【第一次オクト・アッシア戦争】
「アッシアがアニアルークへ侵攻を開始し、各国は経済的な圧力でそれを止めようとしました。しかし、資源豊富なアッシアには大した影響がなく、数カ月の間にアニアルークは占領されてしまいます。
この頃、オクトではいつか戦争になるのではないか、という不安が蔓延していました。
しかし、それから数年も経たずにアッシアがオクトへ侵攻を開始。オクトの人々が不安は、最悪な形で実現してしまいます。
瞬く間にイロモアやアチカといった、オクト北部の都市がアッシアに占領されてしまいました。アッシアがオクトを攻めた理由は、圧力をかけた各国に対する報復、見せしめだった、と言われています。
まずは小国のオクトを落として、世界中にその力を証明した上、アトラ隕石も手に入れてしまおう、とアッシアは考えていたのです」
アトラ隕石? 初めて聞く単語に困惑するが、三枝木さんは知っていることを前提に続けるのだった。
「ただ、オクトも事前に危機を察知して、戦士を育てていた。アッシアの強大な戦力に対し、どんな戦局であろうとひっくり返す、一騎当千の戦士たち。それが勇者です。
オクトはアキレムの支援を受けながら、勇者たちを次々に戦地へ送り込みました。
そして、彼らはその期待に応えます。
イアデネスまで侵攻していたアッシアの強化兵たちを押し返し、アチカ、エータイも奪還。
毎日のように、彼らの活躍がニュースで流れていました。
私は、この頃の勇者たちの活躍に憧れていた世代です。私と同年代の人間は、戦果を挙げる勇者たちを見て、自分もなろうと決意した人ばかりなんですよ。もちろん、この私を含めて。
しかし、アッシア本国に近いイロモアは、なかなか取り返すことができませんでした。そのため、イロモアの地は十年近く戦争が続くことになったのです。
私はスクール時代、ランカーに入ることもありませんでしたが、なんとか社会に出てから芽が出まして、勇者としてイロモアの地に赴き、戦いに参加しました。
アッシアの強化兵たちは強かった。
あの頃、仲間が死ぬところを何度目の前にしたことか。
私自身もあと一歩で命を落とす瞬間が、何度もあった。それでも生き抜き、いつ終わるか分からない戦いを続けました。
そんなとき、アッシアが新戦力を投入します。改良された強化兵を前に、私たちは瞬く間に押し返され、イロモアからの撤退を余儀なくされるかと思われましたが
……そこでセレッソ様に出会いました。
それまで、私も五大女神なんてお伽噺に出てくるキャラクター、もしくは何かしらのメタファーくらいに思っていました。しかし、彼女は実在して、その力を示した。圧倒的な力です。
形勢は再度逆転し、イロモアの奪還が目に見えてきた。
永遠に続くように思えた戦争が、私たちの世代で終わる。そんな希望を抱くほど、彼女は私たちに光をもたらしたのです。
ただ、そんな希望も、やつの登場で再び打ち砕かれてしまうのですが……」
なかなか、壮絶な過去と歴史を聞いて、僕は質問一つ挟むことができなかった。
三枝木さんは思い出したくもないだろう、つらい記憶に関しても淡々と語ったが、痛みに耐えるような苦し気な表情を始めて見せて、話を区切るのだった。
「やつの登場って……何者が現れたんですか?」
聞かずにはいられなかった。
呼吸を整えるように、三枝木さんは姿勢を変えると、覚悟を決めるように頷いて、それを口にした。
「魔王です。アッシア帝国を統べる魔王が、海を渡って直接イロモアまでやってきたのです」
「ま、魔王って……」
僕がこの世界にやってきた理由じゃないか。
「魔王たった一人の力によって、イロモアにいたオクトの兵士はほぼ絶滅。私も魔王を前にして、何もできませんでした。もし、セレッソ様が間に合ってくれなかったら、私もイロモアで命を落としていたでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってください。オクトはこれから、アッシアと戦うつもりなんですよね? そのために、勇者を育てているって、セレッソから聞いたと思うんですが」
