皇颯斗の場合 / その男、最強につき
イワンは言った。
「これは困った。あの方を迎えに上がるつもりが、勇者と遭遇してしまうとは。しかも、よりによって皇颯斗とは……。本当に、困った」
困った、と繰り返すイワンだが、その表情に動揺した様子はわずかにもない。まるで、部屋で独り言を漏らすかのように、感情らしいものは見られなかった。
「お、お前……イワンだな!」
その両極端と言えるのが、皇の隣で声を上げる神崎誠だ。
「う、動くなよ。お前は……絶対に捕まえて、罪を償わせてやる。だから、動くなよ!!」
イワンは神崎誠の方へ瞳を向けると、やはり無表情で言う。
「私は動いていないよ。怒りと憎しみで心が乱れ、動揺しているのは君の方ではないかね、名もなき勇者くん」
顔を引きつらせる神崎誠を見て、皇は察する。たぶん、神崎誠は再び冷静さを失ってしまった。ここは自分が冷静に対処しなければ、と。
イワンの護衛はただ一人。
ロングマントを身にまとい、深々とフードをかぶって顔を隠している男だ。
ならば、自分が護衛を瞬時に排除して、神崎誠にイワンを捕えさせる。これが最も無駄のない判断だ……
と、神崎誠に伝えようとしたが、イワンは一歩だけ後ろに下がった。逃げるつもりは、ないらしい。ただ、一歩だけ下がると妙な提案を口にするのだった。
「面白い。せっかくだから、この実験体のテストに付き合ってもらおう」
「テストだって?」
神崎誠は既にファイティングポーズを取って警戒心をむき出しにしているが、イワンはゆっくりと頷く。
「これは最新技術をつぎ込んだ実験体でね。最強と言われる勇者、皇颯斗を前にどれだけやれるのか、見てみたいんだ」
「ふ、ふざけるなよ……! そんな実験体、皇が一瞬でぶっ倒してやるからな! そうだろ?」
「……当然だ」
イワンはわずかに口の端を吊り上げた。笑った、らしい。
「それは助かる。では、ピエトル386、頼んだよ」
「ピエトル?」
神崎誠が眉を潜めた。
その響きは、皇も聞き覚えのあるもの。
いや、オクトの人間であれば、誰もが聞いたことがある名前だ。
イワンの護衛が、顔を隠していたフードを取り、その表情が露わになると、隣の神崎誠は動揺を隠せないようだった。
「う、ウソだろ……。ほ、本物じゃないか!!」
皇も、その姿を見て背筋が凍るような感覚を覚える。
「ああ、間違いない。エルモラーエフ・ピエトルだ」
エルモラーエフ・ピエトル。それは、オクトに勇者制度が導入され、ランキング戦が始まったころ、最強という名を欲しいがままにした、男の名だ。
スキンヘッドにブルーの瞳。
そして、どこまでも鍛え上げられた肉体は、皇たちに比べ、一回りも二回りも大きく見える。
彼が本物のピエトルならば、年齢は五十前後。これほど若々しいわけがないのだが……。
「ど、どうして……最強の勇者がイワンの護衛に??」
神崎誠もピエトルという存在に思い入れがあるのか、混乱しているようだ。
「ピエトルは第一次オクト・アッシア戦争で戦果を上げて、停戦に貢献したと言われているけど……記録としては未帰還。つまり、行方不明だった」
皇が説明すると、イワンが鼻を鳴らした。
「オリジナルは死んだよ。これはクローンという禁断術で作り出した、コピー品だ」
「く、クローンだって?」
「前の戦いでは、この男によって多くのアッシア兵が命を落とした。本当に、手が付けられなかったのを、今でも覚えている。ただ、それだけ優秀な男にアッシアの強化技術を施せば、どれだけ強くなるのか、興味があってね。ついに完成したのだよ」
ピエトルがロングコートを脱ぎ捨てると、その身体から蒸気のようなものが吹き出す。そして、それが霧散すると、灰色のボディに変化したピエトルの姿が……。
「ま、マジかよ」
神崎誠の声は震えていた。
「フィリポが勝てなかったピエトルに、勝てるわけがない!」
「落ち着け。確かにピエトルは強い。だけど、コピーが同じくらい強いとは限らない。それに、こっちは二人。圧倒的に有利だ」
恐怖を飲み込んだのか、神崎誠は喉を鳴らすと、二度頷いた。
「そ、そうだな。こっちだって現役最強クラスの勇者なんだ。それに、よくよく考えたら、ピエトルを悪の手先に改造するなんて……絶対に許せない。ここは僕たちが、絶対に倒さないと」
「ああ、行こう」
「おう!」
皇と神崎誠は同時に左腕にあるブレイブシフトを握りしめる。
「ブレイブチェンジ」
「変身!」
二人はブレイブアーマーを身にまとい、かつて最強と言われた勇者に挑む。しかし、現役最強の勇者と言われる皇すら、史上最強の勇者であるピエトルの強さは、底が知れないものであった。
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