【魔王侵攻の噂①】
イロモアにある、アッシアによる五つの攻撃拠点。それが、たったの一か月で三つも制圧された。
それは長い間、膠着状態を続けていたオクトの戦士を勢いづけるものだった。
「どうしてだ!」
目の前の机を拳で叩いたのはダリアだ。
「私たちの他にも、強化兵がいるはずなのに、どうして簡単に拠点が制圧される!」
苛立つダリアに怯えつつ、ウスマンが答えた。
「それが、おかしいんですよ。強化兵が前線に出て、勇者どもを倒し始めると、消えてしまうそうなんです」
「消える? 何がだ?」
「強化兵が、です」
「……敵前逃亡、というやつか?」
「いやいや、違うんです。本当に、ぱっと消えてしまうらしいですよ。忽然と。オクトの新兵器なのか、勇者どもの亡霊の仕業とか、色々噂になっているんです」
寒気でも感じたのか、両腕を抱えるウスマン。それを見たダリアは目を細めた。
「……ウスマン、お前もその噂を信じているのか?」
「ま、まさかまさか!」
「ならば、お前はどう思う? なぜ、拠点がいとも簡単に落とされる?」
「ですから、それは……おかしな話ですよね」
ダリアを納得させる答えが出てこなく、また怒鳴られる、と身構えるウスマンだったが……。
「そうだ、異常だ」とダリアは頷く。
意外な反応に驚くウスマン。
だが、ダリアは真剣な表情で腕を組む。
「何かがおかしい。しかし、その何かが分からない。……こういうとき、イワン様はどのようにお考えるになるのか」
イワン様、か。
ウスマンは心の中で肩を落とす。
自分が頼りないのは分かるが、いつもそれだ。自分がダリアに認められる日は来るのだろうか、と溜め息を吐いた瞬間、彼らが待機している部屋に通信が入った。
「い、イワン様からだ!」
ダリアはいつもと違った甘い声を出しながら通信をオンにする。
『やぁ、ダリア。かなり難しい状況になっている、と聞いたが、本当か?』
モニターに表示されるイワンは笑顔だ。しかし、ウスマンは気付いている。この男は本気で笑っていなどいない、と。ただ、ダリアは目を潤ませ、いつもは見せない女の表情で答えるのだった。
「申し訳ございません、イワン様。貴方様のダリアがこの地にいながら、オクトに後れを取るんなんて。数日中に、巻き返してみます。なので、帰ったら一緒に湖を見に行く約束、忘れないでくださいね」
『お前は悪くないよ、私のダリア』
温度がこもっていない声。
『ここまでくると、オクトは何かの禁断術を使っている、と考えた方が自然だ』
「禁断術、ですか?」
千年前、現在よりも優れた技術を持つ文明が残した兵器や魔法。それを復元したものを禁断術と呼ぶが、国際連合委員会によって使用は禁止されている。オクトはそれを使って攻撃拠点を制圧している、とイワンは考えているようだ。
「私も今回の攻撃は異常なものがある、と感じていました!」
同じことを考えていた、と喜ぶダリアを冷めた目で見るウスマン。そんな視線に気付かず、イワンとダリアの会話は続く。
『さすがは私のダリア。賢いな』
「とんでもありません。私に少しでも知性があるとしたら、それはイワン様が与えてくれたものに違いありません」
『だとしたら、余計にオクトは許せないな』
「はい。私が必ず皆殺しにします!」
『いや、これ以上私のダリアを危険な戦いに参加させるわけにはいかない。魔王様にお力添えいただこう』
「え?」
ダリアの目つきが変わる。
「イワン様、その必要はありません。私が、必ず貴方様のお役に立ちます。だから、魔王様にお願いするなんて、やめてください!」
『無理をするな、ダリア。禁断術を使う、オクトの卑怯な戦いにお前が出る必要はない。魔王様が綺麗に片付けてくれるさ』
「いえ、必ず私が――」
『それに、気になることもある』
イワンはダリアの主張を遮る。
『だから、既に決まっていることだ。魔王様とオクトへ向かう。他の兵士たちにこの情報を伝達するように』
「イワン様、待って!」
聞く耳は持たず、通信は切れてしまう。しばらく、魂が抜けたようにモニターを眺め続けるダリアだったが、次第に表情が怒気に染まり、最終的には再び机に拳を叩きつけるのだった。
「イワン様はいつも魔王様の世話ばかり! そんなにあの方が大事か!」
ダリアは魔王が嫌いだった。自分よりも常にイワンの傍にいる魔王。実際は、魔王の傍にイワンがいるのだが、ダリアにはそれが分からない。
「ね、姉さん。イワン様が魔王様の面倒を見なかったら、アッシアは滅びてますよ……」
それとなくイワンと魔王の関係性を指摘するウスマンだったが……。
「関係あるか!」
ダリアはヘソを曲げて部屋を出て行ってしまった。
その後、魔王がイロモアへ向かう、という情報がアッシアの兵たちに行き渡る。そして、その情報はオクト側に漏れるのだった。
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