【女神様は上機嫌】
「よくやったぞ。よくやったぞ、誠!」
セレッソは上機嫌。
今までにないほどの笑顔を見せ、踊り狂う妖精のように僕の周りを回る。
ここはアボナダのクラム。
ハナちゃんと二人で練習にきたのだが、なぜかセレッソが僕たちを待っていた。
「岩豪鉄次に対戦要求させ、勝てば皇颯斗との対戦も濃厚! 一石二鳥とはまさにこのことだな!」
後ろから、僕の両肩に手を置き、横から顔を覗き込んできた。
「流石は私が選んだ最強の勇者だ。交渉術も最強ではないか。思ったよりスムーズに暫定勇者の座に届きそうだぞ。さぁ、練習に励め。どんどん励め」
「どうしてだろう、お前との契約を守るためにやっていることのなのに、なんかムカつく」
僕は小さく溜め息を吐いた。
「そう言うな。ほら、綿谷華を見ろ。あいつも絶好調だぞ」
セレッソが指をさす方向に目をやると、柔道着姿のハナちゃんが二回りくらい大きい大人と組み合っている姿があった。
「どおありゃあああぁぁぁぁ!」
ハナちゃんの豪快な投げ技に、大の大人がマットに叩き付けられる。ハナちゃんのとてつもない覇気に、流石のセレッソも異様さを感じたのか、少し冷静になったらしく、僕にこんなことを言った。
「あれは絶好調というか、超絶怒り狂っている、という感じだな。何かあったのか?」
「何かあったも何も……」
放課後、ハナちゃんと楽しく帰るつもりが、めちゃくちゃ殺伐とした時間になってしまった。
というのも、ハナちゃんのイライラがマックスだったからだ。
「颯斗と鉄次は、小等部時代に同じスクールだったんだよ」
ハナちゃんは、三人の関係性について語ってくれた。
「何がきっかけだったのか、忘れちまったけど、あの頃は二人とも私に懐いててさ、華姉ちゃん華姉ちゃんってしつこく後ろ追いかけてきたんだ。でも、中等部は別々で、去年再会したら変に色気づきやがって、鉄次に関しては何度も私にカノジョになれって、しつこくアピールしてきたんだよ。あいつ場所も時間も弁えないから、すぐにスクール中に知られちまったんだ」
あの脳味噌まで筋肉みたいな岩豪が、思いのほか恋愛脳だったことは驚きである。ハナちゃんは続けた。
「それからさ、いつだか私が自分より強い男じゃないと付き合う気はない、とか言ったらしくて、鉄次はそれを真に受けて、何度も私に挑戦してきたんだよ。面倒だから断っていたんだけど、今回はそれが変な方向に行ったみたいだな。それにしても……」
ハナちゃんの怒りポイントはここからである。
「鉄次のやつ、私のこと弱い女とか言っていたよな? ふざけんなよ、あいつと戦ってもメリットないから無視してただけなのに。なにが、守ってやらねばならない女、だよ。あんなやつ、その気になればいつだってぶん投げてやるって」
岩豪の巨体をぶん投げる女の子。
普通ならば考えられないが、
確かにハナちゃんならやってのけそうだ。ハナちゃんは僕に迫るように顔を近付けながら言った。
「おい、絶対に勝てよ。あいつは、私じゃなくてお前がぶっ倒さないと、一生勘違いを続ける気がする。そのためなら、練習も付き合ってやるからよ」
「なるほどな」
僕の説明を聞き終えたセレッソは、女神とは思えぬ小悪魔らしい笑みを見せた。
「勇者候補とは言え、所詮はただのガキどもだな。色恋で感情を揺さぶれるなら、行動のコントロールも思っていた以上に簡単かもしれない」
なんだか、悪い女神に妙な知識を与えてしまったような気がする。
いくつの悪だくみがその頭に浮かんだのか、仄暗い笑みを見せるセレッソを眺めながら、本当にこいつの話に乗って大丈夫だったのだろうか、
と考えていると、後ろから「おい」と声をかえられた。
振り返ると、ハナちゃんが立っていた。
「さぼってんじゃねぇぞ。私の相手になれ」
練習なのか、
八つ当たりなのか、
僕はハナちゃんに百回くらいぶん投げられるわけだが、少しだけ気になることがあった。
岩豪があれだけ必死になって怒っていた理由は分かったけれど、皇が何を考えていたのか、ということだ。
僕が皇に抱いた印象は、
何でもできて注目を集めているけど、他人に無関心で干渉もしないタイプ、という感じだ。
だけど、あのときは強い関心と主張があったように見えた。
あれは、シンプルに強さを求める気持ちから来るものなのか。
それとも、ハナちゃんの――。
ハナちゃんが皇について、
どう思っているのか、聞いてみればよかったのかもしれない。
でも、何となく怖くて聞けなかった。
それにしても、
ハナちゃんは僕との約束、覚えているのだろうか。
と不安になっていた僕は、後々知ることになる。ハナちゃんは、僕が思っている以上に律儀で、女の子らしいところがあるのだ、と。
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