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◆イワン、アッシアの歴史の中で②

次の日、イワンは朝から晩まで働いた。

草を取り、畑を耕し、重たいものを右から左へと移動させ、とにかく働いた。しかし、家に帰ると……父は異様に不機嫌だった。


「くそが! なんで俺がニーチ野郎にへこへこしなけりゃならねぇんだ! それでも、頭を下げてやったさ! なのに、なんで俺があのクソ野郎どもに無能扱いされるんだよ!」


父がテレビのリモコンを投げつけ、証明が一つ割れた。大好きなテレビのリモコンを投げるということは、かなり不機嫌みたいだ。


「父さん、帰ったよ」


イワンが帰ったことに気付かなかったのか、父は飛び跳ねんばかりに驚いてから、振り返った。顔が赤い。かなり酒を飲んでいるようだ。


「おい、イワン。俺はな、ニーチのクソどもに尻尾を振るつもりはない。分かっているな?」


ニーチとは、アッシアの南に隣接する大国である。かつては同等の同盟国だったが、アッシアが大恐慌に陥ると、振る舞いが大きくなり始めたそうだ。アッシアの地を買い、アッシア人を使って商売を始める。ただ、稼いだ金の多くはニーチに入るため、アッシア人労働者にとっては、不満の種の一つだった。


「分かっているよ、父さん」


イワンは父親に同調するが、その意味もなく、殴られてしまう。


「お前は分かってない! 知らないだろ、アッシアは少し前まで経済も軍事力もナンバーワンだった。強い国と言えばアッシア。ニーチなんてアッシアの顔色を窺うことしかできない国だったんだぞ? それが今はどうだ! 恩を忘れて、でかい顔をしやがって!」


人生最悪の日が訪れたように、父は頭を抱えて座り込んだ。イワンは部屋に戻ろうか迷っていると、父は思い出したように顔を上げる。


「おい、今日の小遣いは?」


「ここに置いておくよ」


キッチンのカウンターにわずかな小銭を置き、イワンはその場から去ろうとした。しかし……。


「おい! 先週より少ないぞ! まさか、自分の懐に入れてないだろうな」


父親が詰め寄ってくる。

昨日も同じことを説明したが、忘れているようだ。


「どうなんだ!」


「それは、先週二日分をまとめてもらっただけで……」


「言い訳をするな!」


父はイワンの腰に手を回すと、高々と持ち上げ、床に叩きつけた。頭から落ちずに済んだが、痛みが全身に広がる。特に腕は異様な痛みがあった。


「本当にこれしかもらっていないなら、ダロンおじさんに言うんだ。もっと金を寄越せと! 良いか? ダロンおじさんはな、アニアルークの人間だ! アッシアに負けた人種なんだ。俺たちにもっと金を寄越すべきなんだよ!」


父が振り上げた拳を見て、イワンは本能的に逃げ出した。ただ、それはあまりに本能的なものだったため、イワンは必要以上に逃げ続けてしまう。


いつも車で通うダロンの畑を超え、今まで入ったことのない森の中へ。走り続け、森をさ迷い……やがて目の前に絶壁が現れた。


もうこれ以上は進めない。そう思ったところで、イワンはやっと足を止める。


岩の壁に背を預け、膝を抱えて座る。さすがに朝になれば、父の機嫌も直るだろう、と時間の経過を待ったのだが……。イワンの目の前に、野犬の群れが。


イワンは再び逃げ出そうとしたが、足がもつれ、その場に転ぶ。どうやら、一日中働いた後に、走り続けたせいで、足腰に力が入らないようだ。


野犬たちが少しずつ距離を詰めてくるが、イワンはただ彼らを見つめ続けるだけ。数秒後の自分がどうなるか、想像もしなかった。


一匹目が飛びかかる。

が、イワンは群れを凝視していたため、その変化をいち早く察知し、野犬の牙を躱す。


しかし、二匹目、三匹目となるとそうはいかない。腕を、足を、続けて噛まれてしまった。


痛みはあった。

だが、イワンは動揺しない。


次に何をすべきか、ただ考える。が、自分がこの状況を脱する方法はないと気付くまで、時間はかからなかった。


そのとき……。


「……血の匂いだ」


声が聞こえた。

誰もが近寄らない、深い森の中に、低く響いた少女の声。


野犬たちは、すぐにイワンから離れ、警戒した様子で唸り声をあげる。が、イワンは感じた。


むっ、と瞬時に変化した空気を。


まだ涼しい時期なのに、急に空気がぬるく、重たくなったような気がしたのだ。すると、唸っていた犬たちが四方八方へ逃げ出した。イワンは何が起こったのか理解できず、ただ声があった方へ振り返る。


「人間じゃん。久しぶりに見たなぁ。君、名前は?」


「……イワン」


イワンは妙な空気の中、臆することなく答えた。それは声にとっても意外なことだったらしい。


「最後に人を見たのは百年前だったかな。あのときは、私の声を聞いて逃げ出されてしまったけど……君は怖くないのかな?」


「助けてもらったから」


イワンは立ち上がり、声の方へ近づく。どうも絶壁の向こう側から聞こえてくるようだ。


「そっかそっか。じゃあ、私を助けてくれない? 恩を受けたら、恩を返す。当然だよね?」


「いいよ」


「……本当? じゃあ、何か食べ物をちょうだい」


「チョコでいい? 今日、たくさん働いたから、ダロンおじさんからチョコをもらったんだ。ボーナスだって」


「おお、チョコ! チョコ大好き。ちょうだい! ほら、そこに小さな穴があるでしょ? そこに放り込んでくれたら、それだけで良いから」


岩と岩の間に、わずかな空間が。

ただ、イワンの手も入らないほど、狭い空間だ。


「分かった」


イワンは何も疑うことなく、岩の間にチョコを差し込む。


「嗚呼! やっと食べられる! 何年ぶりだろう。いや、どうでもいいか。ありがとね」


これから何が起こるのだろうか。しばらく、その場で立ち尽くすイワンだったが、岩の向こうから声は聞こえなくなった。


帰ろう、と一度踵を返したが、帰っても父に殴られるだけだと思い直し、またも絶壁の前で座り込んだ。


すると……。


「外だぁぁぁーーー!!」


突然、岩が砕けて、中から少女が現れるのだった。

少し長くなるのでしばらく毎日更新します。


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