◆イワン、アッシアの歴史の中で⑰
「父さん、今まで……何をしていたの?」
再会した父に尋ねると、彼は誇らし気に答えた。
「研究だ。ワクソーム城から少し離れた地下施設で、アッシアを強くするための研究を、ずっと続けていたんだ」
父は変わっていなかった。
強いアッシア。そのための研究を続けていたらしい。
「オクトのアトラ隕石があるだろ? あれを使って、兵士を強くする実験をずっと続けていた。あとは禁断術の研究もな。知っているか? クローン技術というものを」
父は長々と自分の研究について語ったが、イワンは何一つ理解できなかった。が、父が帰ってきたことは単純に嬉しく、こんな風に褒めてくれることもあった。
「まさか、お前が英雄になるとは思わなかったぞ。しかし、よくやった。お前のおかげでアッシアは立ち直ったんだからな! まぁ……そのおかげで、私の研究が潰れるとは思わなかったが」
イワンは知ることもなかったが、父の研究は革命によって存続が不可能となっていた。それでも、父はイワンに対し好意的だった。
「何とか続ける方法を探したが、ついに見付からず帰ってきた。そしたら、お前がいたものだから、びっくりしたぞ」
ただ、そこからのイワンの人生は本当に穏やかで、幸せなものだった。昼間はダロンの畑で働き、夜は父と酒を交わしながら食事をする。昔のように、父の機嫌が悪くなることもなく、ときには歌ったり、踊ったりすることもあった。
イワンは初めて父の愛を知り、家族が尊いものだと知る。もし、このような関係をクララと築けたのなら……。ただ、それは叶わず三年という月日が流れた。
「イワン。イワンよ」
ある日の夜、足腰が弱った父をベッドまで運び、部屋を後にしようとすると、か細い声に引き止められた。
「父さん、どうしたんだい?」
「お前のおかげで、アッシアは平和になった。しかし、歴史と言うものは戦争を繰り返すものだ」
イワンは父が何を言おうとしているのか、理解はできなかったが、ただ耳を澄ませて、彼の伝えようとするものを心の中に刻もうとした。
「きっと、いつか再びアッシアに騒乱の時期がやってくる。そのときは……お前がアッシアを守ってくれ。英雄となった、我が息子なら、きっとできるはずだ」
「……父さん、もうアッシアは平和になったんだ。戦争を繰り返すことはない」
「いいんだ。今は分からないかもしれないが、必ずその日は来る。我々の愛するアッシアを否定しようとする、正義を理解できない小国どもは、分からせてやるべきだ。アッシアが最強だと」
「……そうかもしれないね」
父は頷くと、手を伸ばして、ナイトテーブルの引き出しを開けて、何かを取り出した。
「イワン、お前に預ける」
「なんだい、これは」
「ワクソーム城から少し離れたところに、研究施設がある。そこに入るための鍵だ」
「施設の中に何があるんだい?」
「……私の研究の成果だ。お前なら、アッシアのために正しく使ってくれると、信じているぞ」
「分かったよ、父さん。でも、今夜はもう遅い。ゆっくり眠った方がいい」
父はそのまま目を閉じて、朝になっても起きることはなかった。
父が亡くなり、しばらくは悲しみに暮れるイワンだったが、不幸がさらに続いた。彼の面倒を見続けてくれた、ダロンまでもこの世を去ったのだ。
イワンにとって空虚な日々が続く。身寄りのなかったダロンの畑を継ぎ、朝は働いて、夜はただ眠るだけ。そんな日々の中、今のアッシアがどういった状況なのか、ということすら、彼の耳には入らなかった。
明けない夜はない、という言葉があるが、それは本当なのかもしれない。不幸が続き、家に帰れば、孤独という椅子にただ腰を降ろすだけの日々を送るイワンのもとに、ある人物が尋ねてきた。何の前触れもなく、突然……。
「こんにちは、イワン」
「……クララ」
突如として現れたクララは、特に何も語らなかった。だから、イワンが彼女と別れてからの日々を語る。その後、どれだけ新政府がアッシアに安定をもたらしたのか。魔王が去った後の騒動。新政府を去るときの送別会。父との再会など。
イワンが語るべきことが尽きてしまうと、二人の間にただ沈黙が流れてしまう。イワンはそれでも良かった。なぜなら、次の日も、その次の日も、クララは彼の家で寝泊まりしたのだから。
朝になれば、クララに朝食を用意して、畑に向かった。昼になったら花を摘み、一度家に戻る。すると、クララが花瓶に花を飾り、一緒に昼食を取った。また、仕事に戻り、夕方になったら街に寄ってからデザートを買って帰る。そんな日々は再びイワンに幸せをもたらしたのだった。
「結婚しよう」
また、クララは立ち去ってしまうかもしれない。それでも、彼女と一緒に暮らす日々が続くと、彼は伝えずにはいられなかった。
「ええ、イワン。貴方と一緒に幸せな日々を送りたい」
きっと、苦い微笑みが返ってくるだろう。そう思っていただけに、クララの返事はイワンの喜びを大きいものにするのだった。
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