【金持ちには逆らえない】
移動要塞からヘリコプターが飛び立つ。しばらくは嫌な雰囲気が続いたが、ニアが口を開いた。
「そうだ、誠さん」
その表情は寝不足のせいで地獄から帰ってきたみたいだ。彼女は何かをねだるように、僕に手の平を差し出す。
「ブレイブシフトをアップデートするので、ちょっとだけ貸してください」
たぶん、意識も朦朧としているのだろう。
フィオナが醸し出す不機嫌オーラも、今の彼女には通用しないようだ。
「いつもありがとうね。お願いします」
ブレイブシフトをニアに渡すと、彼女はそれをパソコンとつなげて、いつものようにキーボードをたたき始めた。そのスピードは、指の本数が倍に見えるほどだが、ニアは手を動かしながら口も動かす。
「誠さんのブレイブアーマーは、勇者の切り札、ブレイブモードが搭載されていません。プロトタイプなので、ブレイブモードによるプラーナの増幅に耐えられないからです」
「あれって、そういう機能なんだ」
「はい。だから、実戦用のブレイブアーマーにはリミッターがあって、五分経つと自動的にブレイブモードは停止する仕組みです」
「へえええ」
「しかし、ですよ誠さん」
笑みを浮かべるニア。
しかし、寝不足による地獄の表情のせいで、それは悪だくみがあるようにしか見えなかった。
「誠さんのプロトタイプでも、ブレイブモードを使えるプログラムを作成しました!」
「お、おおおぉぉぉ!」
「ブレイブモード発動時は攻撃力、防御力、スピードも飛躍的にアップします。もちろん、他の皆さんが装備しているブレイブアーマーのブレイブモードに比べたら劣りますが、各段にパワーアップすることは間違いありません!」
そうだよそうだよ!
アッシアにきてから、他の勇者たちがブレイブモードを使うのを見て、何度羨んだことか。
さすがニア。
かゆいところに手が届くような仕事をしてくれる!
「ただし!」
ニアが興奮する僕を制止する。
「ブレイブモードの使用は三十秒に抑えてください。リミッター機能まで付けられなかったので、三十秒を超えるとブレイブアーマーが壊れるかもしれません。一分経過したら、絶対に壊れます。ぜぇぇぇったいに、壊さないでくださいね」
か、顔が怖い。
でも、それってフラグになっちゃうよ……?
「アップデートが完了しました」
ブレイブシフトを再び左腕にはめる。見た目はもちろん変わっていないけれど、既に強くなった気がするぜ……!
「目的地に到着しました」
操縦士さんがフィオナに報告する。
「ありがとうございます。では魔弾使い、雨宮達郎。お願いします」
ニアが通信妨害装置を雨宮くんに手渡す。雨宮くんはそれを受け取った瞬間、彼の表情が変わった……気がした。
いつも笑顔だけれど、少し弱気な印象を受ける雨宮くんだが、今の彼は感情らしきものが一切見られない。空虚、というべきだろうか。思考を一切排したような、無の存在になっていた。
通信妨害装置を彼が愛用するライフルの中に装填すると、至極日常的な動きでそれを構え、スコープを覗き込む。
凄い緊張感だ。
きっと、凄く遠くにある標的に狙いを定めるため、彼は集中力を高めているのだろう。
これだけ真剣な顔の雨宮くんは初めてだ。とにかく、邪魔しないようにしよう。どんなに時間がかかってもいいから雨宮くんのタイミングで――。
パシュッ!
空気が抜けるような音が聞こえたけど……
もしかして、もう撃ったの?
「どうですか?」
スクープから目を離すと、雨宮くんは健康状態でも尋ねるように、ニアに聞くのだった。
「は、はい。ちょっと待ってくださいね」
何事もなかったような雨宮くんの態度に、さすがのニアも面を食らっている。
「問題ありません! 敵施設の通信アンテナにしっかりと着弾しています」
ここからでは、どこに的があったのかも分からないけど、雨宮くんの仕事は完璧だったらしい。
「雨宮くん、めちゃくちゃ凄いね……」
「そうかなぁ。魔弾使いなら誰でもやれると思うよ?」
雨宮くんはあっけらかんとしているが、驚いたのは僕だけでなく、フィオナも同様だったらしい。
「いえ、そんなことはありませんよ。魔弾使いになってから、それほど日が経っていないと聞きましたが、素晴らしく精密な射撃です……。この戦いが終わった後も、私の下で働いてもらいたい」
「フィオナ様直属の魔弾使いなんて、とんでもない待遇でしょうね」
ニアがノートパソコンを操作しながら呟く。
「そんなに凄いの?」
僕が聞くと、ニアはモニターに目を向けたまま答えてくれた。
「魔弾使いは本当に貴重ですからね。一流企業の社長みたいな待遇になるんじゃないですか?」
「えええ!? 雨宮くん、聞いた? もう大富豪じゃん!」
「へえええ。……実感ないけどね」
……もう少し一緒に驚いてくれよ!
ヘリが着陸する。
少し広めの野原で、周辺は木々に囲まれている。ベンチや遊具があるので、公園なのだろう。ただ、雑草も伸びきっているので、管理されいないようだ。
「ニア、どう?」
「順調です。指示をいただければ、いつでもセキュリティを掌握できますよ」
「ありがとう。じゃあ、十分後にお願い」
最初に皇がヘリを降り、周辺の気配を探った。安全を確認してから、リリさんが降りて、次に僕が。最後にフィオナ……
と思ってけど、続けて副操縦士さんも降りてきた。
この人、本当に一緒にくるの?
敵の地下施設に向かいながら、僕はフィオナに小声で聞いてみた。
「ねぇ、あの副操縦士さんって何者なの?」
「それ、あまり触れないで」
フィオナはなぜか不満げな顔を見せる。
「私は王女だけど、実際はただの子どもよ。いくつかの後ろ盾のおかげで偉そうにものを言えてるだけなの。認めたくはないけれどね」
「どういう意味?」
「言わせないでよ。金持ちには逆らえない、ってこと」
……金持ち?
ちょっと分からないけど……やっぱりパイロットって給料がいい、ってことかな?
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