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◆イワン、アッシアの歴史の中で⑱

イワンは引き続き、畑仕事に精を出す。

クララは小さな図書館で働き始め、穏やかな日々が続いた。


休みの日は一緒に散歩したり、映画を見たり、細やかだけど尊い喜びを分かち合う。二人は理想の夫婦だった。クララも笑顔が絶えないようだった……


が、その日、彼女がテレビを眺めながら見せた表情を、イワンは忘れられない。


『独立を主張するエミルクに対し、マカチェフ首相は否定の姿勢を見せています。しかし、このままでは武力衝突の恐れがあると指摘する専門家は多く、政府は近日中に魔王様の声明を発表すると――』


ここ数か月の間、見せたことのない真剣な顔を見せるクララ。何を考えているのか、親指の爪が割れてしまいそうなほど、何度も噛み続けた。


「クララ?」


イワンが顔色を窺うと、彼女は意識の底から戻ってきたように表情を取り戻すと、いつもの微笑みを見せる。


「どうしたの、イワン」


「いや、君が何か思い悩んでいるように見えたから……」


しかし、彼女は笑顔のまま、首を横に振るだけ。


さらに一週間後。

彼女はまたもテレビの前で暗い表情を見せていた。


『南東のナベレヤが独立を主張。これに対し、マカチェフ首相は遺憾の意を示しています。これで、エミルク、トネクフスト、ニラータに続き、独立を主張する都市は四つ目です。原因はどこにあるのでしょうか』


ニュースキャスターの問いかけに、専門家らしい男が答える。


『新政府が誕生してから十年と言うタイミングで、ずっと独立の意思をひた隠しにしていた都市が、ついに声を上げ始めたということでしょう。以前と違い、政府の態度は軟化していますし、何よりも魔王という存在に疑いを持つ都市も増えました。このままでは、アキレムやNU連合の介入も考えられます。マカチェフ首相がどういう判断を下すのか――』


クララはテレビを切ると、溜め息を吐いた。


「新政府で働いていたころは、魔王なんて名前ばかりで、ただの子どもだと思っていたけれど……これが現実なのよね」


イワンは何も言わなかった。正直、彼にとって戦争や新政府のことは、過去のこと。クララとの生活が続けば、興味のないことだったのだから。

ただ、クララが暗い顔を見せるものだから、不安に思うのだった。


「クララ……。君はここで暮らしていればいいんだ。何も心配することはないよ」


「……そうね、イワン」


しかし、その翌日のこと、イワンは告げられるのだった。


「イワン……。私、ここを出て行くわ」


「……どうして?」


クララはただ首を横に振る。


「僕には分からない。ここの生活は君にとって何か不自由があったのかな。僕はただ幸せだと思っていたけど、勘違いだったの? 僕の行動に不快な部分があれば謝るし、改善するよ」


「いいえ。私だって幸せだった」


「では、なぜ?」


「……私は幸せの中では生きていられない。そういう人間だっただけなの。貴方は何も悪くないわ」


「……よくわらかない」


「そうよね。だって、私にも分からないもの」


イワンはただ混乱した。そして、これからクララが自分の傍から離れてしまうのだ、という恐怖に耐えられず、涙を流してしまう。子どものころ、父に殴られたときすら涙を流さず、最後に泣いた記憶がないイワンすら、その恐怖に耐えられなかったのだ。


「ごめんさい、イワン。そこまで貴方を悲しませてしまうなんて」


「だって君は、僕の気持ちは分かっているだろ? 僕はずっと君を愛していた。でも、問題は……」


そうだ、彼には分かっていた。

なぜ、クララが去ってしまうのか。その答えを。


「問題は僕が君の気持ちを何一つ理解できないことだ。幸せにしてあげたくても、どうすればいいのか何も分からない!」


イワンは、クララの膝の上で泣いた。彼女はしばらく彼の背を撫でていたが、イワンが泣き止む兆しは一向に見られない。クララは子どもをあやすような表情のまま、どうすれば彼に納得してもらえるのか考えた。


「たぶん、私は戦いの中で生きていたいの。何かと戦っていなければ、生きている実感がない。田舎でのんびり暮らしていると、気が狂いそうになる。……だから、私は戦場を探して旅にでるわ」


イワンは顔を上げる。


「だったら、一緒に新政府に戻ろう。マカチェフ中尉の戦いを手伝えばいいじゃないか」


しかし、クララは首を横に振るのだった。


「私は勝者になりたいわけじゃない」


「じゃあ、僕も一緒に……」


「それだと意味がない。貴方は私の故郷なんだから」


「……どうすれば帰ってきてくれるの?」


「そうね。アッシアがどこまでも続くように広くなって、この世界に争いがなくなったら、帰ってくこれるかも」


それから一週間ほど、二人は何事もなかったように、今まで通り暮らした。


しかし、ある朝のこと。

イワンが起きると、二人が朝食を食べるテーブルの上に一枚の皿が置かれていた。それは、イワンがスクール卒業の日に、クララへ渡した祝いの皿だ。


それは、別れの意思。


イワンは家を出た。家を出て、走るのだった。

すみません、イワンの語りが思った以上に長くなってしまいました。もう数話で終わります。

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