【隕石が落ちた世界で】
ハナちゃんのキックで失神した次の日、僕は三枝木さんの指導を受けていたが、少し一息ついているとセレッソに呼び出された。
「お前に見せておきたいものがある」
「なんだよ。嫌な予感がするな……」
セレッソは僕を最初に来た街……あの新宿によく似た街へ連れ出した。
「ここには、この世界の歪みの大本とも言える存在がある」
「歪みの大本?」
「ああ。本当は初日に見せるつもりだったが、いろいろと邪魔が入ったからな」
初日と言えばサラリーマンが目の前でモンスターになったときだ。そういえば、セレッソは「この世界が異世界だと信じるとっておきを見ててやる」と言っていたような……。
大人しくセレッソについていくと、大通りの向こうに歓楽街のアーチが見えてきた。どうやら、その方面に向かっているようだが……。
「おい、セレッソ。あれ……危なくないか??」
僕は怪しく蛇行して走る車を見かける。そして、それはガードレールに衝突して停止し、多くの人だかりを作っていた。が、セレッソは関心がないらしく、横断歩道を渡って歓楽街へ入った。
「さっきの事故、原因はなんだったんだろう。酔っ払い運転かな」
「いや、そうじゃない」
セレッソは日常を語るように否定した。
「この街で、あのような事故は頻繁に起こる。人の意識に悪影響を及ぼす、とんでもない物体があるからな」
「人の意識に…?」
「そうだ。どうせ、あの運転手は安い護符を使っていたのだろう。とは言え、まともな護符は庶民に行き渡らないから、仕方のないことだがな」
「護符ってお守りみたいなものか?」
セレッソは答えず、ただ歓楽街の奥へ向かっていく。
「それにしても、派手な歓楽街だと思ったのに、かなり廃れているんだな」
僕は辺りを見ながら感想を漏らす。ここは新宿のような歓楽街で、たくさんの娯楽店が並んでいるようだったが、奥へ進むと建物があるばかりで人影がない。まるで、人々が逃げ出してしまった後のようだ。
「当然だ。あれがあるからな。ほら、目の前を見てみろ」
女神が指先を正面に向ける。それに従って視線を上げると、信じられない景色……いや、すべての景色が遮られていた。
それは巨大な壁た。
まるで、世界を区切るようにどこまでも続く壁。高さは、見上げると立ちくらみに襲われそうなほどだった。
「な、なんだこれ」
僕の声は少し震えていた。壁の存在に驚いたから、だけではない。この壁は、どこか不気味だった。壁が放つ異様な圧迫感に僕は委縮しているのだと思う。
「……いや、都会は大掛かりな工事が頻繁にあるんだよな?」
恐怖心を誤魔化すつもりで、自然とそんな冗談を口にしたが、声が震えてしまう。そんな僕を鼻で笑う女神は得意げに言うのだった。
「見せたかったのは、これじゃない」
「これより、やばいものが…あるのか?」
女神は何も言わず、悪魔のような微笑みを浮かべながら、また歩き出した。少しばかり壁沿いに移動すると、内部に入るためと思われる、ゲートらしい場所が現れる。何者かの侵入を防ぐためなのか、武装した迷彩服の男たちが何名か立っていた。
「おい、ここは立ち入り禁止だ。アトラの壁のことくらい、知っているだろう」
女神様が一緒なのだから顔パスだろう、と思っていたが、迷彩服の男に止められてしまう。しかし、女神が身分証らしきものを提示すると、彼らは困惑した様子で、僕たちを通すのだった。
やはり、女神の特権があるのか、と聞いてみたかったが、壁の内部は、そんな気持ちも失せてしまうほど、強烈な緊張感に包まれていた。
何度か階段を上り下りした後、一つの扉の前に辿り着く。その分厚い壁を、女神は体重を乗せて何とか開くと、と転がり込むように風が入り込んできた。どうやら、外に繋がっていたらしい。
「ここは……」
そこは、あの壁の上だった。落下防止と思われるフェンスの向こうに、新宿にそっくりな街が広がっている。僕がこの世界にやってきたときに目を覚ました駅前も、見下ろすことができた。
「そっちじゃない。こっちを見ろ」
「う、うん」
女神が見せたいものは、僕たちがさっき歩いてきた風景ではないことは、分かっていた。それでも、僕はそちら側を見ることを無意識に避けていた。
きっと、壁を見たとき感じたあの圧迫感の正体が、そこにあるような気がしていたからだと思う。
「なんだ、この馬鹿でかい穴は……」
そこに広がる風景は、まるで世界中の虚無を集めたような、巨大な穴だった。底は見えず、どこまで広がっているのか分からないほど、巨大な穴。僕はそれに得体のしれない恐怖心を抱くのだった。
「なんか気持ち悪い……」
僕は謎の大穴を見て、嫌な耳鳴りと吐き気、眩暈すら感じた。そんな僕の横でセレッソは大穴について説明する。
「アトラ隕石。千年前、この地に落ちた巨大隕石の跡だ。この大穴の下にやつはまだ眠っている」
「やつ……?」
混乱する僕にセレッソが振り向く。
「魔王を倒せ、と私は言ったな」
頷くと女神がわずかに微笑んだ。
「魔王は今のお前にとって、最初の目標でしかない。そうだな、お前が大好きなゲームで言うところの、ファーストステージのラスボスだ」
「ら、ラスボスじゃないのか?? 魔王って言ったら普通はラスボスだろ!?」
動揺する僕を見て、セレッソは楽しむようだった。
「違う。ラスボスはあれだ。このアトラ隕石こそ、お前が倒すべきラスボスなんだよ」
「ウソだろ、こんなのどうにもできない……」
何が恐ろしいのか。自分でも分からない。だけど、目の前の大穴はただ見ているだけで、そんな気持ちにさせる不気味かつ圧倒的な存在なのだ。
「あれを見て怯えるのは分かる。だが、安心しろ。お前は無敵の勇者になる男だ。地獄の入り口としか思えない、あの巨大な穴もいずれは解決し、英雄として人々に称えられるだろう。いや、それをできるのは、この私に選ばれたお前だけだ。神崎誠」
セレッソはそういうが、僕は改めて大穴を見て強い吐き気に襲われる。
「……本当にこんなものをどうにかできるのか? この僕が??」
とんでもない世界にやってきてしまった。しかし、そんな後悔はこの大穴とは関係なく、何度も何度も抱く感情だったなんて……まだ僕は知らないのだった。
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