【最後の敵は憧れの】
ハナちゃんと別れて、僕はワクソーム城の廊下を走り続けた。一度は見逃したと思ったけど、歩くイワンの背中を見つけ、僕は猛烈にダッシュする。
「見つけたぞ、ハナちゃんの処女! ……じゃなかった、イワン!!」
イワンは一瞬振り返って、僕を確認したが、慌てた様子はなく、一定のペースで歩くだけ。そして、大きい扉を開くと、その奥へ消えてしまった。
それにしても、本当にハナちゃんは大丈夫なのかな、と考えてしまう。でも、意地でも約束を守るハナちゃんが大丈夫って言うんだ。信じるしかない。
僕は頭を切り替え、イワンが逃げ込んだ部屋の扉を開けた。
「もう逃げられないぞ、イワン!!」
そこは広い部屋だった。
中央には赤い絨毯が敷かれ、その奥には段差があり、偉い人が座る椅子が置いてあるみたいだが、それは御簾で遮られ、中の様子を見ることはできない。
そして、その御簾の手前にイワンが立っていた。もう逃げるつもりがないのか、立ち止まり、なぜか古めかしい黒い固定電話を手にしていた。
「観念しろ、すぐに捕えてやる!」
びしっ、と指先を突き出す僕だったが、イワンは人差し指を口の前で立てる。静かにしろ、というジェスチャーのようだ。
「電話中だ」
「あ、すみません」
って、僕は何を謝っているんだ!!
しかし、イワンがあまりにも冷静なので、僕は聞き耳を立てて、電話が終わるまで待ってしまった。
「ええ、もちろんお迎えに上がるつもりだったのですが、勇者たちがしつこく、逃げきれませんでした。なので、今は謁見の間に戻っています。どうか、お一人で戻ってください」
なんだろう。イワンはアッシアで一番偉いはずなのに、電話の相手に対して、とても腰が低い。もっと偉いやつがいるのだろうか。
「はい。もちろん、護衛は十分です。ご心配ありがとうございます。魔王様も、道に迷われずお戻りください。それでは……」
イワンが静かに受話器を置いた。電話の相手……魔王様って言っていたな。
まさか、セレッソの言っていたファーストステージのラスボスが、近くにいるのか??
「やぁ、勇者くん。君の名前は?」
突然、イワンがフレンドリーに話しかけてきた。ただ、口元だけ笑っていて、目は冷たいから不気味だ。
「か、神崎誠」
「神崎? おかしいな、新人勇者の情報は、名前はもちろん出身から生年月日、家族構成まで何もかも思えたはずなのに」
ぜ、全部だって?
確か、新人勇者は三百人いるはず。それを全部って……さすがに嘘だよな??
「僕のことはどうでもいい! それより、魔王もここにはいないようだな。だったら、すぐに降伏してアッシアの兵士たちに戦いをやめるように言うんだ!」
「なぜ?」
「なぜ、って……ここには僕とお前の二人だけ。僕だって勇者だ。お前ひとりくらいなら、やっつけられるんだからな!」
って、言ったものの……イワンがめちゃくちゃ強い強化兵だったらどうしよう。
いや、大丈夫だ。さっき確認したら、ブレイブモードも三十秒使えるみたいだし、ちゃんと倒せるさ。たぶん……。
そんな僕の不安を煽るように、イワンが笑みを浮かべながら二度頷いた。
「確かに、私は強化も受けていないただの人間だ。勇者を相手に勝てるわけがない」
お、マジで? よっしゃー!!
ハナちゃんの処女!!
「そういえば、十年前のこんなことがあったな」
絶対絶命のピンチのはずなのに、イワンは過去に想いを馳せているようだった。
「私と一人の勇者が向かい合い、言うことを聞くまともな護衛はなく、魔王様すらいなかった……」
そ、そうなんだ。
十年前に、イワンを追い詰めた勇者がいたんだ。誰なんだろう、凄い強い人なんだろうなぁ。
思わずイワンの思い出話に耳を立ててしまったが、そんな場合ではない。魔王がやってくる前に終わらせてしまおう、と僕は一歩前に出たのだが……
イワンの目がギョロッと動いて僕を見た。
「ただ、今回は違う。護衛は十分だ」
イワンが電話の横に置かれた、リモコンらしいものを手に取る。そして、ピッと音を立てて操作した。すると、何の変哲もないと思っていた壁が、シャッターのように音を立てて上方向にスライドした。まるで、秘密兵器が登場するシーンみたいに……!!
「さぁ、出番だ。そこの勇者を排除したまえ」
開いた壁の向こう。
そこに立っていたのは、一人の男。しかも、それは僕が知る人物だった。
「う、ウソだろ……」
思わず呟くと、イワンが落ち着いた声で指示を出すのだった。
「戦え、フィリポ365」
彼の名は、フィリポ。フィリポ・ポリス。
僕が最も憧れる、勇者候補だった男だ。
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