【ジェノサイダー】
純白のブレイブアーマーは飾り気がなく、非常にシンプルで、ある意味、三枝木の印象をイメージさせるものだった。
それを見たダリアは警戒心を高めたか、やや腰を落とし、拳を握った。
ダリアの方から間合いを詰める。慎重に。
まずは、前手の左手による速いパンチが二度、三度と三枝木を牽制する。またも左がくると思われたが、今度は右のストレートが伸びてきた。
三枝木はそれを躱しつつ、ダリアの腰に向かってタックルを仕掛けるが、凄まじい力で押し返されてしまった。離れ際に、ダリアの右回し蹴りが三枝木の頭を狙う。
三枝木は反射的に腕でガードしてみせるが、その衝撃に体が流されそうになり、そこにダリアの右ストレートが再び。
三枝木はバックステップでその一撃を躱してみせると、お互い何か感じ取ったのか、動きを止めた。
「思ったよりはやるようだな」
ダリアは感心したように呟くが、脅威を感じている、というわけではなさそうだ。その証拠に、微塵も動じた様子なく、じりじりと間合いをつめてくる。
十分に距離が詰まると、ダリアの回し蹴りが三枝木の横腹をめがけて飛んできた。あまりのスピードに防ぐことができず、凄まじい衝撃音が瀬礼朱のいる場所まで響く。
ダメージがあったのか、三枝木の動きが鈍る。
そんな隙をダリアは見逃さなかった。さらに、間合いを詰めつつ、放たれる右のストレート。が、三枝木はそれを待っていた。拳の一撃を潜りながら、先ほどよりも深く強烈なタックルをダリアの腰に。
拳を突き出したタイミングで三枝木のタックルを受けたダリアは、背中から地面に倒れ込む。三枝木は立ち上がろうとするダリアを抑え込みつつ、その顔面を殴りつけた。
一発ではない。
二発、三発と。
躊躇いなく振り下ろされる拳。
さらに、三枝木が拳を振り上げると血の糸が伸び、白いブレイブアーマーを染めた。躊躇のない鉄槌。普通であれば、手を止めてしまうこともあるだろう。あの温厚な三枝木からは、想像できない暴力性だった。
「お、思い出した……」
「うわっ! 馬部くん、いつからそこに!?」
知らぬ間に、ブレイブチェンジを解除した馬部が隣に伏せていた。
「三枝木さんに貴方を頼まれたんですから、一人で逃げませんよ」
「そ、そうなんだ。それで、思い出したって何を?」
瀬礼朱の質問に、馬部はごくりと唾を飲み込む。
「三枝木さんのことです。あの人、三枝木・ジェノサイダー・宗次ですよ」
「じぇのさい……なんだって?」
聞きなれないワードに、瀬礼朱は眉を寄せる。が、馬部はやや興奮気味に同じ言葉を繰り返した。
「だから、ジェノサイダー・宗次ですよ! 知らないんですか? ちょっと前、社会人部門のランキング戦で、とんでもなく強かった勇者ですよ!」
瀬礼朱もランキング戦を見たことはある。配信だけでなく、生観戦の経験もあるほどだが、三枝木と言う名前は知らなかった。
だが、馬部の様子を見る限り、三枝木はその界隈では名の知れた存在ということなのだろうか。
「そんなに強かったの?」
「強いも何も……。圧倒的でしたよ。あれは対戦に挑んでいる、というよりも、戦いを楽しんでいるって感じでした。噂ではジェノサイダーの戦いは、相手と実力差がありすぎるから、何度も残酷ショーみたいになって、アーカイブが残っていない対戦も少なくないって話ですよ」
戦いを楽しむ?
残虐ショー?
あの冴えないサラリーマンにしか見えない三枝木が?
瀬礼朱の脳は混乱するが、実際に無言でダリアを痛めつける三枝木を見ると、それが事実だと認めるしかない。
では、なぜ今まで戦いから逃げてばかりだったのだろうか。
その疑問が浮かぶと同時に、ダリアの叫び声が聞こえた。どうやら、抑え込んでくる三枝木を力任せに突き飛ばし、立ち上がったようだ。
ダリアは滴る血を拭うと、屈辱からなのか、赤く染まった手を震わせていた。
「イワン様からいただいた体を、お前なんかに!」
イワン?
確かアッシアの首相の名前だ。
だとすると、ダリアはかなりアッシアの上層部に近い兵士ということだろうか。
そんな瀬礼朱の疑問は、ダリアから流れてきた殺気の波によって掻き消されてしまう。全身に鳥肌が立ち、ここから逃げ出したい気持ちになるほど、恐ろしい殺気の波だ。
が、三枝木はそこに飛び込んでいた。三枝木は左右と続けて拳を突き出すと、ダリアも右のストレートを返す。すると、三枝木の体が瞬時に沈み、再びタックルによってダリアを倒した。
「お前の軽いパンチなんかで、私を殺せると思うなよ!」
ダリアは再び立ち上がろうとするが、三枝木の狙いは先ほどとは違った。
「正義、執行!」
三枝木はダリアの腕を取ると、勢いよく捻り上げる。
「ジェノサイダーのアームロックだ!」
隣で馬部が叫ぶ。
「ジェノは残虐なファイトスタイルの反面、技巧的な関節技を得意とする、トリッキーな勇者でもあったんだ。特にあのアームロックは、何人ものランカーをギブアップさせた、恐ろしい技なんですよ。凄いぞ、生で見れるなんて!」
ジェノって何?と瀬礼朱は思ったが、あえて口にしなかった。
そんなことよりも、三枝木の関節技は確実にダリアにダメージを与えているようだった。
「が、がががっ……」
ダリアは呻き声を上げつつ抵抗するが、三枝木も簡単に離そうとしない。このまま、腕を折るのか……と思われた、そのときだった。
三枝木が突然アームロックを解除すると、素早く立ってダリアから離れる。その一瞬後、三枝木がいた場所に何かが落下してきた。少しでも腕を折ることに執着していたら、三枝木はそれに押しつぶされていただろう。そう思わせるくらいの、激しい落下だった。
「姉さんは殺させないぞ!」
その落下物の正体は、人間だった。
いや、ダリアと同じく全身灰色のボディ。強化兵だ。
どうやら、ダリアのピンチに駆けつけた仲間らしい。
ダリアは腕を抑えながら立ち上がると、仲間に近寄る。感謝を伝えるのか……と思われたが、
強烈な頭突きを食らわせた。
「……え?」
意外な展開に瀬礼朱は声を漏らす。しかし、ダリアは自分を助けてくれた仲間を怒鳴り散らすのだった。
「ウスマン、邪魔はしない約束だっただろう!!」
「ね、姉さん……。それは痛いですよ。やり過ぎですって」
まるで、弟をしかりつける姉、といった感じだ。しかし、横の馬部は違った感想を抱いたらしい。
「あのヒステリックな感じ、瀬礼朱さんみたいですね……」
思わず睨みつけると、馬部は目を見開いてから、すぐに視線を逸らした。
「何をしているんですか。今のうちに逃げますよ!」
いつの間にか、三枝木が二人を見下ろしていた。どうやら、二人の強化兵が言い合いをしているうちに、離脱してきたようだ。
「さぁ、立って。早く」
「はい!」
瀬礼朱は三枝木に対し、初めて腹の底から力の入った返事をした。
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