◆イワン、アッシアの歴史の中で⑨
そこから、イワンはひたすらに魔法コードを書いた。大量の便箋が手元に積まれ、記憶している不可解な記号をとにかく書きなぐる。
「よし、これを持っていけ!」
そして、書いたものはマカチェフが新人魔法使いたちに手渡す。不発もたくさんあったが、彼らは強力な魔法を即興で放つことに成功した。
「いいぞ! イワン、どんどん書け!」
ジャングルの中から現れる敵兵。新人魔法使いたちは、即興の魔法によって、敵をどんどん迎え撃った。イワンが書く魔法のほとんどは、強力なもので、新人魔法使いたちのプラーナを一瞬で消費してしまう。だが、マカチェフは興奮していた。なぜなら……。
「魔法使いなら、これだけいるんだ! 一人一発でもいい! とにかく撃て! 撃ちまくれ!」
そう、新人魔法使いは経験は皆無だが、とにかく数はいる。彼らはイワンに渡されたコードを使って魔法を一回放ち、すぐにプラーナを使い果たして、その場に倒れた。が、次の魔法使いがイワンからコードを受け取り、また一回だけ放つ。
何度か傍らで爆発が起こり、目の前で敵兵が剣を振り上げる瞬間もあったが、イワンはただただ魔法コードを書き続けた。
――命の危険を感じたら、自分のやるべきことに集中して。
スクールの卒業の日、クララに言われた通り、彼はただ自分のやるべきことに集中したのだ。そして、その集中力は、尋常でなかった。イワンが淡々と魔法コードを書き続けていると、いつの間にか彼らの目の前に広がっていたジャングルは、焼野原になっていた。
「……助かった、のか?」
イワンが機械的に魔法コードを書き続ける横で、マカチェフが呟いた。
「おい、イワン! 終わったぞ! 助かったんだ!」
マカチェフは、それでもコードを書き続けるイワンからペンを奪い取り、それを投げ捨ててから、彼を抱きしめた。
「よくやったぞ、イワン! お前は英雄だ! 仲間を救い、国を救った英雄だ!!」
プラーナを空にして倒れていた魔法使いたちも、何とか体を起こして、イワンを称える。イワンは自分が奇跡を起こしたと知らず、笑顔の仲間たちを見て、ただ嬉しく思うのだった。
戦争は終わった。
仲間を失ったことは、イワンに大きな悲しみをもたらすが、彼は国帰ると英雄として扱われた。
しばらくはテレビや新聞のインタビューに答える日々が続いたが、そのたびにマカチェフから、こんなことを言われた。
「いいか、イワン。インタビューの最後に『国のために全力を尽くした』と必ず付け加えるんだぞ」
「どうしてですか?」
「皆が喜ぶからだ。戦場で散った仲間たちも、きっと喜ぶ」
なぜ喜ぶのか、イワンには分からなかったが、マカチェフがそう言うのなら、間違いない。イワンは戦場で散った、コーミエ、ケイジー、オリベイラのためにも、国のために全力を尽くしたと語るのだった。
「イワン・ソロヴィエフこそ本当の英雄だ!」
何が良かったのか、彼は国民の人気者になっていた。テレビCMにも出たし、アッシアで一番有名な雑誌の表紙も飾った。
しかし、ときどきこんな質問を受けることがあった。
「現在、アッシアは誤った女神信仰を正すと主張し、周辺諸国に兵士を送っていますが、それについて、英雄イワンはどうお考えですか?」
イワンは国が何をしているのか、そんなことは知らないし、興味もない。ただ、自分の経験から感じたことを口にするだけだ。
「戦争に良いことはありません。早く終わらせるべきだと思う」
そんな発言が関係したかどうかは分からないが、イワンは間もなくして、除隊を言い渡される。軍を辞めて何をすればいいのか。途方に暮れるイワンだったが、またもマカチェフにこんなことを言われるのだった。
「だったら故郷に帰れ。お前を待っている家族だっているだろう」
イワンが真っ先に思い浮かべたのは、クララのことだ。彼女は故郷に戻っているのだろうか。自分が帰れば、もしかしたら会えるかもしれない。
次に思い浮かんだのは父。彼も戦争中に帰っていることだって考えられる。
そして、ダロンおじさんのことも。彼なら今も、あの畑を耕しているに違いない。イワンは帰る決心をした。
次の日の朝、イワンは荷物をまとめ、故郷へ向かうため、バス停に向かった。
いささか早すぎたのか、バスがやってくる様子は一向にない。仕方なくベンチに腰を下ろすイワンだったが……。
「奇跡みたい」
背後からの声。イワンはそれが何者によるものか、瞬時に理解する。
なぜなら、一分一秒たりとも忘れたことがない、その声だったから。
「……クララ」
振り返ると、クララがそこに立っていた。
「英雄なんて言われているのに、少しも変わってないのね、イワン」
そう言って微笑む彼女は、まるで女神のようだった。長い戦争の中、ずっと彼を見守ってくれていた女神、そのものである。
「君は……変わった。前より、すっと綺麗になった」
そんなイワンの素直な言葉に、クララは目を瞬かせた後、口元を手で覆って笑うのだった。
「イワン、貴方……戦争中に何をしていたの? そんなお世辞を覚えて帰ってくるなんて」
「お世辞じゃない。僕はいつだって……正直者なんだ」
「……そうね、イワン。何はともかく、お帰りなさい」
イワンは彼女の温もりを感じながら、初めて幸せとは何かということを知った。
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