【一緒に暮らさない?】
次の日、目が覚めると、アリサさんがいなかった。
部屋を出ていいのか分からず、一人おどおどしていると、アリサさんが帰ってきた。
「おはよー」
目の下には酷いクマが。明らかに寝ていない顔だ。
「どうしたんですか?」
「やっぱり、セルゲイのお面を直しておかないとって思って……徹夜しちゃった」
「えええ??」
「でも、ダメだった。何とかくっ付けたけど、あれじゃあ、すぐに割れちゃうだろうね」
アリサさんはベッドに倒れ込む。
「マコトー。お昼まで一緒に寝ようよ。ほら、入って」
「い、いや……」
「なんで? 昨日の夜は一緒に寝たじゃん!」
「あ、あれは!」
凄く眠かったから、仕方なしにって言うか! でも指一本触れてないぞ!
って、僕は誰に言い訳しているんだ?
あ、ガジだ。
ガジに詰められたら、そう言うんだ。
「いいから、こっちきて!」
思ったより力が強い!
僕は成す術なく、ベッドに引き込まれ、アリサさんに抱き枕のように扱われた。
「……マコト。一緒にアッシアで暮さない?」
「な、なんですか急に」
「私、マコトみたいな優しい人と暮らしたい。優しくて、甘やかしてくれる人」
「でも、僕は……」
「気になっている女がいるからダメ?」
「そ、そうじゃなくて! いや、それもそうなんだけど……僕は、まだ女の人を守れるほど、強くないから」
脳裏に過ったのは、膝を付くフィオナの姿だった。あのとき、フィオナは死を覚悟していた。敗北を受け入れいていた。
偶然、皇が間に合ったから助かったけれど、もしフィオナが死んでいたら……僕のせいなんだ。
「あ、セルゲイに言われたこと、気にしているの?」
「うっ……。っていうか、アリサさんにも言われましたけどね。弱いって」
「そうだったそうだった」
アリサさんは笑う。だが、甘えるような声で言った。
「だけど、マコトは弱くなんかない。優しくて強いよ。短い間でも一緒にいたら、それが分かる。……そんな人、マコトだけなんだろうね」
「そんなことないですよ。優しくて強いやつは、僕のほかにも、たくさんいます」
「そうかなぁ……」
アリサさんが小さく寝息を立て始めた。よほど疲れていたのだろう。広々とベッドを使って眠ってもらおう、と僕は音を立てないように、抜け出した。ただ、やることもないので、椅子に座って彼女の寝顔を眺めていた。
顔色が悪い。彼女は沼から抜け出せず、もがいているように見えた。何とか助けてあげたい。敵の僕がそう思うのは、間違いだろうか。
ドンドンドンッ、と強い力でドアが叩かれた。アリサさんは一時間も眠っていないのに、目を覚ましてしまう。そして、ドアの向こうから声が。
「アリーサ! アリーサ!」
アルバロノドフの声だ。
「訓練の時間だ。何をしている!」
アリサさんは目をこすりながら、ベッドを降りて、ドアの真ん前で叫んだ。
「あんたのお面を直したせいで、寝不足なの! 訓練なんて休ませてよ!」
「副将のお前が休んだら、示しがつないだろう。今すぐ部屋を出ろ。ドアを破ってもいいんだぞ」
僕はアリサさんの肩を叩く。
「ぼ、僕が話します」
「……いいよ。マコトが殴られる必要、ないんだから」
「殴られたりはしません。避けますから」
「無理しないでいいって」
アリサさんは疲れた笑顔を見せた後、ドアを開けた。アルバロノドフの怒りをため込んだ顔が現れ、一瞬だけ僕を見る。
が、見慣れないオブジェがあった、という程度で、存在を無視されてしまった。
「早くしろ。お前のせいで貴重な時間が無駄になっている」
「あと五分で行くから、もうドア叩いたり、怒鳴ったりしないで」
「……三分でこい」
アリサさんは無言でドアを閉めると、服を着替え始めた。
急に服を脱ぐなよ!と後ろを向いたが、そんな僕の背中に、彼女は何事もなかったかのように声をかけてきた。
「マコトも一緒に行くよね? 訓練って言っても、ただ見ているだけでいいし。一緒に行こう」
「い、行きます!」
やる気のあるような返事になったが、そういうつもりではない。ただ、アリサさんを一人で行かせるわけにはいかない、と感じたのだ。そんな僕の気持ちを知ってか、アリサさんは笑顔を見せた。
「じゃあ、行こうか」
アッシアの……いや、アニアルークの兵士たちが訓練する姿を、少し離れたところで眺める。柔軟に始まり、筋トレ、近接戦の練習と続いた。
スポーティな恰好に着替えたアリサさんは、途中まではあくびしながら眺めているだけだったが、近接戦の練習になると、立ち上がって声を出した。
「違う! 違うよ! こうね。ちょっと角度が違うの。こう! 分かる?」
そんな感じで、目に映ったものから、どんどん指導する。アリサさんが離れてしまうと、他の兵士たちが、代わる代わる僕に話しかけてきた。
「よう、マコト。眠れたか?」
「マコト、俺と一緒に組み手やるか?」
「オクト伝統のジュウドー教えてくれよ! カラーテでもいいぞ!」
などなど。
なんだか、クラムのみんなと親しくなり始めたころを思い出す。本当に、この船の人たちも良い人ばかりなんだよなぁ。
「おい、何をのんきな顔をしている、オクト人」
あ、一人を除けばいい人ばかりなんだった。そう、このガジを除けば……。
「昨夜、アリーサ様と何をしていた。答えろ、オクト人」
「甲板で星を見ていただけです」
一緒に寝た、と言ったらガジはどんな反応をするだろうか。絶対に言わないでおこう。皮肉だけ言って立ち去ると思ったが、ガジはなぜか僕の隣に腰を下ろす。
そして、何か言いたげに、こちらを何度もチラチラ見てくるのだった。
「なんだよ、言いたいことでもあるのか?」
少し僕も苛立った感じの声を出してしまったので、やつを刺激してしまったのでは、と思ったが、ガジはどこか怯えた様子で僕に聞いてくるのだった。
「さっき……アリーサ様は殴られていなかったか?」
どうやら、アルバロノドフが部屋の前まで押しかけてきたときのことを言っているらしい。
「殴られてはいないよ。怒鳴られはしたけど」
「……そうか」
ガジはそこから黙り込んでしまう。まだ立ち去る様子がないので、僕も聞いてみることにした。
「なぁ」
「なんだ?」
「そんなに好きなら、お前がアリサさんを守ってやればいいじゃないか」
すると、ガジは僕を睨みつけた後、大きく溜め息を吐き、離れたところで指導に励むアリサさんを眺めた。
「俺は……あの人を守れるほど、強くない」
「……そうか」
僕たちは似た者同士かもな。そう思ったが、口にはしないことにした。
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