【魔王侵攻の噂②】
魔王がやってくる、という情報が広まっても、オクトの戦士たちは特に動揺した様子はなかった。
「今さら魔王がやってきたところで何が変わるんだ?」
「逆に捕えてしまえば、世界に平和をもたらすってことじゃないか」
「俺たちでやろう! 魔王を倒して世界に平和を取り戻すんだ!」
多くの戦士たちが、魔王という存在を「少しばかり強い強化兵だろう」という程度に捉えていたのだ。実際、三枝木もその程度の認識だった。
それに今はセレッソが味方してくれている。どんなに強い強化兵でも、セレッソは瞬時に倒してしまう。
だから、何の問題もない、と考えていたのだ。
「……少し派手にやり過ぎたか」
しかし、当のセレッソは、その話を聞いて険しい表情を見せるのだった。
「セレッソ様が恐れるほど、魔王は強いのですか?」
「まぁな。できれば、やり合いたくない相手だ」
セレッソの性格からして、強気な答えが返ってくるだろう、と思っていただけに、三枝木は驚いたようだった。それでも、瀬礼朱は言う。
「でも、貴方のとんでもパワーなら、倒せるのでしょ? いつもみたいに」
「私は一度もお前たちの前で、本気で戦ったことはない。戦ったつもりすらない。それでも、お前たちは私に勝てる、と思ったことはあるか? 一人では無理でも、協力すれば倒せる、と」
意外な質問が返ってきたが、瀬礼朱は素直に首を横に振る。セレッソは「だろう」と言って続けた。
「私が本気で戦ったらイロモアにいるオクトの戦士が集まっても、数分で全滅させられるだろう。ただ、なんだかんだ言って私は慈悲深いが、魔王はそんな優しさは持ち合わせてはいない。ここにいるオクトの人間をどれだけ生かせるか……」
セレッソは本気で不安を覚えているらしい。しかし、そんな話は規模が大きすぎて、瀬礼朱も三枝木も頭の中でイメージすることができなかった。
数日後、四つ目の攻撃拠点を制圧するため、オクトの戦士たちが準備を進めているところに、その報告が入った。
「魔王です! 北の海に魔王の旗を掲げた船が、カザモに近付いています!」
それを聞いても、やはりオクトの戦士たちは大きく動揺することはない。
「よし、敵の総大将がきたのなら、この戦争も終わりだ! どういうタイミングか、今から攻めるカザモの攻撃拠点はイロモア最北端にある。すぐにこれを攻略し、魔王を迎え撃つのだ!」
瀬礼朱と三枝木、馬部は三人でトラックに乗り込み、攻撃拠点へ向かう。
「もしかしたら、ついにこの戦争も終わるかもしれないんですね」
トラックに揺られながら馬部が一人呟く。
「馬部くんは私たちの後ろで逃げ回っているだけだったけどね」
瀬礼朱がからかうと、馬部は顔を赤く染めた。
「そんなことありません! 俺だって――」
「倒した強化兵の数は?」
意地悪な瀬礼朱の質問に、馬部はたじろぐ。
「ま、まだゼロですけど……。けどけど! この戦いでは三枝木さんより多くの強化兵を倒して見せます! 三枝木さんより活躍したら、それは誰もが認める勇者でしょ!」
「そうかもしれないけれど……」
自分のせいで馬部がむきになってしまったが、彼の前のめりな態度にどこか不安を感じる瀬礼朱。そんな二人のやり取りに三枝木が割って入った。
「馬部くん、敵を多く倒すことが勇者の使命ではありません」
「ち、違うんですか?」
「はい。勇者の使命はその勇敢な心で、周りの戦士たちを鼓舞することです。貴方の勇敢な行為で、仲間たちも頑張れたのなら、それは立派な勇者ですよ」
「……自分以外の人間にも勇気を与える、ということですか?」
「そういうことです」
馬部は腑に落ちたのか、どこか落ち着いた表情を見せたので、瀬礼朱は一安心する。勇敢な心。自分に持てなかったが、馬部はそれを手にして欲しい、と心の底から願った。
会話が途切れたので、瀬礼朱は今回の戦いについて考えた。
今回で四つ目となる拠点攻略。
これまでの三回は、少しピンチになってもセレッソが現れ、瞬時にその障害を取り除いてくれた。それが罠でも魔法でも、強化兵であってもだ。だから、今回も危なげなく作戦を終えられるだろう、と。
「第十三部隊は、西側から攻撃することになりました。行きましょう!」
三枝木の号令と共に、瀬礼朱たちはトラックを降りて、イロモアの森の中を駆けた。いつもは三枝木が先頭を走るが、今日は馬部が前へ出る。
「俺が先頭を行きます! 二人ともついてきてください!」
どうやら、三枝木に言われたことを実践するつもりらしい。そんな馬部の健気な行動に、瀬礼朱と三枝木は顔を見合わせて笑い合った。
しかし、笑顔を見せていた三枝木の姿が、突然消える。
「み、三枝木さん!?」
まるで森の中に引っ張りこまれたように見えたが……。
瀬礼朱は足を止め、三枝木が消えた方に近付くと、そこには腕を組むセレッソの姿があった。そして、突然引っ張られ、バランスを崩して倒れる三枝木の姿も。
「な、何をするんですか? 三枝木さんを敵と間違えたわけじゃないでしょうね??」
一歩詰め寄る瀬礼朱に、セレッソは手の平を向けて制止する。
「今日は言い合っている暇はない。やつだ。魔王がきたぞ」
瀬礼朱も三枝木も驚いたりはしなかった。
「知ってたのか?」
「はい。海を監視している、オクトの仲間から連絡はありました」
「ならば早く私に言うべきだっただろう!」
と言われても、瀬礼朱と三枝木は彼女の連絡先は知らない。
「宗次、今すぐオクトの戦士たちを撤退させろ。できるだけ南の方に。すぐに逃げなければ、私とやつの戦いに巻き込まれるぞ」
「そ、それは無理ですよ。私が撤退を進言しても、誰も聞いてはくれません。私に、そんな権限はありませんから。あ、フィオナ様に連絡は?」
「……既に連絡した。撤退の命令は伝わっているはずだ」
瀬礼朱は理解する。
「上の方で、撤退命令が止められている?」
ここ最近、オクトの作戦はすべて上手く行っていた。それが原因で、イロモアの戦士を指揮する人間たちが、撤退する必要はない、と判断したのだろう。
「子供の言うことだと思われて、フィオナは舐められているところがあるからな」
セレッソが溜め息を吐く。
「宗次、瀬礼朱。今回、攻撃拠点の制圧を手伝ってやることはできない。私は北の海、できるだけオクトの地から離れた場所でやつと戦う。どれだけ抑えられるかは分からないが……できれば兵士たちを南に逃がしてやってくれ。頼んだぞ」
「待ってください、セレッソ様!」
三枝木が呼び止めるが、セレッソは大空へと羽ばたき、北の方へと消えて行ってしまった。
「ちょっと、二人とも!」
二人が立ち尽くしていると、先を進んでいた馬部が戻ってきた。
「気付いたら後ろにいないとか、やめてくださいよ! ……どうしたんです?」
しかし、二人は我を失ったまま、ただ立ち尽くすのだった。
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