【勇者の証】
瀬礼朱と馬部は、ダリアを前にして、まさに蛇に睨まれた蛙といった状態だった。周囲で激しい戦いが行われているが、まるで三人を囲む空間だけは、神の意思が介入したかのように静かである。
そんな中、ダリアが一歩前へ出た。
「お前たち、あの勇者の仲間だっただろ? あいつはどこだ?」
「あ、あいつって……誰のこと?」
震えそうな声を引き締め、何とか言葉を発する瀬礼朱。が、向けられたダリアの眼光に足がすくんでしまいそうだった。
「あの白い勇者に決まっているだろ! 出せ。今すぐ出せ! 出さなければ、お前ら二人の首を引っこ抜いて、高々と掲げてやる。そうすれば……向こうから出てくるだろう?」
「ひ、ひぃっ」
馬部が瀬礼朱の後ろに隠れる。
ブレイブアーマーをまとった勇者が、修道士の後ろに隠れるとは何事か、と怒鳴りたいところだが、瀬礼朱も恐怖で言葉が出なかった。
さらに一歩前に出るダリア。
その瞬間、瀬礼朱の頭の中で父の記憶がいくつもフラッシュバックしてしまう。
「い、嫌だ……。死にたくない」
思わず零れる恐怖の言葉。
それが聞こえたわけではないだろうが、ダリアが笑みを浮かべる。恐怖を煽るような悪意ある笑みを。
「オクトの戦士は、どいつもこいつも臆病者だ。私のような強者を前に、一歩前に出る勇気なんて持ち合わせちゃいないんだよ。そんなやつらに、私が負けるわけがない」
さらに一歩。
さらに一歩と近付いてくるダリア。
瀬礼朱の恐怖でその場に座り込んでしまう。
「た、助けて。パパ……」
体が縮こまる。
迫る死の感触に押し潰されてしまいそうだ。だが――。
「勇者は……こそ、証…だ」
瀬礼朱の背後から、誰かの呟く声が。
「その勇気こそが勇者の証だ。勇敢な行為によって仲間を鼓舞し、戦場を切り開く。それが……」
「……馬部、くん?」
馬部が恐ろしさで発狂したか、
と瀬礼朱は振り返ろうとしたが、正面のダリアが獲物を仕留めようと腰を落とした。
「死ね、オクト人!」
一気に飛びかかろうとするダリア。瀬礼朱は死を覚悟する間もなく、ただ瞼を閉じて、その瞬間を恐れるだけだった。
しかし、甲高い音が響くだけで、死の一撃が瀬礼朱を襲うことはない。うっすらと目を開けると、紫色のブレイブアーマーをまとった背中が。
「勇敢な行為によって仲間を鼓舞し、戦場を切り開く。それが勇者だ!」
「馬部くん!?」
馬部がダリアの拳を受け止めている。さらに、勢いのある回し蹴りでダリアの横腹を叩いた。効いたのか、ダリアは体を少しだけ傾けると、瞬時に後退する。
「ふん、腰抜けではないようだな」
馬部が背を向けたまま言った。
「瀬礼朱さん、援護をお願いします。俺が……強化兵を倒します!」
正面に向けて手の平を突き出す馬部。すると、彼の正面に白い輝きだ。
「ブレイブソード!」
その声に呼応するかのように、白い光が剣の姿に変わり、馬部が柄を握りしめる。
「かかってこい!」
「言われるまでもないんだよ」
ダリアの姿が消えたかと思うと、瞬時に馬部の横手へ移動していた。そして、拳が高速で突き出される。頼りのない馬部であれば、それを側頭部に受けて倒れてしまっただろう。しかし、彼は身を屈めてそれを躱すと、低い姿勢から剣を横に振るう。
一閃の如く一撃はダリアの胴を切断した、
かのように思われたが、彼女も素早く身を退いていた。馬部は剣先を突き出し、ダリアを追撃しようとしたが、彼女の右手を硬質化させ、手首から小指と薬指の先がナイフのような形状に変化した。そして、馬部の剣による一撃を打ち払う。
「なめるな!」
ダリアは叫びながら、大きく飛び退いた、かと思うと、明らかに遠い距離で回し蹴りを見せる。いや、その蹴り足がしなやかに伸びて、まるで鞭のように馬部を襲った。
「しまった!」
変幻自在、変則的な強化兵の攻撃に不意を突かれる馬部。しかし、鞭のように伸びたダリアの爪先の一撃は、彼の目の前で弾かれた。
「クソアマ! 邪魔をしたな!」
蹴り足を元の状態に戻しながらダリアが叫んだ相手は瀬礼朱だ。
「わ、私だって!」
そう、瀬礼朱が対物理攻撃の防壁魔法を使って、馬部を守ったのだ。
「馬部くん、やろう! 私たちで……ダリアを倒すんだ!」
「はい! 勇者の力、発揮してみせます!」
二人の気力、気迫は今までにないほど高く、強いものだった。
どんな障害であろうと、強敵であっても突破できる、そんな気概が見えるほど。しかし、それでもダリアは少しも気圧されることはなかった。
「調子に乗るなよ、ガキども。お前たちのような、戦いを知らない子供が、いくつもの戦場を駆け抜け、度重なる強化を受けた私に、勝てると思ったら……大間違いないんだよ!」
ダリアが地を蹴る……が、瀬礼朱の防壁魔法が彼女の突進を遮った。一瞬、のけ反るダリアだったが、すぐに体勢を取り戻すと、防壁魔法に拳を叩きつける。その間に、馬部はダリアの横手に回り、剣を振り上げた。
だが、その剣撃が届くよりも速く、彼女は馬部へ身を寄せ、近距離から肘を叩き込んだ。
「ぐうっ――!」
腹を突き抜けるような肘の一撃に、体をくの字に折る馬部。痛みに膝も折れてしまいそうだったが、離れた距離から瀬礼朱の魔法による回復効果を得た。
「ま、まだまだ!」
近距離から受けた回復魔法であれば、この程度の痛みは完全に消せたかもしれないが、いかんせん遠いため効果はいまいち。それでも、馬部は勇者としての意地を見せようとしていた。
チームになってから、何度も戦場を共にした二人。ついにコンビネーションが発揮され、ダリアを撃退するかのように見えた。
これなら、戦争は終わるかもしれない。
瀬礼朱は微かにそんな希望を見出す。しかし、十年近く続くこの戦争は、そんなに簡単なものではなかった。
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