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【女神セレッソ】

目が覚めた。


あお向けての状態で大地に倒れているらしい。


見上げる空は晴天だが、どこか赤みがかかっている。


「生きて……る」


瀬礼朱が呟くと、知った顔が覗き込んできた。


「お、目覚めたか」


人間離れした黄金の瞳と桃色の長髪。自称女神……


セレッソだった。


先程まで、火にかけられた鍋の中をどこまでも歩くような、逃れられない地獄に絶望していたはずが、今は涼しさすら感じる。助かった……らしい。


「ここは? 私は、どれだけ眠ったいのですか?」


身を起こすと、イロモアであることには違いないが、最北端のカザモからは離れているようだった。


「安心しろ。戦場からは少し離れた場所だ。お前は数分も眠ってはいないよ」


「どうして、貴方が?」


まだ意識がはっきりとしていない瀬礼朱を見て、セレッソは呆れたように鼻を鳴らす。


「お前たちが、ソール……いや、魔王の攻撃をまともに受けそうになっていたところを、偶然見つけたから拾ってやっただけだ。感謝しろよ」


「……ありがとうございます」


素直に礼を言う瀬礼朱に、セレッソは眉を寄せた。意外だったのか、少し居心地悪く感じたようだ。


「ま、まぁ……私よりも隣にいるその男に感謝しろ。お前を守るために、衝撃を全身に受けていたからな」


隣には馬部が眠っていた。

きっと、彼もプラーナが尽きているのだろう。当分は起きそうにない。


またも空が光った。

思わず身を縮こまらせる瀬礼朱だが、今回はかなり遠くで光ったらしく、爆発音も遅れて聞こえてきた。


それでも、当分の間は、空が光るようなことがあれば「またあの熱に襲われる」という恐怖を抱いてしまうだろう。


「ソールめ、かなり派手にやっているな」


遠くの光を眺めながら、セレッソが呟く。何かを知っている素振りだ。


「……あれは、本当に魔王なのですか?」


瀬礼朱の問いかけに、セレッソはやや遅れて頷いた。


「そうだ。あれがアッシアの魔王だ」


「まさか……あれほど恐ろしいものだなんて」


思い出すだけで体が震えた。


魔王と言う存在。

それは宙に浮く巨大な炎に見えた。


それを目視できたのは、ほんの僅かな瞬間だけ。あとは、周辺が地獄に変わっていく様子を感じるのみだった。


「言っただろ、お前たちにどうこうできるようなものじゃない、と」


確かに、セレッソはそれを主張していた。だが、瀬礼朱だけでなく、三枝木すらそれを信じることができなかった。もし、自分が彼女の言うことを信じて、全員にそれを伝えていたら……。


「みんな、死んでしまった……」


「誰も彼も死んだわけではない」


セレッソは淡々とした調子で言う。


「オクト側もアッシア側も、あの炎の中、命からがら逃げたやつもいる。魔王は人を狙っているわけではない。オクトという土地を焼くつもりだからな」


「じゃあ、オクトはもうおしまい……なの?」


イロモアを一瞬で地獄に変えた魔王。そんな存在がオクトを攻めてきたのなら、もう誰にも止められない。瀬礼朱はそう思ったが、セレッソは馬鹿らしいと言わんばかりに肩をすくめた。


「終わらせはしないさ。ここは私の国だ。私が守る。少し邪魔が入ったせいで、遅れてしまったがな」


何を想いだしたのか、小さく舌打ちをするセレッソ。そういえば、と瀬礼朱は思い出す。セレッソはできるだけ北の海で魔王を抑える、と言っていた。つまり――。


「貴方には魔王と戦う力が……あるのですか?」


「ん?」


セレッソが横目で瀬礼朱を見た。瀬礼朱の瞳に何を感じただろうか。彼女はほんの少しだけ目を細めると、再び空が赤く燃える方向へ視線を戻した。


「まぁな」


「絶対に勝って、この国を守る力があると?」


「絶対に勝てる、とは言えない。だが、そうだな。最悪、相打ちに持ち込むことなら確実だろう。まだ死ぬわけにはいかないが……この国を焼野原にでもしたら、あいつ(・・・)にも申し訳ないからな」


セレッソは鋭い視線で赤く燃える空を見る。


「そのときは仕方ない。この命、お前たちにくれてやるさ」


それから、数秒だけ二人は黙って燃える空を眺めた。だが、先にセレッソが動く。


「そろそろ私は行くぞ。状況によっては、ここも危険だ。その男を担いで、できるだけ離れておけ」


セレッソの背中に翼が現れる。彼女は赤い空の方へ飛び立とうとした。


「待ってください」


そんな彼女をセレッソが引き止める。セレッソが振り返ると、瀬礼朱は両膝をつき、手を組んで祈るような姿を見せた。


「どうか……。どうかお助けください」


「……」


両眼を閉じる瀬礼朱を、セレッソは黙って見下ろす。瀬礼朱は続けた。


「どうかイロモアを……私たちオクトの人々をお救いください。そして、三枝木さんがまだあの中にいるんです。どうか。どうか……」


瀬礼朱は一層強く祈るように言った。


「あの人を助けてください、女神セレッソ様」


瀬礼朱の閉じられた瞳から涙がこぼれる。そんな彼女を見つめていたセレッソは僅かに微笑みを浮かべた。


「お前を助けてやったのに、さらに宗次まで助けろと言うか」


どこか突き放すような言葉だが、瀬礼朱は目を閉じたまま、黙って耳を傾ける。そんな信仰者に女神は言うのだった。


「わがままな信仰者だな。……だが、仕方ない。特別に助けてやる」


瀬礼朱は目を開き、女神の姿を見上げた。


「私は慈愛に溢れた寛大な女神だからな」


どこか照れくさそうな女神は羽を二度羽ばたかせて、その身を宙に浮かばせると、瀬礼朱に言うのだった。


「お前はなかなか厚い信仰心を持っているようだし、少しくらいわがままを聞いてやろう。それに……」


セレッソの体が反転し、赤い空の方に向けられた。


「それに、信じるものは救われる……そんな都合のいい幸福も、たまには悪くないだろう」


セレッソの翼が燃え上がる。それはセレッソの髪と同じく、桃色の炎だった。そして、その炎は形を変え、巨大な十字の形を取る。


魔王が現れたときと、ほとんど同じ光景が瀬礼朱の前にあった。だが、その光はどこか温かく感じる。まるで女神の祝福のように。


「女神様。どうか……ご無事で」


そんな瀬礼朱の声は彼女に届いただろうか。女神セレッソは赤い空へ向かい、飛び立つのだった。


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