【どこまで行っても数字の世の中】
三枝木は語る。
「別に特別な理由はありませんよ。ありきたりと言うか、十年前に活躍していた勇者たちに憧れて、自分もあんな風になりたい、と思っただけです」
「十年前は、今に比べて勇者たちの知名度は高かったな。ランキング戦はテレビで生中継され、子供たちの憧れだった」
セレッソはその時期のことを知っているのだろうか。瀬礼朱は疑問の目を向けるが、三枝木は頷く。
「はい。誰もがランキング戦に熱狂して、私もテレビの前に正座してみていたものです。ピエトルにナゲラ、フィリポ、ハンター。本当にいい時代だった。私もあんな風にランキング戦で人を熱狂させ、国を守る戦いに出たいと思った。私たちの世代には、そんな人間ばかりですよ」
「だとしたら、勇者の資格を得たときは、さぞ嬉しかっただろうな」
「はい。私はスクール時代にまったく芽が出なかったので、余計に嬉しさはありましたね。毎日、昼間はスーツを着て仕事。夜はトレーニング。なかなか大変でしたが、社会人部門のランキング戦に参加して、何とか勝ち上がった。本当に達成感がありましたね。これからは、勇者として国のために頑張ろうって」
ここだ、今しかない!
「でも――」と瀬礼朱が会話に入る。
三枝木とセレッソの視線を同時に受けて、やや緊張したが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「でも、今は勇者をやめようと思っているわけですよね。それは、なぜですか?」
三枝木が瀬礼朱を見た。
一瞬だけ、三枝木が怯えるような表情を見せたが、すぐにいつもの苦笑いがそれを押し隠す。
「それも、珍しい理由ではありません。単純に、勇者を続けることが苦しくなっただけです」
「戦うことが怖くなった、ということですか?」
瀬礼朱は問いかけながら、それは違うのだろう、と予想した。なぜなら、三枝木が戦う姿はとても恐れているように見えなかったからだ。三枝木が答える。
「……そうですね。怖くなった、のかもしれません。何と言うべきか、勇者として戦果を出し続けることに、プレッシャーを感じ始めたのです」
「プレッシャー、ですか?」
「そうです。勇者は常に戦果を求められる。いつだって、どれだけの敵を倒したのか、どれだけの攻撃拠点を破壊したのか。それを数字にして出さなければならない。そうなると、戦い方も変わってきます。効率的に、機械的に、ただ数字を積み上げる方法だけを考える」
そういえば、馬部もどれだけの戦果を上げたのか、数字にこだわっていたような気がする。三枝木は疲労感を含んだ溜め息を漏らす。
「私が憧れた勇者は、戦いで多くの人を魅了し、熱くさせるものだった。しかし、いつの間にか、ただ数字に一喜一憂するサラリーマンと大して変わらなくなっていたのです。私の夢はいつの間にか仕事になっていた。つまりは、瀬礼朱さんの言う通りなんですよ」
「……私、何か言いましたか?」
「志がないから、勇者をやめてしまう。その一人です。国を守る志よりも、私は自分の欲求を満たしたい、という気持ちが強いのです」
「だけど、三枝木さんは勇敢に戦ってくれました。私は勇者としての志を感じましたよ?」
「あれは、そんな高尚なものではありません。単純に強い相手と戦いたかった。それだけです」
瀬礼朱は黙り込んでしまう。
落ち込んでいく気持ちを感じたのだ。期待を裏切られた、と感じているのだろうか、と自らに問う。
少し違う。
だとしたら、自分に志はあるのだろうか。
たぶん、父の仇を取りたいだけ。そして、その志すら貫き通すことができなかった。父を殺した張本人、ダリアを前にして、動けなかったのだから。
「宗次は真面目だな」
黙り込んだ瀬礼朱の代わりに、セレッソが言う。
「人とは自分の中にある矛盾を誤魔化しながら生きるものだ。しかし、お前はそれが我慢ならなかったのだろう。自分自身に誠実に生きられる人間の方が珍しい」
「使命を放り出す時点で、不真面目のような気もしますが……」
「真剣に自分の人生を歩む。それだけで真面目だと私は思うけどな。しかし、勇者をやめたら、どうするつもりだ? 何かやりたいことがあるのか?」
「そうですねぇ。できることなら、自分のクラムを持って勇者を育てる側に回りたいな、と。卑怯かもしれませんが、私は戦争したいわけではありません。戦いで人々を魅了する。そんな環境を作る一助となれれば……」
セレッソは鼻を鳴らす。
「いいじゃないか。戦争だってもう終わる。自分が納得する生き方を選択すべきだ」
セレッソの視線が、瀬礼朱の方へ。
「お前の方はどうなんだ?」
「え?」
セレッソの問いかけは、瀬礼朱に向けられていた。
「お前は今の自分に満足しているのか? それとも、自分を満たす努力をしているのか?」
瀬礼朱の心情を見透かすような女神の瞳。瀬礼朱は戸惑う。
私は自分の生き方に満足しているだろうか。嘘は吐いていないだろうか。自分に嘘を吐くことは、他人を欺くことと同じだ。
だとしたら、私は……。
「私には責任があります。父の仇を取る。そして、この国を守る使命だって……。自分の気持ちばかり、優先してられません」
三枝木を責めているようではないか、と彼の表情が気になったが、それを窺う勇気はなかった。逃げ出した自分が、戦った三枝木の前で偉そうに「使命」なんて言えないはずなのに。
そうだ、自分は勇気がないだけだ。
本当にやりたいこと。
使命なんて言葉を理由に、そこから逃げているだけなのに……。
「……まぁ、どっちでもいいけどな」
瀬礼朱の思考をセレッソが制止する。
「好きなように生きることだけが偉い、というわけではない。迷いながら、日々を積み重ねるだけでも、苦しみと戦い抜いていると言える。少しくらい自分を許せ」
「自分を許す……」
瀬礼朱の呟きに、セレッソは薄い笑みを浮かべた。
「どうだ、女神らしい言葉だろう?」
「……女神様は自画自賛するような方ではありません」
そんな二人のやり取りを、三枝木は穏やかな微笑みを浮かべながら眺めていた。だが、その目の奥には一つの覚悟を抱いているようでもあった。
休憩を終え、そろそろ出口探しを再開するかと腰を上げた頃、洞窟内に不吉な振動が響き渡った。そして、微かに聞こえてくる怒号。
「出てこい、オクト人!!」
ここまで、ダリアが追いかけてきたのだ。
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