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【皇颯斗の葬式】

巨大モニターに映るフィオナは、両手を広げて世界中に呼びかけるようだった。


「偉大なる勇者、皇颯斗はアッシアの地で命を落としました」


隣にいるハナちゃんをチラッと横目で見るが、彼女は表情一つ変えることなく、モニターを見つめていた。だから、僕も黙って視線を戻し、フィオナの演説に耳を傾ける。


「しかし、彼が残した勇敢な心は、今も私たちの中に残り、炎を燃やし続けています。そして、その炎はアッシアの首都、ワクソームの玉座にいる魔王まで届くことになるでしょう。オクトの王女である私、フィオナ・サン・オクトがそれを証明してみせます」


たくさんの拍手と声援を浴びるフィオナ。彼女は手を挙げてそれに応えると、壇上を降りて姿を消した。モニターの映像は切り替わり、白い正装姿の勇者たちが整列している様子が映し出された。


「皆さん、ご覧ください。オクトの若き勇者、皇颯斗が今、仲間に見送られながら、永い眠りに付こうとしています」


アナウンサーが状況を説明すると、今度はハナちゃんの顔が映った。しかも、アップで。


「こ、こんな映像流れるなんて……聞いてないぞ」


ハナちゃんが顔を引きつらせている。本当に何も聞いてなかったのだろう。


「綿谷先輩と皇くんは、付き合っているって噂だったから、撮られちゃったんですよ」


一緒にぼんやりとモニターを眺めていた雨宮くんが、演出の意図を説明すると、ハナちゃんが彼の首を両手で絞めた。


「ふざけるな。いつまでそんな噂に流されているんだ」


「ぼ、僕が撮ったわけじゃないですよ! 神崎くん、助けてよーーー!」


「あ、ハナちゃん……泣いてる」


僕はモニターを見ながら言う。

モニターの中のハナちゃんが鼻の辺りを抑えていたのだ。雨宮くんの首から手を離したハナちゃんの鋭い視線が。


「泣いてねぇ。撮影が朝だったらか、寒かっただけだ」


「確かに、アッシアはオクトと比べ物にならないくらい寒いものね」


雨宮くんは解放され、小さく咳き込んでいるが、何だか嬉しそうだ。たぶん、現役の勇者に首を絞められるなんて最高の体験だ、と思っているのだろう。


「皇颯斗は十七歳で、アミレーンスクール出身の勇者です」


映像の中でアナウンサーが皇の生い立ちについて説明を始めた。


「父は第一次オクト・アッシア戦争の英雄、皇大斗。母も同じく第一次オクト・アッシア戦争の英雄である、セリン・クロロア。そのため、誕生したときから活躍が期待されてしましたが、その重圧を跳ね返すように、ランキング戦では凄まじい成績を残し、勇者決定戦では快勝。勇者としてこのたびの戦争に参加しました」


勇者決定戦では快勝?

……嘘が混じっているが、それはスルーしておこう。


それにしても、何度聞いても皇ってやつはとんでもない経歴の持ち主だ。チヤホヤされるのは分かるけど……何だか腑に落ちないんだよなぁ。


それから五分程度で映像は終わる。モニターが真っ暗になると、この会議室にいる全員、つまりは僕とハナちゃん、それから雨宮くんが大きく溜め息を吐いた。最初に席を立ったのはハナちゃんだ。


