【迫る悪意】
「上に撤退を進言しましたが、やはり聞いてもらえませんでした……」
戻ってきた三枝木の表情は、上司に企画を一刀両断されてしまったサラリーマン、そのものだ。
瀬礼朱も肩を落とし、溜め息を吐く。そんな二人の様子を見て、詳しい状況を理解していない馬部は首を傾げた。
数秒ほど沈黙が続いたが、三枝木が穏やかな笑顔を見せた。
「二人にお願いがあります」
「なんですか?」
瀬礼朱も馬部も、三枝木に対して絶大な信頼を向けている。だから、少しくらい無理な命令であっても、それを実行したいと考えていた。三枝木は言う。
「今回、私は別行動をとります」
「えええ? 三人で戦わない、ってことですか?」
「はい。瀬礼朱さんと馬部くんは、できるだけ拠点周辺の敵をかく乱してください。私は一人で、攻撃拠点の中に潜入します」
「ひ、一人でですか?」
「はい。潜入して、攻撃拠点の中心部にこれを仕掛けます」
それは、魔力圧縮爆弾だった。
「そんなもの……どこで?」
瀬礼朱の質問に、三枝木は苦笑いを浮かべた。
「先ほど、上から渡されました。撤退を進言するくらいなら、これを使って攻撃拠点を破壊してみろ、と」
「そんな無茶な!」
「あの、さっきから撤退撤退って、何があったんですか?」
馬部が遠慮がちな表情で会話に入るが、瀬礼朱がそれを耳に入れなかった。
「一人で行くなんて危険すぎます。せめて三人で潜入しましょう!」
「人数が増えれば、その分だけ見付かるリスクも高くなる。ここは、私一人に行かせてください」
「だけど――!」
反対意見に力が入りつつある瀬礼朱だったが、三枝木は遮る。
「瀬礼朱さん、時間がありません。ここは私を信じて、任せてもらえないでしょうか?」
これまでにない真剣な表情に、瀬礼朱も言葉がなかった。
「……分かりました、三枝木さん」
ただ、これだけは約束してほしい。
「絶対無事で戻ってきてくださいよ」
「もちろんです。二人も無理はせず、怪我なく戦いを終わらせることだけに集中してくださいね」
瀬礼朱は頷く。
馬部は二人が何を話しているのか理解できず、改めて質問しようと口を開きかけたが、その腕を瀬礼朱に引っ張られてしまう。
「行くよ、馬部くん。私たちが、できるだけ多くの敵を引き付けるんだから!」
「せ、瀬礼朱さん? ちょっと待ってください。どういうことですか??」
二人の背中を見送った三枝木は、攻撃拠点の裏口の方へ駆け出すのだった。
「おい、ウスマン。あれを見ろ!」
攻めてくるオクトの戦士たちを、攻撃拠点の司令室でモニター越しに眺めるダリア。何かを発見したのか、興奮気味にモニターを指さす。
「なんですか?」
ウスマンが首を伸ばしてモニターを凝視すると、二人のオクト人が。だが、ウスマンの記憶に該当する人物はいなかった。
「誰です? 知り合いですか?」
「馬鹿!」
頭を引っぱたかれるウスマン。
「あいつだ。あの、白い勇者の仲間だ」
白い勇者?
今度は記憶と一致するものがあった。二度も姉さんを撃退した、というオクトの勇者か。それなら一瞬だけ顔を見たが、その仲間までは知らない。
「この二人が来ている、ということは、やつも来ているはずだ! 出撃する!」
「ダメですよ、姉さん! 姉さんはイワン様からここの司令官を命じられているんですよ。司令官が指揮を放棄して真っ先に飛び出しちゃ、戦いになりませんよ」
「知るか! 私はあの勇者を殺すんだ!」
完全に冷静さを失っている。どうしたものか、とウスマンは考えた。
「あ、姉さんがここで出撃したら、イワン様に言いつけますよ?」
「な、なんだと?」
「嫌なら落ち着いて。ほら、薬も飲まないといけない時間だ」
渡された薬を飲み込み、少しだけ冷静になるダリア。だが、その冷静さが悪い方向に動いてしまう。
「ウスマン。私はお前を信じている。本当は良い兵士に……いや、良い男になる、と」
「な、なんですか急に」
「ここで見せてくれ。お前が司令官として、この拠点を指揮し、守り切ってみせるところを。そしたら、私は……」
「わ、私は……?」
「これからは、お前を尊敬すべき男として接するつもりだ」
「尊敬すべき、男……」
ウスマンは数秒考える。
だが、決断に至るまでは一瞬だった。
「任せてください、姉さん! このウスマン、死んでも拠点を守り切ります!」
セレッソは既にオクトの地から離れ、海の上空を飛んでいた。思ったより、魔王は遠くにいるようだ、と少しだけ安心する。
が、それは確かにオクトを目指して進んでいた。
「いる。お前を感じるぞ、ソール!」
セレッソが普通の人間と同じ視力だったとしても、見える距離にアッシアの船が。セレッソは加速して、瞬時に船の真上へ。
「この真下なら……人間はいないな」
セレッソは安全を確認した後、一気に急降下する。そして、船の天井を踏み破り、艦橋に着陸した。
「やつは……どこだ?」
辺りを見回すセレッソ。
その視界にほとんど人はいなかった。
「ようこそ、オクトの守護女神……セレッソ様」
「ん?」
声の方に振り向くと、無表情の男が。
「私はイワン。イワン・ソロヴィエフ。魔王様に使えるものです」
「……ソールはどこだ?」
「その前に、魔王様からの伝言があります。しばらくは、そこで大人しく待っていろ。私は千年待たされた、と」
「なに?」
気付けばイワンは何かしらのスイッチを握っていた。そして、彼が親指でそれを押し込むと、セレッソの足元が輝きだす。
嫌な予感に空へ向かって飛び出すセレッソだったが、その光は彼女を追うように伸び上がった。
「これは……」
セレッソは光に包まれていた。
頭上までしっかりと光に覆われ、まるで巨大な試験管の中に捕らわれた状態だ。
「セレッソ様。私と魔王様は先にオクトへ向かいます。ここ一か月、戦い続けていたのでしょう? 少しは休むといい」
セレッソは自らを覆う光の壁を全力で殴り付ける。が、まるで手応えがない。
セレッソのパワーをもってして破壊できない光。これは禁断術と呼ばれるものに間違いなかった。
「千年前、全部破壊したつもりだったが。こんなもの、まだ残っていたのか……」
セレッソは気付く。
足元に広がる海の上を、小さな船が進む姿を。
そして、その船首に人影。
「……ソール!」
セレッソと魔王の視線が交錯する。
そして、捕らわれたセレッソを見て、魔王は嘲るように口の端を釣り上げた。
すると、小舟が加速して、オクトの最北端カザモへ向かう。守護女神が不在のオクトの地に、魔王が迫るのだった。
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