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【三枝木くん、勇者やめるってさ】

有薗瀬礼朱(ありぞのせれす)は、朝一番に上司の和島に呼び出され、こんな話を聞かされた。


「三枝木くん、勇者やめるってさ」


「え?」


一瞬、耳を疑ったが、瀬礼朱はすぐに納得する。


「それは、そうですよね。むしろ、なんで続けていたのか、そっちの方が不思議です」


瀬礼朱が修道士として、イロモアの戦場に参加してから三か月。


同じ部隊に配属されている勇者、三枝木宗次は、瀬礼朱にとって直属の先輩だが、少しも尊敬できることがなかった。なぜなら――。


「私、あの人が戦っているところ、一度も見たことありませんし。本当に勇者になりたくてなったのでしょうか?」


明らかに軽蔑の意思が含まれた瀬礼朱の態度に、和島は苦笑いを浮かべる。


「彼にも思うことがあるんだよ」


そんなことはない、と瀬礼朱は頭の中で否定する。


イロモアの戦争に参加して、すぐに離脱してしまう勇者は少なくない。ランキング戦に勝ち残り、勇者の資格を得ても、戦場では通用しないことが多いからだ。


きっと、三枝木も同じだろう。

勇者としての志が低すぎるのだ。


「勇者になったのですから、最後まで戦うべきです。ランキング戦で敗れた人たちの気持ちだって背負っているんですから」


和島は苦笑いを浮かべたままで、瀬礼朱の意見に同意することはない。瀬礼朱はそれが不満だった。


「それで、三枝木くんの代わりとなる新人勇者が十五分後に到着するんだ。有薗さんが駅まで迎えに行ってくれないかな」


「でも、一時間後には出撃でしたよね? 新人も参加させるんですか?」


「余裕ないからね。そのつもりだよ」


「分かりました」


作戦室から出ようとする瀬礼朱だったが、和島に引き止められる。


「駅に向かうときは、川沿いの道を通ってもらえないかな?」


和島の指示が何を意味するのか、瀬礼朱は察してしまい、思わず目つきが鋭くなってしまう。そんな瀬礼朱にたじろぎながら和島は言う。


「無駄かもしれなけれどさ、有薗さんから三枝木を説得してほしいんだ。やめるな、って」


「なんで私なんですか?」


「私が何度も説得したけど、ダメだったから。同じチームの仲間は、もう君しかいない。頼むよ。一時間後の作戦も参加してほしいと伝えてくれ」


勇者のくせに戦う気がない人間を説得してどうするのか。そんな気持ちがあったが、瀬礼朱は


「分かりました」


と短く答えて、今度こそ作戦室を出た。


防衛拠点を出ると、イロモアの緑に包まれた景色が。王都と違って空気は澄んでいるが、戦場の匂いは常に漂う。それが最初は不快だったが、今では慣れたものだ。


瀬礼朱は溜め息をついて、和島の指示通り、川沿いの道へ向かった。


「あの、三枝木さん」


川の前で、ぼんやりとした様子で腰を下ろす三枝木の姿が。彼は暇さえあれば、この場所でこうしている。意思のない人形のように。


そんな姿を見るたびに、きっと声をかけても反応しないだろう、と思っていだが、実際は違って三枝木は振り返った。


「ああ、瀬礼朱さん。どうしましたか?」


闘志の欠片すら感じさせない笑顔。


まるで、戦士ではなく、冴えないサラリーマンを思わせる表情は、瀬礼朱を苛立たせた。


「勇者をやめるって聞きましたが、考え直してもらえませんか?」


瀬礼朱の無感情な説得。

三枝木は二度目を瞬かせたが、すぐに瀬礼朱の意図を察したらしかった。


「和島さんに言われましたか?」


「はい。私は別に、どっちでもいいです」


「素直ですね」と三枝木は呟く。


「私には関心のないことなので。というよりも、私たち聖職者も、戦う気がない勇者を守る余裕はありませんから」


ナイフを突き出すような勢いで言い放つ瀬礼朱。いつも気の抜けた顔の三枝木だが、さすがに怒るだろう、というのが彼女の予想だった。


今まで、何度か戦場を去ろうとする勇者に似たような言葉をかけたことがある。ほとんどは「俺だってやめたくてやめるわけじゃない」と怒鳴るが、三枝木は違った。


「確かに、余裕がないのは困りますよね」


さらに、遠慮がちにこんなことを言うのだった。


「たぶん、それが原因なのでしょうけれど、最近の聖職者の方々は回復魔法を使うとき、焦って前に出がちなっている気がします。前に出すぎると、勇者たちは聖職者を守ることに意識が行ってしまうので……あれも何とかしないとダメですよね」


今まで勇者の視点で考えたことはなかったが、そういうものだろうか。


と眉根を寄せる瀬礼朱だったが、この男の言うことを真に受けてどうするのか、と首を横に振った。


しかし、と瀬礼朱は思い当たる。


そういえば、離脱を希望する勇者を、和島が自分に指示を出してまで説得を試みたのは初めてではないか。そう思うと、瀬礼朱は聞かずにはいられなかった。


「だったら、三枝木さんは、どうして……」


どうして勇者をやめるのか。

疑問を投げかけようとした瞬間、二人の間に割って入る声があった。


「おい、そこの二人」


瀬礼朱と三枝木が振り返る。

すると、そこには美しい桃色の長髪をなびかせる女の姿が。


歳は二十代中盤あたりだろうか。美しい容姿だが、それよりも妙な存在感が瀬礼朱を警戒させる。戦場という異質な空気の中、さらに異質な空気が、女にはあったのだ。


「この辺りにアッシアの攻撃拠点がある、という話だが……道に迷ってしまった。どこにあるか、知っているか?」


「えっと……ここから北の方角、車で二時間ほど移動したところにあります」


三枝木が北の方角を指さすと、女はそちらを見て、ふむふむ、と頷いた。


「あっちだな。分かった」


女が歩き出す。

話の流れから、アッシアの攻撃拠点へ向かうのだろう。


「あの、危ないですよ」


三枝木が呼び止めると、女は振り返った。


「お前たちこそ、危ないから近寄るなよ。アッシアの攻撃拠点は、私が潰しておいてやるから」


「いやいや、何を言っているんですか。私たちも手を焼いている攻撃拠点です。本当に危ないですよ?」


オクトの勇者たちが何度も挑戦して、潰せなかった攻撃拠点だ。女一人でどうにかなるものではない。しかし、女は鼻で笑った。


「私を誰だと思っている?」


「……誰なんですか?」


三枝木の質問に、女は腰に手を当て、胸を張って答えた。


「私は女神セレッソだ」


自信満々。

得意満面。

意気揚々と答える女だったが、瀬礼朱も三枝木も呆然としたまま固まってしまう。


いつまでも反応がない二人を見て、女はやや不安を覚えたようだ。


「……なんだ? なぜ驚かない?」


混乱する女に向かって、瀬礼朱が一歩前に出る。無表情で女を見つめる瀬礼朱だったが、拳を握りしめながら叫ぶのだった。


「女神さまがこんなところに、いるわけないでしょーーー!!!」

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