【明るい新生活、開始!?】
「誠、お前の入学が決まったぞ」
あれから三日。
今日も練習に明け暮れ、マットの上に倒れ込んだところ、セレッソが現れた。
セレッが薄い冊子をこちらに放り投げたので、恐る恐る手に取ってみる。
青空の下に白い校舎らしいものが映っていて『入学案内』と書かれていた。
「何だ、嬉しくないのか? お前を入学させるために、けっこう大変な思いをしたんだぞ。少しくらい感謝しろ」
「いや、知っての通り、僕は学校が苦手なんだ。知っている人もいないから孤独なのは当然だし、知り合いがいたとしても、どうせ僕だけ馴染めないんだよ」
「以前の環境を引きずるな。今度は楽しい学校生活が待っているかもしれないぞ」
「僕に限って、それは有り得ない。学校というものは、持てる者と持たざる者がはっきり分かれる世界なんだ。そして、僕はあの社会に順応するための何かを持ち合わせていない」
自分で言いながら悲しくなってくる。
「……まぁ、いいさ。スクールに行かなきゃ、セレッソとの契約は果たせない。これも練習の一つだと思って、放課後になったらすぐクラムに戻るよ」
学校の空気。
あの人気者以外は人にあらず、
という雰囲気は、僕にとって苦痛でしかない。
あそこで座って楽しそうなやつらを眺めているだけなら、三枝木さんの関節技で曲げられている方がよっぽどマシだ。
「あ、そうだ。ついでに、お前の家も決めてきたぞ。アミレーンの駅から徒歩五分。アミレーンスクールまで徒歩五分。お前のためにあるような物件だ。これも見付けるの苦労したんだからな。感謝しろ」
「家? 僕の?」
クラムの生活に少し慣れつつあったが、確かに窮屈ではあったため、それは嬉しい話だった。
セレッソは物件情報の資料をこちらへ捨てるように放るが、ひらひらと宙を舞い、あらぬ方向へ行ってしまった。
「なんだ、これ」
それを拾い上げる細い指。
「あ、ここ知っている。駅からスクールに向かう途中で通るマンションじゃん」
「は、ハナちゃん!」
物件情報を「ほらよ」と僕に差し出す制服姿の彼女は、これから僕が通うアミレーンスクールの暫定勇者、綿谷華ことハナちゃんだった。
「もしかして、お前の家か?」
「うん。今まで、ここで居候させてもらっていたから」
「へぇ。案外、苦労人なんだな。もしかして、入学が決まったのか? いつから?」
「次の月曜からだ」とセレッソが答える。
「二年の教室だよな。何組?」
「二年三組だ」と、これもセレッソが答える。
ハナちゃんはセレッソを一瞥し、一瞬だけ目を細めた。
「そう言えば、あんた何者なんだ? こいつの姉ちゃんか?」
こいつ、とは僕のことだろう。
「年上にあんたはないだろう。口の利き方を教えてやろうか?」
何だか二人の視線の間に火花が散っているようにも見える。
何となく、割って入った方が穏便に済みそうな気がしないでもない。
「えっと、セレッソは三枝木さんの知り合いの娘さんで、何かと縁があって面倒を見てもらっているんだ」
「……ふーん。それはどうも。よろしくお願いします」
何がよろしくなのかは
分からないが、ハナちゃんは礼儀正しく頭を下げた。
ただ、その表情はどことなく冷たい。
「よろしくお願いされてやろう」とセレッソは踏ん反り返る。
それをどう思ったが、
ハナちゃんは溜め息交じりに言うのだった。
「しかし、セレッソねぇ……。今どき、古風な名前だな」
あ、セレッソという名前を出すのは、まずかっただろうか。
いや、ハナちゃんは特に驚いている様子でもないし、どういうことだろう。でも、あまり良い雰囲気ではないことだし、話題を変えてしまえ。
「ハナちゃん、何でこんなところにいるの? 今日はアボナダのクラムで練習じゃないの?」
「あ? いや、今日は三枝木さんに稽古付けてもらうつもりできた。まだ来てないよな?」
「うん。まだ仕事終わってないと思う。ここに来るのは、いつも七時過ぎくらいかな」
ハナちゃんは壁にかかった時計をちらっとみた。
「あと一時間ちょっとかぁ。じゃあ、暇だからお前が付き合えよ」
「え、何を?」
ハナちゃんは『流石モデルをやっているだけある』といった超可愛い笑顔を浮かべて言った。
「私の練習」
暫定勇者の実力を一目見ようと、
ギャラリーが集まる中、
蹴られ、投げられ、極められ、
十分もしないうちに、僕はボロ雑巾状態だった。
ハナちゃんは徹底して
僕が得意なパンチで勝負せず、
一方的に僕を痛ぶったので、たぶん彼女は憂さ晴らしか何かのつもりだったのだろう。
「なんだよ、身が入ってないんじゃないか?」
マットの上で倒れる僕に、ハナちゃんが手を差し伸べる。
お、女の子の手に僕が触れて、大丈夫だろうか?
