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◆イワン、アッシアの歴史の中で⑯

それから、アッシア新政府の最上層部と言える数名は、タンソールを魔王として据えることにした。


「女神タンソールをアッシアが利用していると知られたら、禁断術封印機関が動くどころじゃない」


説明するマカチェフは広がる苦味に耐えるような顔をする。


「アッシアは魔王と言う得体のしれない何かを所有している、と思わせるだけでいい。本人もそれを望んでいる」


次にイワンはタンソール……いや、魔王に聞いた。なぜ、女神として名乗り出ないのか、と。


「他の女神どもが出てきたら面倒だからね。また女神戦争が始まったら、今度こそ人類は絶滅しちゃうよ」


実際、マカチェフの狙い通り、魔王と言う存在は得体のしれない指導者として、少しずつ世界に知られていく。艦隊を消滅させられたアキレムも、しばらくは魔王を恐れて、仕掛けることもなかった。


そこからは、仲間たちと国を立て直す、青春のような日々が続いた。マカチェフが首相に就き、アッシアは少しずつ国と言う形を取り戻していく。しかし、平和になればなるほど、クララの表情が曇って行くことに、イワンは気付かなかった。


「クララ、話があるんだ」


イワンは一年前、プロポーズをするはずだった場所にクララを呼び出し、今度こそ指輪を差し出した。


「僕はずっと君のためだけに生きてきた。どうか、結婚してくれないだろうか?」


クララは笑顔だが、どこか困ったように眉を下げると、指輪を手にするイワンの手を、優しく押し返した。


「受け取れないわ」


「……どうして?」


イワンには理解できなかった。ここまで、たくさんの時間を共有し、底知れないほどの絆を深めていったつもりだったから。彼女は言う。


「正直、分からない。でも、自分の中で何かが違うって、このままじゃいけないって、誰かが訴え続けている。貴方のことは好きよ。だけど、この声が鳴りやまない限り、良い妻にはなれない気がする」


「良い妻になってほしいなんて、僕は思わない。ただ、愛の誓いを君が受け入れてくれれば……」


それでも、クララは首を縦に振ることはない。


「ダメなの。今の私は何かがおかしい。もう、ここに(とど)まっていられない。この穏やかな日々の中で生活を続けていると、何かがおかしくなりそうなの。すぐにでも、どこかに飛び出してしまいたくなる……。どうしようもないの! この気持ちは抑えられない」


クララの声は震えていた。彼女は、自身でも理解できない衝動に、振り回されているようだった。




それから、一週間も立たない間に、クララはイワンのもとを去ってしまう。追いかけようにも、彼女は誰にも行き先を告げていなかったし、彼自身も投げ出さない仕事が山ほどあった。


「いくらイワンの願いでも、あの女を探し出すというのは無理だなぁ」


頼みの魔王もそんな様子では、イワンに残された道は、仲間たちと一緒に働くだけだった。


「しかし、魔王と言うものは退屈だね。案外、何もすることがない」


ときどき、魔王はあくびをしながら、そんなことを言う。


「でも、貴方がいるだけで他国は恐れて手を出しません。西の方では、反対勢力による紛争が続いているが、そろそろ貴方の名前を出すらしい。そうれば、(じき)に終わる」


「……ねぇ、イワン。君みたいな男はさ、こうやってのんびりした生活の方が性に合っているんだろうね」


「私もそう思うよ」


「だとしたら、私みたいな存在が傍にいるって、君の幸せの邪魔になっているんじゃないかなぁ」


「……言っている意味が、よく分からないが?」


「戦いは終わった、ということだよ。私みたいな存在は、この世界にとって用済みだと思うんだ」


それから少しして、ワクソーム城から魔王の姿は消えた。マカチェフは言う。


「でも、魔王の名を恐れる国はまだ多い。しばらくすれば、アッシアの元に周辺諸国も落ち着くはずだ。あの方の力を借りる必要はなくなったのかもしれない」




アッシアが平和になると、イワンは居場所がなくなった。彼は戦時中の英雄であって、既に魔王も従えていない。争いごとがなければ、存在価値と言えるものは、ほとんど失われてしまったのだ。


「中尉殿、私はワクソームを去ろうと思います」


「……そうか。今までありがとう」


イワンは自然と田舎に帰ることを選んだ。イワンは普通の男だ。自分の力で国を変えたいとは思わないし、何か新しいことを始めようとも思わない。ただ、周りに必要とされたから、そこにいただけである。そんなイワンの性質を知っているマカチェフは、それを受け入れ、二人は固い握手を交わした。




故郷に帰ると、あの家がまだ残っていた。

家を管理してくれていたダロンおじさんは、少しばかり歳を取ったようだが、まだ現役で働いているらしい。


イワンはダロンの畑仕事を手伝い、新政府の重役として働いた時に貯めた金を少しずつ溶かしながら生きることに決めたのだが……。


「よう、イワン。英雄イワン。帰ったぞ、我が息子よ」


かつてイワンは思った。戦争に出て、強いアッシアを取り戻したら父が帰ってくるかもしれない、と。それは現実なり、父は帰ってきたのだった。

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