綿谷華の場合 / 牽制し合う女たち
その後、すぐに皇の偽葬式の準備が始まった。しかし、勇者は特にやることがなく、ただ訓練を重ねる日々が続く。この日も、華とジュリアは夜の訓練として、トレーニングルームに向かっていたのだが……。
「ごめんなさい、綿谷さん。ちょっとお手洗いに寄るので、先に行っててください」
「いいよ、そこで待っている」
「あら、優しい。さすがは親友ですわ」
「それ、しつこいぞ」
食堂の近くにあるトイレにジュリアが入って行く。華は一人、壁にもたれて彼女を待っていたが……。
「はぁ……」
どこからか溜め息が。
恐らくは、食堂の方からだ。廊下の方から覗き込んでみると、
そこには神崎誠の姿が。
(チャンス、なのか? いやいや、何のチャンスだよ)
華は何度か呼吸を整えてから、声をかける。
「あれ、誠。何しているんだ?」
あくまで偶然を装って……。
「ハナちゃん!」
嬉しそうな顔の誠を見て、安心する華。
「どうした? 疲れているみたいだな」
できるだけ平然を装って……。
しかし、神崎誠の悩み事を聞いている間に、何だか感情が高ぶり始める。
「つまんねぇことで落ち込むな! 私が褒めてやってるんだから、少しは自信を持てよ」
彼の胸倉を掴んで揺すっていると、いつかもこんなことがあったような……と手を止める。もしかしたら、同じようなことを感じたのかもしれない。神崎誠も動きを止めていた。
そして、彼の目が自分の唇に向けられていることに気付く。
「じゃあ……今、するか?」
ジュリアのアドバイスを思い出す。確かに、キスをしてしまえば意識がこっちに向くかも……。
二人の唇が近付く。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
華の心臓が暴れ出した、そのとき。
「綿谷さん? どこに行ったの……あっ」
ジュリアの声に動きを止める。
「あの、何て言うか……また、今度な」
「そ、そうだよね。なんかごめん」
何もなく終わる。
肩を落としながら、ジュリアと合流すると、華の青ざめた顔に彼女も驚きを隠せないようだった。
「本当にごめんなさい。わたくし、意外に空気を読むタイプだと褒められる方なのですが、今回は想定外過ぎたというか……」
「べつに、私は……何も気にしてない」
華が不気味な笑顔を浮かべる。それは、今回の戦争でさまざまな狂気を目にしてきたジュリアですら、鳥肌が立ってしまうほど、異様な負のエネルギーに満ちてた。
その後、二人はトレーニングルームでスパーリングを行ったが、華は得意なジュウドーの攻防すら、ジュリアに勝てないほど腑抜けていた。これには、さすがのジュリアもからかう言葉を失った……。
それから数日経って、華が自室に戻ろうとしていると、フィオナが護衛も連れずに廊下を歩いていた。
(こ、こっちにくる)
フィオナを過剰に意識しつつ、素早く道を譲る華だったが、向こうも必要以上にこちらを見ている、ような気がした。華が頭を下げると、フィオナも会釈を見せ、そのまま立ち去ると思われたが……。
「う、うわ……っ!!」
少し離れたところから、神崎誠の声が聞こえてきた。何に対して彼が驚きの声を上げたのかは分からない。だが、フィオナが歩いてきた方向、ということは間違いないだろう。
(二人はついさっきまで一緒に……?)
思わず振り返ってフィオナの方を見ると、彼女も神崎誠の声に反応したのか、こっちを見ていた。目が合ったせいで、何か言うべきなのか、もしくは何か言われるのだろうか、という動揺を表情に出してしまう。それに対し、フィオナが笑顔を浮かべた。
「……さっきまで、神崎誠と二人きりで話していました」
「えっ? あの、は……はい」
こ、これが先手必勝ってやつなのか??
華は言葉を詰まらせたまま、ただただ困惑していると、フィオナが笑顔の中に含みをもたらす。
「私も彼と仲が良いのですよ」
「そう、なんですか……」
どういう意味なのか、フィオナはそれだけ言って、立ち去って行った。そして、夜のトレーニング……。
「ちょっと、綿谷さん……。今日は、どうして……そんなに、ハイペースなんですか……」
肩で息をしながら、何とか立ち上がるジュリアに、華は詰め寄る。
「うるさい。もう一本だ」
「……わたくし、分かりました。これは八つ当たりと言うわけですね。何があったのかは知りません。聞きませんとも。しかし、そういった理不尽な感情の暴走を受け止めるのも、親友の役目。いいでしょう、今日はとことん付き合います!」
両手を広げ、華の突進に備えるジュリア。しかし、次の日。ジュリアはすさまじい筋肉痛で立てなくなってしまうのだった。
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