っていた男です。名前は……」
「名前は良い。それで、男はどうなった?」
「十年前、統合戦争の際に死んでいます」
「そうか。すまないが、調査対象の話しに戻ってくれ。……結婚後、彼女はどうなった?」
そこから、クララの生活は平凡で、ただ幸せを謳歌しているように感じられた。戦いとは無縁の、平凡で幸せな生活。長い報告が続くが、イワンの感想は少しも変りはしなかった。彼女の人生に、幸せ以外の何かを見出すことができなかったのだ。
イワンは混乱する。
これまで、自分が戦い続けた時間はなんだったのか、と。
もちろん、それは簡単な話しだ。クララはイワンを愛しきれず、自分が納得できる幸せを求めて、彼のもとを去ったというだけのことである。
実際、クララはトネクフストの紛争地帯で出会った男に強く惹かれた。この男となら、一生を共にしても後悔はないだろう、と。
日々の中、彼女は何度もイワンの名前や顔を目にした。
テレビで、新聞で、ネットニュースで。
それでも、クララは何も心動かされることはなかった。
なぜなら、彼女にとってイワンは過去の想い出でしかなかったのだから。何か約束を交わしたつもりもない、ただ過去に会話した、それだけの男でしかなかったのである。
「……それで、調査対象は今どこに? すぐにそこへ向かう」
それでも、イワンは彼女に会いたいと願った。会えば、彼女は喜んでくれる、と。だが、調査員はイワンの質問に混乱してしまう。
「すぐに、ですか? しかし、今はオクトと戦闘中で……」
「いいから、彼女の居場所を教えてくれ」
「あ、いや……その、申し訳ありません。調査対象は……去年、病気で亡くなっています」
「死んだ?」
「はい」
「彼女はもういないのか?」
「そういうことです」
「……葬儀に、どれだけの人がきたのだろう」
「はい、調べてあります。本人の強い希望で、二人の息子とその家族だけで行われたようです。手厚く、温かい目に見守られ、葬られたとのことです」
「……そうか」
「調査を続けますか?」
「いや、もういい。長い間、ご苦労だった」
「もったいないお言葉です」
イワンは電話を切る。
外では……いや、すぐ傍らで激しい戦争が行われていた。
しかし、イワンには何も聞こえない。
ただ、クララの人生に想いを馳せるばかりで、何も聞こえなかった。
「そうか。私はもう、君に会えないのか」
イワンは一人呟くと、魔王の玉座の傍らにある、簡素な椅子に腰を下ろした。しばらくは黙って虚空を見つめていたが、次第にそこはかとない疲労感に襲われる。
これまでの私の人生はなんだったのだろう。ただ、一人の女性を愛し、全力で想い続けだけなのに。
「もう、いい。そうか、もう休んで、いいのか」
イワンは普通の男だ。
アッシアと言う国を巨大なものに変え、数々の国を火の海に沈めたが、愛する人を失ったことに、愛する人から愛されていなかったという事実に、耐えられる心は持っていなかった。
「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品の応援お願いいたします。
「ブックマーク」「いいね」のボタンを押していただけることも嬉しいです。よろしくお願いします!