「その通りです」
「そんなとんでもないやつ……倒せるんですしょうか?」
いつも穏やかな表情の三枝木さんだが、このときは違った。たくさんの仲間の命を奪った魔王を目の前にしているかのように、鋭い目で遠くを見つめていた。
「そのために、私たちは準備をしています。戦士だけでなく、魔法や錬金術といった技術も育っている。次は魔王に勝たなくてはならない。あのときのような地獄を、二度とオクトに……いえ、この世界に持ち込んではならないのです」
そんな三枝木さんを見て、僕は何も言えなかった。
僕は戦争を知らない。
何なら平和を脅かす存在というものすら知らない。
圧倒的な暴力を、逃げ出すこともできない理不尽を前にして、僕は立ち向かう強さを持てるのだろうか。
「現在のイロモアはどうなっているのですか?」
「十年経って、復旧しつつあります。ただ、平和な街というわけにはいかないので、アッシアの監視と防衛を兼ねた軍事都市のようになっていますね」
「じゃあ、十年前の戦いで魔王を追い出すことに成功したんですよね? どうやったんです?」
「ですから、セレッソ様の力です。私たちもいましたが、殆どセレッソ様一人の力でしたね」
「……三枝木さんの言うセレッソって、僕が知っているあいつですよね?」
三枝木さんは苦笑いを浮かべる。
「オクトの守護女神とも言える、セレッソ様をあいつ呼ばわりするのはどうかと思いますが……あの方で間違いありません」
なんだ?
どういうことだ?
今の話によると、
魔王は現役時代の三枝木さんたちが束になっても敵わないようなやつ、ってことじゃないか。
そんな魔王をほとんど一人でセレッソは追い返したってことは……。
「本当に僕なんて必要なのか?」と真後ろから声。
振り返ると、
セレッソが立っていて、翡翠色の髪をかき上げていた。
いつからいたんだ。
「誠。今、そう考えたのだろう?」
「そりゃ思うだろ。勇者を相手に無双する魔王なんて、僕一人が加わったところで、どうにもできない。それこそ、チートじゃないか。そもそも、お前…五大女神なんて言われるほど強いんだろ? 自分で戦えばいいじゃないか」
セレッソは黙ったままなので、僕は続けた。
「あ、わかったぞ。お前の作戦はこうだ。人間たちをアッシアの兵たちにぶつけ、邪魔がいなくなったところで、タイミングよく現れて、お前が魔王を倒す。つまり、いいところだけ自分が持って行こうってことなんじゃないか? そのとき、人間側をコントロールするために、僕を使うつもりか?」
裏切られた、とまでは行かないが、それに近い気持ちがあった。
だが、同時にそうであって欲しい、という気持ちもある。
だって、三枝木さんの話を聞く限り、魔王はとんでもない力を持っていて、僕はそいつと戦わなければならない、という話なのだから。
責め立てるような僕の言葉に、セレッソは呆れたように溜め息を吐く。
「人間側をコントロールしたいのなら、お前みたいな影響力のない人間を使うわけないだろう」
た、確かに。
では、何が目的なのだろうか。
セレッソは黙り込んでしまうように見えたが、是非もなしと様子で言った。
「今の私には、魔王を止めることは不可能だ。止めるどころか、対峙したら一瞬で殺されるだろう。十年前の戦いですべての力を失ったからな」
驚いたのは僕だけではない。
三枝木さんも言葉を失っているようだった。
「どういう、ことだ?」
「どうもこうもない。今の私は見た目通り、普通の少女と変わらない強さってことさ」
「だったら、アッシアとの決戦は……」
と呟いたのは三枝木さんだ。
三枝木さんはきっと、
セレッソに再会して、希望を取り戻したような気持ちだったのかもしれない。
だが、その希望は幻でしかなかった。その絶望はどれほどのものか。
「安心しろ、宗次」
しかし、セレッソは不敵とも言える挑発的な笑みを見せて言うのだった。
「そのための誠だ。こいつが必ず魔王を倒す」
次回、いよいよハナちゃんとリベンジマッチです。
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