【スクールライフ!①】
この異世界に来てから、
間違いなく一番憂鬱な朝だった。
ただ、家の扉を開けると、
爽やかな風と共に、美しい光が差し込んだ。
それは、日の光ではない。
一人の美女が放つオーラというやつだ。
「よう、眠れたか?」
そこに立っていたのは、
アミレーンスクール一番の美女(まだ行ったことがないから分からないけど、たぶんそうだ。いや、確実にそうだろう)であり、誰もが認める女暫定勇者、
綿谷華……ハナちゃんだった。
「お、おお、おはよう!」
声が上ずったのは、
朝起きて初めて口を開いたからだ。
決して、何度も「おはよう」の発声練習をした結果、意識し過ぎて変な感じになったわけではない。
「じゃあ、行くぞ」
「ひゃい」
変な声が出てしまったが、
ハナちゃんは気にした様子もなく、エレベーターの方へ向かって行った。
マンションの前でいいって言ったのに、わざわざ部屋の前まで来てくれたのである。
ハナちゃん、本当に天使。
口は悪いけれど、
口が悪いだけの女神に比べたら、ハナちゃんは大天使だ。
「そう言えば、スマホ持ってないのか? 連絡先、交換しておこうよ」
ま、まさか美女に連絡先を聞かれるなんて!
この僕が!
「実は持ってないんだ」
「はぁ? いまどきガキでも持っているぞ?」
「僕、ついこの前まで超田舎に住んでいたから、必要なかったんだ」
いや、あることにはあるのだが、
この世界では使えないスマホなのだ。
「でも、明日には手に入るって話でさ。だから……」
「ふーん。じゃあ、明日な」
こればかりはセレッソに感謝である。
やつが持つ謎の支援力のおかげで、生活必需品はあっという間に揃うのだから。
「じゃあ、放課後は迎えに行ってやるよ。二年三組だったよな? あ、私が去年までいた教室じゃん」
「え、そうなの? 何か嬉しい偶然だね」
「そうか? あと、担任は武田先生だな。あの人、昔は勇者目指してて、ランカー入りもしてたらしいぞ。タックル、めちゃくちゃやばいから、今度教えてもらえよ」
「う、うん。でも、名前を聞くだけで怖そうな先生だなぁ」
「そりゃ当たり前だろ。勇者科と魔法科、神学科の先生は、戦場の厳しさを知っている人ばかりだからな」
勇者科?
魔法科?
神学科?
何それ?
冗談みたいなワードばかりだな。
「そんなに色々な学科があるの?」
「うちのスクールは…あと普通科と錬金術科くらいかな。もっと大きいスクールは、呪術科とか歴史科、王政学科もあるはず。って、そんなことも知らないのか?」
「恥ずかしながら……」
「まぁ、色々教えてやるよ。私は先輩だからな」
「ハナちゃん、めちゃくちゃ先輩アピールしてくるね」
「そうか?」
「そうだよ」
二人で声を合わせて笑う。
ハナちゃんも心の底から楽しんで笑ってくれているようだった。
……楽しい。
何て楽しいんだ。
これから学校に行くのに、
明るい気持ちになるなんて、信じられない。
美女が横にいて笑ってくれる。
それだけで、世界はこんなにも違うのか!
ありがとう、神様!
僕なんかに、こんな幸せを与えてくれて!
