綿谷華の場合 / 果たすべき約束はまだ
綿谷華は、目の前の敵を見て、すぐに察した。
今までの敵とは、比べ物にならないほど強い、と。敵と向き合って、これだけのプレッシャーを感じたのは、二年ぶりだ。ただ、二年前と違ってこれは実戦。生死に関わる……。
「せっかくの女同士。遠慮せず、打ち合いません?」
敵は微笑みながら、ダンスでも誘うように提案を投げかけてきた。華は答える。
「いいよ。……あんた、名前は?」
知りたかったわけではない。
ただ、心の準備を整えるための時間が欲しかったのか、それとも少しでも相手の特徴を掴むためだったのか、口が勝手に問いかけていた。
どっちにしても、自分が気圧されているのは確かだ。そんな華の気持ちを見透かしたのか、女は余裕に満ちた笑顔を浮かべてから答えた。
「アナスタシア。親しい人間は、アナと」
「私は華。綿谷華だ」
「ハナ……。アナとハナ。よく似た名前の二人が出会って、どちらかが死ぬ。美しい運命の流れに巡り合った。そんな気がします」
「どちらかが死ぬ? 死ぬのはお前だ」
華は震えを堪えて笑みを浮かべる。相手も笑顔を浮かべているが、その目はとても冷たかった。
「獣を前にした子兎のような震えているのに、威勢は良いのね。それとも、オクトの勇者は、口だけは負けるな、と指示が出されているのかしら。あのお姫様なら、あり得そうだけど」
どうやら、あのお姫様とはフィオナのことらしい。しかし、上司であるフィオナの顔を思い浮かべると、華の胸は妙な疼きを覚えた。
それを振り払うためにも、覚悟を決める。
「だったら、黙ってかかってこいよ。どっちが獣で、どっちが子兎か……分からせてやる」
「それは楽しみ」
敵……アナは無造作に一歩二歩と近付いてくる。華も仁王立ちのまま接近を待ったが……流石にあと数歩で間合いが詰まる、という瞬間、恐れを抱かずにはいられなかった。
アナの攻撃に備え、腰を落とした、はずだったのに――。
(あれ?)
目の前が真っ白に。
気が付くと、数歩後退るアナの姿が。
(なんだ? 何が起こった?)
顎の痛みに気付く。
(攻撃をもらった? まさか、気を失っていたのか?)
華の想像は間違いなかった。
彼女が腰を落とした一瞬前、アナが踏み込みながら放った右ストレートは、確かに華の顎を捉えていたのだ。
しかし、崩れ落ちそうになった華は、無意識のうちにアナへ組み付き、足払いを仕掛けた。巧みなジュウドー技は、少なからずアナに脅威を抱かせ、彼女を後退させる。そこで華の意識が戻ったのだった。
「思ったより、やりますね」
再び笑顔を浮かべるアナだが、華はファイティングポーズを取って、次の一撃に備える。
「では、もう少し本気で打ち込んでみようかしら」
アナも腰を落として、少しだけ拳を持ち上げた。たぶん、さっきより速いパンチが飛んでくるだろう。
ザッ、とアナが一歩前に。
だが、拳は見えなかった。
ガードの上を叩く衝撃。
反射的に顔を守って良かった。
しかし、油断はしていられない。
華は素早く横に回り、アナが次に放っただろう攻撃から逃げる。
「大したことないな。次は私から行かせてもらうぞ」
華は余裕がある、
ように見せたが、アナはどう捉えたのか、ただ笑みを浮かべるだけ。
華は左右に揺れながら、小刻みに拳を動かし、パンチのフェイントを見せる。ただ、アナは微動だにせず、華の一撃を待っていた。
(こっちがパンチを出したら、合わせるつもりか)
それを確実に遂行するだけの自信を、アナは持っているらしい。
(だったら、こっちの領域で戦うだけだ!)
華は右のパンチを打つモーションだけ見せながら、低いタックルでアナに組み付く。だが、それは正面から受け止められ、彼女を押し倒すには至らなかった。
(なんて重い腰なんだ……)
それでも、足をかけて倒せば問題ない。華は足払いを仕掛けるが、アナはそれを巧みにやり過ごした。それどころか、凄まじい力で華を突き放してくる。
(まずい!)
その瞬間、強烈なハイキックが飛んできた。頭の左側を両腕で守るが、その衝撃は未だかつてないものだった。
(ジュリアの蹴りより重たくて鋭い……。そんなやつが、この世にいるなんて!!)
だが、アナの攻撃はこれだけに終わらなかった。華の頭部を狙った足を、地に戻すのではなく、今度は槍のように突き出したのだ。そして、それは華の鳩尾に突き刺さる。
思わず体を丸くする華だったが、そこにアナの膝が突き上がった。それも、何とかガードで受け止めるが、二歩、三歩と華は後退する。
背中に、じっとりと冷たい汗がつたうのを感じながら、彼女は思った。
(私が死ぬ……? まだ、あいつとの約束も守ってないのに?)
寒気が止まらない。それに……。
(それに私が死んだら、あいつはフィオナ様と……)
ここ最近、綿谷華はずっと悩んでいた。
初めての恋。
そして、初めての「恋のライバル」という存在について。
彼女は死の瀬戸際で、そんな葛藤を振り返るのだった。
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