遠慮がちに彼女の手を取り、
僕は身を起こすが、立ち上がらずその場に座り込んだ。
「戦いはメンタルも大事だぞ。そんなんでスクールのランカーに勝てると思っているのか?」
呆れたように言いながら、ハナちゃんは僕の正面に胡坐をかいた。
「何か嫌なことがあったら聞いてやってもいいぞ。月曜から私は、お前の先輩になるんだからな」
「は、ハナちゃん……」
先輩、
という部分を強調するハナちゃん。可愛い。
ちなみに今日のハナちゃんは柔道着姿だ。意外にこれも似合っていて可愛い。
「いや、ハナちゃんに聞いてもらうのも恥ずかしい悩みなんだけどさ。学校……スクールに行くのがちょっと怖いんだ」
男らしくない気持ちを打ち明けてみたが、ハナちゃんは黙って続きを待ってくれているようだった。
「以前も向こうの世界……田舎でさ、スクールみたいなところに通ってはいたんだけど、そこではまったく馴染めなくて、凄い孤独を感じていたんだ。ただ孤独ならいいんだけどさ、陰で僕のこと、笑っているやつも多くて。ほんと、ハナちゃんに殴られるよりも、三枝木さんに腕を変な方向へ曲げられるよりも、何倍も嫌な気持ちだった」
僕は溜め息を吐く。
「だから、月曜からスクールに行くと思うと、凄い憂鬱なんだよ。当日、家から一歩も出れなかったらどうしようかなぁ」
三枝木さんに鍛えてもらって、ハナちゃんから推薦をもらって、下畑さんも手続きしてくれて……。
さらに言えば、セレッソはどうやったのか、僕が通いやすい場所に家まで用意してくれた。
そんな皆の気持ちを重たく感じている自分のことも、ちょっと嫌だった。
「じゃあ、私が迎えに行ってやろうか?」
「……へ?」
「お前の家、スクールに行く途中だし、一緒に行ってやるよ。決まりな。八時くらいでいいだろ?」
「え? あ、あの……え?」
ハナちゃんと一緒に……登校?
なんだこの展開。
異次元の展開じゃねぇか。
あ、異次元じゃなくて異世界か。
まぁ、どっちでもいいか。
そんなことより、
僕みたいな人間が、
女の子と登校するようなこと、あってもいいのか?
しかも、ハナちゃんみたいな超ハイスペックな女子高生と?
しかもしかも、一つ上の先輩だぞ?
そんなの、前の世界では学校一の人気者ハイスぺ顔面野郎だって、できなかったことなんじゃないか?
駄目だ。
頭の中が混乱する。
ぐるぐるする。
固まってしまった僕にハナちゃんは言う。
「私が一緒に行ってやるって言っているんだ。絶対に寝坊するなよな」
彼女に肩を小突かれ、僕は思った。
この世の春は、異世界にこそあったのかもしれません、と。
「ハナちゃん優しい」
「二人がイチャイチャするところを見たい」と思ったら
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