あ、そうだ。
これは女神様のおかげだった。
帰りにプリンでも買って行ってやるか。
そんな話をしている間に、スクールが近付いてきた。白い校舎を目にしてしまうと、やはり気持ちが落ちるものだ。
さらに言うと、周りは同じ制服を着た十代の男女ばかりになっていた。
「え、ちょっと。綿谷先輩の隣、何あれ!」
後方からそんな会話が聞こえてきた。
本人たちは囁き声のつもりなんだろうけれど、めちゃくちゃ聞こえるんだよ、こういうの……。
「うっそ。信じられない。まさかカレシ?」
「いやいや、ないでしょ。あれは絶対に違う」
「そうだよ。綿谷先輩にはあの人いるじゃん!」
「じゃあ、何なの?」
「弟……なわけないよね。明らかに遺伝子ちがうし」
四方八方から、そんなひそひそ話が聞こえてくる。自分でも分かっているけれど、なかなかの言われようだ。
僕みたいなものが、
ハナちゃんの横を歩いていたら、そりゃこうなるよな……
と思いきや、別の話題も聞こえてきた。
「っていうか、綿谷先輩って防衛戦、近いんでしょ? 男と遊んでる暇あるのかな」
「もう諦めているんじゃない? だって、次の挑戦者、ジュリア先輩だよ」
「ジュリア先輩は実力でのし上がってきてるからね。モデルとかやって、人気集めしてランカーに入った人とは違うよ」
「ちょっと、聞こえたらどうすんの」
「大丈夫でしょ」
大丈夫じゃねぇよ……。
僕は恐る恐るハナちゃんの顔を覗き込む。
怒っている……
わけではないようだが、酷く冷たい顔をしていた。
「あの、ハナちゃんさ」
何となく、ここで黙ってはいけない気がした。
「ん?」
と、視線をこちらに向けるハナちゃんは、やはりさっきまでの明るさがない。
「放課後、一緒にアボナダのクラムに行っていいかな? タックルの対処法、教えて欲しいんだ」
ハナちゃんは僕の真意を測るように、鋭い目線で見つめてきた。
「ほら、武田先生がどんなものかは知らないけど、ハナちゃんはタックルも一流だろ? せっかくなら、教えてもらいたいな」
「……いいぞ。その代り、手加減なしだからな」
ハナちゃんが先程と変わらない、明るい笑顔を見せる。
あの冷たい表情は、気のせいだったのだろう。
ハナちゃんはたぶん、周りの声なんて気にしない、強い勇者なんだから。
楽しい通学時間は一瞬で終わり、ハナちゃんが職員室の前まで案内してくれた。
「ここが職員室。誰でもいいから、武田先生いますかって聞けば、後は大丈夫だ。じゃあ、放課後な」
「ありがとう、ハナちゃん」
「おう」
そう言って、立ち去るかと思われたハナちゃんだが、一向に動く気配がない。
「ハナちゃん?」
「あのさ」と遮るように彼女は言った。
なんだろう。
何か怒らせたのだろうか。
もしくは不快にさせた?
も、もしかして、
僕の口、臭かったかな?
三秒ほど間を置いてから、ハナちゃんは言った。
「本当はさ、私もスクール通うの大っ嫌いなんだ。さっきの、お前も聞こえてただろ?」
あの四方八方から聞こえてきた、噂話のことで間違いないだろう。
「ああいうの、毎日あってさ。あることないこと、適当なこと言うやつばかりで……だからと言って、全員ぶん殴るわけにもいかないし、すげぇムカついてたんだ。だけど、今日は……別に気にならなかった」
ハナちゃんはそう言って、なぜかモジモジし始めた。
「と、とにかく、そういうことだから」
「う、うん。僕もハナちゃんのおかげで、嫌な気持ちが全部吹っ飛んだよ」
「本当?」
三回頷くと、
ハナちゃんは「よかった」と微笑んでくれた。
「じゃあ、放課後な。教室に行くから、待ってろよ」
そして、スカートを翻しながら踵を返し、彼女は廊下を歩いて行った。途中、振り返って手も振ってくれた。
僕は手を振り返しながら、
少しだけ不思議な気持ちになった。
ハナちゃんみたいなスクールカーストてっぺんみたいな女の子も、そういう風に思うことがあるんだ、と。
だったら、向こうの世界の学校で、僕を見下していただろう人気者たちも、本当は楽しいことばかりじゃなかった……のかもしれない。
今更、確認することもできないだろうけれど。
「ハナちゃんと一緒に学校行きたい!」
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