「あー、終わった終わった」


「割りとちゃんとした映像ですね。これ、オクトでも流れているんですかね? 録画したかったなぁ」


「皇の両親に許可取ってから流しているみたいだよ。っていうか雨宮くん、こんな映像を見返すわけ?」


「そりゃそうだよ。我がスクールの二大勇者、皇くんと綿谷先輩が映っているんだから」


「ニアが編集を手伝ったみたいだから、データもらっておこうか?」


「本当に?? ぜひ、お願いします!」


喜ぶ雨宮くんの頭にハナちゃんのゲンコツが。


「こんなもの見て喜ぶな」


「す、すみません。不謹慎でした……」


そんなタイミングで会議室の扉が開き、フィオナが入ってきた。ハナちゃんと雨宮くんは反射的に姿勢を正し、僕も遅れて二人に倣う。


「見終わった? っと言うわけで、皇颯斗は死んだから。オッケー?」


「はい!」


二人の返事を聞いたフィオナは視線をハナちゃんに。


「綿谷華。貴方と皇の関係を考慮して、これを見てもらったけど、メンタルの方は大丈夫?」


「……あの、フィオナ様。私と皇は特に特別な関係ではありません」


「そう。まぁ、いいけど。じゃあ、準備を始めて。神崎誠は私と一緒に来なさい」


「え? 僕も準備した方が……」


「時間がないので質問は後に」


そう言ってフィオナは先に会議室を出てしまったので、僕もそれを追うことに。


狭い廊下を進むフィオナ。

ここは、オクトの移動要塞の中で、アッシアの首都、ワクソームに向かっているところだ。つまりは決戦のときが迫っていて、僕も準備すべきところなんだけど……。


「よし、大丈夫」


フィオナは別の会議室の扉を開き、誰もいないことを確認すると、そこに僕を引っ張り込んだ。そして、僕と向き合うと照れくさそうに顔を赤らめながら、言うのだった。


「いつもの、お願い……」


「う、うん」


僕はフィオナの頭を撫でた後、背中に手を回し、腰の辺りを撫でた。


……この儀式、何度目だろう。


アッシアに攻め入って、大きな戦いがあるたびに、フィオナにお願いされているのだけど……。最初は背中を撫でるだけだったのに、最近は頭を撫でろと言い出した。


別に良いんだけどさ、めちゃくちゃドキドキするし、誰かに見られたらって思うと、心臓に悪いんだよ、本当に……。


「ごめん、今日はこれだけじゃ足りないかも」


「え? ちょっ――!?」


フィオナが急に抱き着いてきた。か、体が密着している……と動揺するが、フィオナの体はいつも以上に震えていた。会議室内に僕の心臓音が速いリズムで刻まれる時間が続いたが、フィオナが言う。


「私ならできるって言って」


「フィオナならできる。アッシアに勝てるよ」


「貴方は絶対に帰ってくる。どんなに危険な状況でも帰ってくるって言って」


「絶対に帰ってきます。どんなに危険でも帰ってくる」


フィオナが黙ると、再び僕の心臓音だけが。一分、二分はそうしていたかもしれない。


「うん、大丈夫。やれる。私ならやれる」


フィオナは体を離すと、目を閉じてから大きく息を吐く。そして、再び目を開いたときには王女の顔になっていた。


「じゃあ、先に行くから。貴方も早く準備なさい」


僕の返事を聞くよりも先に、フィオナは会議室を出て行った。一人になった会議室で僕は呟く。


「い、今の何だよ……。マジでフィオナのやつ……」


「僕に惚れているんじゃないか、って?」


「う、うわわわぁぁぁ! びっくりしたーーー!!」


誰もいないはずの会議室。

しかも、あり得ない方向から声が!


ざっと声がした天井を見上げると、排気口から翡翠色の髪が垂れ下がっていた。


「せ、セレッソ。お前か……。っていうか、お前しかいないか」


「そうビビるな。ちゃんと綿谷華に黙っててほしいなら、プリン一生分、忘れるなよ」


セレッソと二人で会議室を出る。絶対に言うなよ。分かった分かった。と会話を繰り返しながら角を曲がると……。


「ここにいたの? もう出発だよ」


すかした顔がそこにあった。


「雨宮くんもニアさんも、それから捕虜も集合している。後は君だけだから」


「分かっているよ。お前こそ、歩き回るなよ」


僕の返事を聞くと、まるでついさっきまで会話していたことを忘れたような表情で、皇は背を向けて歩き出すのだった。

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