【今は誰もいない】
それから、リリさんを先頭にして、どんどん基地の奥へ進んだ。さすがは元暗殺者と言うべきか、見張りがいたら事前に察知してくれる。そして、その見張りは……。
「さすがです、皇颯斗。貴方を護衛に選んでよかった」
「もったいないお言葉です」
皇がフィオナに頭を下げる。これはもう「姫様と騎士」ってタイトルが付いた絵画じゃないか。
なんだよなんだよ。
なんでこいつを見ていると、僕は自分を否定したくなるんだ!!
「あの、勇者様」
リリさんが急に話しかけてきた。
「なんですか?」
「私は勇者様こそ、勇者に相応しい人格を持った殿方だと思っています」
「……気を使わなくても大丈夫ですからね?」
それから少しの間、リリさんと並んで歩いた。
「あの、リリさん」
「なんでしょう?」
「勇者様って言うのは、やめてもらえませんか? 僕、神崎誠と言います。誠って呼んでもらった方が、嬉しいって言うか……」
「分かりました、誠さま」
様もいらないけど……。
まぁ、いいか。
こんな可愛いメイドさんに様付けで呼んでもらえるなんて、割とうれしいかも。
さらに施設内を下へ下へと進み、どんどん地下へ潜って行く。これ、ちゃんと帰ってこれるの?と不安になったころで、リリさんが再び足を止めた。また見張りの兵士だろうか、と全員が緊張感を高めると、
ヒタッ、ヒタッ、と足音が聞こえてきた。
「妙です」
皇が小声で言う。
「訓練された兵士の足音ではありません」
「確かに、まるで子どもみたいな……」
隣のリリさんも同意する。
なぜ、こんなところに子どもが……?
ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ、と足音を立てて、何者かが少しずつ近づく。
「お兄ちゃんたち……誰?」
暗闇から現れたのは、小学生か中学生くらいの女の子だった。
「ここの所員じゃないみたいだけれど……もしかして、悪い人?」
なんでこんな小さな女の子が。敵兵士の娘か? 何者であれ、見付かったことはまずい。すぐに対処しなければ。
だけど……まだ中学生くらいの女の子を殴れるか??
「そういう貴方は何者なの?」
判断を迷う僕に代わってフィオナが質問すると、女の子は眉を寄せて泣き出しそうな表情を見せる。
「外に出たいのに、迷っちゃった」
「もしかして、脱走……?」
フィオナは少女の事情を察したようだ。確かに、裸足ってところも逃げ出してきた感じがある。
「脱走って……あの子が犯罪者か何かってこと??」
小声で聞くと、フィオナも小声で説明してくれる。
「違う。アッシアと言えば強化人間の研究でしょ。たぶん、この施設のどこかに研究所みたいな場所があって、そこから逃げてきたのかも」
ってことは、アッシアはこんな小さな女の子を実験体にしているのか?
確かに少女は病院で見る、患者衣みたいなものを着ているけど……。
フィオナは少女に近づき、できるだけ目線が同じくらいになるよう膝を折った。
「もしかして、ここの大人たちのお手伝いをしているの?」
少女は頷く。
「うん。たまにだけど、お手伝いしている」
「どんなお手伝い?」
「うーん。速く走る練習とか、重い物を持ち上げる練習とか。とにかく色々と練習して、それを大人たちが記録するの」
「そうなんだ。大変じゃない?」
「ううん。大変ではないけれど、退屈。本当に退屈だから、最近はお手伝いしてないんだ」
「だから、ここから出たいの?」
「うーん。そんな感じかな」
「そっか。じゃあ、お姉ちゃんたちと一緒に出ようか」
「本当? でも、私……出口がどっちか分からないの」
「大丈夫。お姉ちゃんたちも用事を済ませたら、ここを出るつもりなの。だから、任せて」
「よかったぁ」
少女に頷いてみせると、フィオナは振り返り、僕たちに宣言した。
「今助ける必要はないかもしれないけれど、放っておけない」
皇は反対するのでは、と思ったが、やつは口を一文字に結んだままで、表情から何を考えているのかも読み取ることはできない。
「僕は神崎誠。君の名前は?」
助けるとしたら、まずは名前を聞かないと。人懐っこいように見えるし、すぐに名前を教えてもらえるだろうと思ったが、彼女は首を傾げた。そして、意外な質問を返してくる。
「お兄ちゃんたちはオクト人なの?」
こ、これはどういう意図の質問なのだろう。オクト人って答えたら信用を失うのだろうか。厳密にいうと僕はオクト人ではないけれど、説明が難しいところだ。
「そうよ、オクト人」
代わりにフィオナが答える。
教えたところで危険はない、と判断したのだろうか。
実際、女の子は納得したように、大きく頷いた。
「私、アオイ。よろしくね。誠お兄ちゃん」
誠お兄ちゃん……。
なかなか良い響きじゃないか。
って言うか、アオイって……
アッシアよりもオクトにいそうな名前じゃないか??
彼女の姿をよくよく見ると、長い髪の毛は真っ黒。今まで見てきたアッシアの人たちは、もっと薄い色の髪の毛が多かったはず。
ということは、もしかして……
オクトから誘拐された子ども、ってこと??
「こんな小さい子を誘拐して体をいじり回すなんて……許せないわ」
フィオナも同じことを考えていたみたいだ。きっとアオイちゃんは僕が想像しているより、大変な想いをしてきたはず。絶対に外に出してあげないと。
再びヴァジュラを探して施設の奥へ進む。歩きながらフィオナはアオイちゃんに質問した。
「ねぇ、アオイちゃん。ここにお友達はいたの?」
「いたよ。みんな十歳くらいの子どもばかりだった」
「アオイちゃんやその子たちは、どこから連れてこられたの?」
「知らない。アオイも気付いたら、ここにいたから」
つまり、自分がどこで生まれ育ったのかも知らないくらい、幼い時に誘拐されてきたのだろうか。フィオナは質問を続ける。
「そう。つらかったでしょう?」
「つらい?」
「大人たちのお手伝い、つらいことはなかった?」
「さっきも言ったけど、アオイはつらくなかったよ。でも、まぁ……つらいって言う子は多かったかな。特に注射が嫌いな子は、毎日のように泣いてたっけ」
なんだろう。
アオイちゃんが語る子どもたちは、過去形で表現されてるような……。
フィオナも気付いたのか、こんな質問を投げかける。
「一緒にいた子たちは、今どうしているの?」
「みんな死んじゃった」
ま、マジかよ……。
さらに、アオイちゃんは遠い目でこんなことを言うのだった。
「今日、最後の一人が死んじゃったから、もういいんだ。ここには用がないの」
「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品の応援お願いいたします。
「ブックマーク」「いいね」のボタンを押していただけることも嬉しいです。よろしくお願いします!




