【ワクソーム城攻略戦】
「ほら、こっちに来なさいよ」
フィオナが僕の手を取り、引っ張ろうとするが、想定外の抵抗力を感じたらしく、こちらに振り返った。
「……なんのつもりですか?」
「こ、これは」
動揺を漏らしたのは僕ではない。ハナちゃんだった。
「綿谷華。どうして神崎誠の腕を掴んでいるのですか? 私の判断が間違っている、と言いたいのですか?」
「そうでは、ありません」
「では、その手を離すように」
ハナちゃんが言われた通り手を離すと、フィオナは冷たい目を彼女に向けた。
「よろしい。では皆のもとへ向かいなさい。いいですね?」
「……はい」
ハナちゃんは精鋭部隊のみんなが整列する方へ歩き出す。ハナちゃんが十分に離れると、フィオナが再び僕を引っ張った。……が、再び彼女の意思に逆らう抵抗力が。もちろん、今度は僕だ。
「フィオナ。僕もワクソーム城に行く。行かせてほしい」
「ダメ。絶対にダメだから」
「なんでだよ。僕だって勇者のつもりだ」
「そうかもしれないけれど……ここで行ったら、貴方は死ぬわ」
「確かに死ぬかもしれない。だけど、それはみんな一緒だ」
「私にとって貴方はみんなと一緒じゃない。それはもう伝えたでしょ?」
「だからこそ、行かせてほしい」
僕は、僕の腕をつかむフィオナの腕をつかんだ。
「ここで逃げたら、二度とフィオナに顔向けできない。いや、この世界のみんなに顔向けできない気がするんだ。ここで逃げるようなやつには、なりたくない」
「そんなことない。私は貴方が情けなく逃げ出しても、さっきみたいに抱きしめる。受け入れる」
「……でも、それだけじゃない」
「え?」
「許せないんだ」
僕の中に渦巻くのは、勇者としての誇りとか正義を貫くとか、そういう美しいものではない。もっとシンプルで原始的な感情だ。
「腹が立っているんだよ、僕は」
一瞬、フィオナの力が弱まったので、彼女の拘束から腕を引き抜く。
「必ず帰ってくるから」
フィオナが僕を睨みつける。
その気になれば、彼女は王女として僕の意思を捩じ曲げることだってできる。
だけど、彼女はそれをせず、葛藤しているらしかった。そして、その目には涙が浮かんでいるようにも見えた。
「……分かった。分かったわよ。そこまで言うなら行って来たら?」
フィオナは目元を手の甲で拭うと、僕に背を向けてから言うのだった。
「でも帰ったら、あのときの答えをちゃんと――」
「そもそも私との約束を忘れるなよ、フィオナ」
フィオナの言葉を遮ったのは、いつものごとく突然現れるセレッソだった。
「誠はこの決戦に参加させるために連れてきたんだ。お前がダメだと言っても、私は連れて行く。そういう作戦だっただろう」
「セレッソ……」
なぜ、セレッソが僕なんかにこだわるのか。それは、まだ聞けていない。
だけど、フィオナを前にして一歩も退くことなく、僕を戦いに参加させる意思は固いらしい。それを感じ取ったのか、フィオナは深い溜め息を吐いた。
「誠、帰ってきなさいよ」
「うん、約束は守るよ」
次にフィオナはセレッソに視線を向ける。
「セレッソも私を一人にしないって約束、忘れてないでしょうね」
「フィオナ、お前はもう一人じゃない。だが、安心しろ。私だって、ここで死ぬつもりはない」
頷くフィオナを見て、僕たちは踵を返した。
「じゃあ、行ってくる」
フィオナも自分の役割を果たすためか、すぐにその場から立ち去っていた。
「ハナちゃん、お待たせ」
合流した僕を見て、ハナちゃんは目を丸くしたが、すぐに小さく笑ってくれた。
「なんだよ、私はお前が逃げたって構わないんだぞ」
「ここで僕が逃げるやつだって思ってたのね、ハナちゃんは」
ハナちゃんが僕の背中をドンッと叩く。
「そんなわけねぇだろ。私は分かってたよ。誠がこんなところで退くやつじゃねぇってな」
「ハナちゃん……」
「それにさ」
と言いながら、ハナちゃんはそれ以降は妙に小声になってしまう。
「私だって、フィオナ様に負けるつもりはねぇからな」
「え? なんだって?」
「なんでもねぇよ!」
「いたっ!」
声が小さいから聞き直しただけなのに、なぜか殴られる。
「出撃! 出撃ーーー!!」
精鋭部隊が整列する、先頭の方から始まりの合図が聞こえてきた。同時に、勇者たちが雄たけびを上げて走り出す。僕もハナちゃんもそれに続いた。
ついにワクソーム城攻略が始まるのだ。
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