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◆英雄の影①

アリーサが、セルゲイ・アルバロノドフに出会ったのは、二十年前のアニアルーク。彼女は十にも満たない歳で、アッシアの兵士が彼女の町を襲った日のことだった。


両親、弟たちの命が一瞬で消え、ほんのわずかな差で生き残ったアリーサ。ただ、命を長らえたといっても、すぐに家族たちのもとへ行くだろう、と彼女は分かっていた。


実際、すぐにアッシア兵に追い詰められ、彼女の前でアッシア兵が剣を振り上げる。目を見開き、今度こそ終わるのだと諦めた、そのときだった。彼女の視界が赤い血で染まる。それは、自分のものではなく、目の前のアッシア兵のものだった。


「大丈夫か?」


そう言って、自分を持ち上げる巨躯。彼こそが、アリーサの命を救った巨槍の使い手であり、アルバロノドフその人だった。


「やがてアッシアの強化兵がくる。ここも離れるべきだ。両親はどこだ?」


アルバロノドフに聞かれ、アリーサはただ彼にしがみついた。家族は既にいない。もし、ここで彼から離れてしまったら、自分は生きていけない、と子供ながらに察していたのだ。


「セルゲイ、強化兵がくる! すぐに後退だ!」


「思ったよりも早いな。よし、全体に後退命令を出しておけ」


仲間に指示を出したアルバロノドフは、しがみつくアリーサを引きはがそうとしたが、すぐに眉をひそめた。想像以上の力に驚いたのか、もしくはアリーサの必死な気持ちが伝わったのかもしれない。


「勇ましいな。ならば、一緒に行くか?」


アリーサはその笑顔に希望を感じた。

この男なら、安全な場所に連れて行ってくれるのかもしれない、と。


頷くと、アルバロノドフが走り出す。しがみつく子供のことなど考慮した様子はなく、まるで獣の突進のようだった。アリーサは上下左右に揺さぶられ、何度も手を離しかけたが、それでも必死にしがみついた。


「降りても大丈夫だぞ」


どれだけ走ったのだろうか。

気付けば車移動である。


肩から降り、アリーサはアルバロノドフを見上げると、彼は微笑みを見せた。


「よく離れなかった。お前は優秀な兵士になるかもな」


そういって、アルバロノドフに頭を撫でられると、生き延びたことを実感して、涙が流れ始めた。


それから、安全な町を見つけるまで、という条件で、アリーサはアルバロノドフたちと共に行動することになった。




アリーサは、雑用を手伝い、必死に部隊の中で自分の居場所を作ろうとした。見知らぬ大人たちの中で生活することは、居心地のいいものではなかったが、彼らに見捨てられたら生きていけないという気持ちから、アリーサは必死に働くのだった。


だが、アリーサはこの生活を嫌っているわけではなかった。なぜなら、部隊は行くところ行くところで、多くの人を救ったからだ。


「本当にありがとうございます。皆さんのおかげです!」


笑顔だったり、涙だったり、彼らに助けられた誰もが激しい感情を露わにして、アルバロノドフに感謝する。それは、自分も誰かの助けになっている気持ちになれたし、何よりもアルバロノドフが称えられている姿が嬉しかった。


自分も国の人たちを助ける兵士になりたい。そして、いつかアルバロノドフと肩を並べるくらい、彼に認められる人間になりたい、とアリーサは思い始めていた。




アリーサが見る限り、アルバロノドフが戦場に出るたび、彼らは勝って帰ってきた。だから、 アニアルークという国が優勢に立っていると思ったが、そうではなかった、と気付く。


ある日、雑用中のアリーサの耳に、アルバロノドフが仲間たちに説明している声が入ってきた。


「このままだと、首都が陥落する。せめて、大統領は救出しなければ」


「しかし、セルゲイ……我々も疲弊している。ここは他の部隊に任せて、我々は支援に回るべきじゃないか?」


「ダメだ。私たちが行く。誰よりも早く、助けなければならない」


それから、アルバロノドフと他の兵士たちの言い争いが続いた。多くはアルバロノドフに反対しているが、それは珍しいことだ。いつもなら、兵士たちは全員、アルバロノドフの判断に従う。それなのに、簡単には意見がまとまらなかった。




結果は、アルバロノドフが意見を押し通す形になった。


「ねぇ、セルゲイ様はどうして大統領を助けたいの? 凄く危険なことなんでしょ?」


アリーサは自分の世話をしてくれるワジムに聞いてみた。ワジムならアルバロノドフの近くで働いているから、その気持ちを理解しているのかもしれない、と判断したのだ。彼は答える。


「セルゲイは愛国心が強いならな。アニアルークの象徴と言える首都が陥落するなんて、許せないんだろ」


他の兵士たちにも、同じことを聞いたが、誰もが似たような答えを返す。アリーサは、アルバロノドフの志に、さらに強い敬意を抱いたが、妙な違和感も拭えなかった。




部隊の人々が首都から戻った日、アリーサは誰よりも早く、アルバロノドフの無事を確認しようと迎えに出た。アルバロノドフは血にまみれていたが、なぜか穏やかな顔を見せている。


「セルゲイ様は、大統領を助けられたの?」


近くにいる兵士に聞いてみると、彼は首を横に振った。


「俺たちが駆け付けたころには、首都は陥落寸前だった。何とか切り込んでやろうと思ったが……間に合わなかった」


だとしたら、なぜアルバロノドフはあれだけ穏やかな顔なのか。アリーサは、その疑問の答えをすぐに得た。


「ただ、大統領の娘さんは何とか救出できたけどな。ほら、あの方だ」


兵士が示した方を見ると、美しい黒髪を揺らしながら、アルバロノドフの後ろを追う女性の姿が目に入った。


そして、彼女とアリーサの視線が交差する。


アリーサはその姿から目を離せなかったが、大統領の娘は彼女の存在なんて目にしなかったかのように、アルバロノドフの背に視線を戻した。


「待ってください、セルゲイ。怪我をしているのでは?」


「エレナ様、私に怪我はありません。それより、五時間後には移動ですから、今は少しでも休んでください」


「貴方はそうやって自分のことを無下にして……。いつか酷い目にあってしまいますよ」


「そんな日がやってきても、貴方だけはお守りします」


微笑みを交わす二人を見て、アリーサは分かった。この時点では誰も気付いていないようだが、アルバロノドフは大統領の娘……


エレナに特別な感情を抱いている。だから、無理やり首都へ向かったのだ。


後で聞いたところによると、大統領を救出するために、多くの仲間が命を落としたらしい。アリーサは強い不信感があったが、その後も戦うアルバロノドフの背を見て、彼に対する敬意を失うことはなかった。


なぜなら、彼女は胸に抱く不信感が、少しずつ大きなものになるとは、思いもしなかったのだから。

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