【それなら本気出す】
十分後、僕とハナちゃんは本屋から少し離れた公園にいた。
「ほら、これでも飲めよ。何か顔色悪いぞ」
ハナちゃんは近くの自販機で買った水を、ベンチに座る僕へ渡してくれた。
「あ、あ、あり、ありがとう、ございます」
挙動不審な僕を見て、首を傾げるハナちゃん。
彼女は、学校から帰るところだったのか制服姿で、ポスターに映っていたときとは、また違った女の子らしさを見せていた。
前回会ったときは、
髪の毛を縛ってお団子頭の印象が強かったが、今は髪を降ろしていて、女性らしさが増していた。
そんな彼女を、午後の爽やかな光が照らし、真っ赤な髪が風になびく姿は、神々しさすら感じる。
おいおいおい。
超ハイレベルな女子高生が、僕に話しかけているぞ。
と意識してしまうと動揺してしまうのだが、
そんな僕の気持ちもを知ることなく、ハナちゃんは僕と並ぶようにベンチへ腰を下ろした。
数秒の沈黙の後、
ハナちゃんが「お前さ」と口を開いた。
「は、はい」
「格闘戦の素人だって、本当か? 練習したことないって言ってたけど、嘘だよな?」
「あ、いえ。本当に、運動が苦手だったもので。最近、少しだけ体の動かし方を覚えたと言うか」
「……苦手だった?」
ハナちゃんの目付きが鋭くなった。
「じゃあ、何で私のパンチが避けられた? おかしいだろ」
「そ、それは何となく見えただけで」
「何となくだと? それは私のパンチがゆっくりだった、って言いたいのか? あれで何人ぶっ倒したと思ってんだ」
再び胸倉を掴む勢いで、
ハナちゃんが顔を近付けてきた。それはもう、額と額がくっつきそうなほど近い。
思わず顔が赤くなり、不自然に目を逸らすと、彼女も近いと感じたのか、離れてくれた。
「とにかく、早くこの前の続きをやるぞ。インターバルって言っても、いい加減長すぎるだろ」
ハナちゃんは拳で手の平を叩き、今にも再戦を始める意欲を見せるが、その横で僕は溜め息交じりに言ってしまう。
「続き、かぁ……」
「……なんだよ、そのやる気はありませんって感じは。私が誰だか分かっているのか? 暫定勇者だぞ。対戦したくても、できないやつが殆どなんだからな」
「ですよね。だから、僕なんてその資格はないんだろうな、って思うんですよ」
そう言いつつも、
セレッソの顔を思い浮かべると、罪悪感で心が重い。
「ふざけるな。あんな終わり方、私の気が済まないんだよ。練習の時間が欲しいなら、少しだけ待ってやるから、絶対にやるぞ。あんな大口叩いたんだから、次はちゃんと負かしてやる」
「いや、僕の負けでいいです。完全に負けました。絶対的に負けました」
「だから、それじゃあ、私の気が済まないんだって!」
ハナちゃんは握った拳を僕の頭にぐりぐりと押し付けてくる。
痛いけど、
なぜか悪い気はしなかった。
かなり痛いけど。
「お前だって悔しいだろ、あれで終わったら。私だけじゃなくて、うちのクラムの皆から、漏らして逃げ出した雑魚だって、一生思われるんだぞ」
「それで良いですよ。実際、僕なんて雑魚ですから」
「だ、か、ら!」
我慢の限界に達したのか、
再び僕の胸倉を掴んで揺さぶるハナちゃん。
揺らされる度に、顔が急接近して、僕の顔は真っ赤になっていた。
「ちょ、や、やめ!」
顔色の変化に気付いたのか、ハナちゃんが手を止める。
「なんだよ、そんなに強くやってねぇだろ」
「いや、そう言う問題じゃなくて」
「じゃあ、どういう問題なんだ?」
手は止めてくれたものの、
胸倉を掴んだまま離してくれないため、ハナちゃんの顔面は近いままだった。
その状態で無邪気な感じで問いかけられてしまうと、僕は黙り込むしかなかった。と言うか、言葉が出なかった。
「あ、分かった」
ハナちゃんが明らかに意地悪そうな笑みを見せた。
そして、今までにないくらい顔を近付けたかと思うと、耳元で囁く。
「お前、女に免疫ないだろ」
「そそそ、そんなこと、そんなことないし」
少しだけ顔を離して、ハナちゃんは僕の表情を窺う。
「無理すんなよ。あ、そう言えば、さっきも本屋の前で私のポスター見て鼻を伸ばしてたもんな。なんだ、私みたいなのがタイプか?」
「ちょ、ちが!」
反射的に否定しそうになったが、それはそれで違うような気がして、言葉に詰まる。
「そ、その…そういう意味じゃなくて、なんていうか、僕には高嶺の花過ぎて、タイプとかいうのも、おこがましいと言うか!」
「……へぇ」
ハナちゃんは今度こそ手を離して、僕を解放した後、ベンチから立ち上がり、何秒か腕を組んで黙り込んだ。
「そうだ、こういうのはどうだ?」
と言って、こちらに振り向く。
「私に勝ったら、お前と一日デートしてやる。これなら、お前みたいな雑魚は、必死になっちまうだろ?」
……デート?
なんだそれは?
それってファンタジーの中だけに出てくるワードだろ?
いや、そもそもここは異世界。
ファンタジーか。
だったら、僕にもそういうチャンスが巡ってくる可能性もあるってわけか。いや、しかし……。
「デートって言っても、どうせ嫌々な感じなんでしょ? 面倒くさそうにされたり、悪態付かれたり。そんなの、やる前から想像できるのに、モチベーション上がるわけないじゃないですか」
どういう意味か、ハナちゃんは少しだけ眉間にしわを寄せた。
「雑魚のくせに僻み根性だけは一流だな。ちゃんとするよ! ちゃんと楽しそうに……じゃなくて、心から楽しんでデートするから!」
「信じられないなぁ」
「じゃあ、なんだよ。何してほしいんだよ」
なんだかハナちゃんはムキになっていた。
傍からな見れば、ハナちゃんの方が僕に惚れて必死になっているように思えなくもない、ような気がするシチュエーションだ。
申し訳ない気はするが、モチベーションが上がらないのは仕方がない。
「おい、興味ねぇみたいな顔するな。ふざけんなよ、私は暫定勇者でモデルもやってて、十代女子のカリスマでもあるだ。そんな女とデートなんて、お前みたいな雑魚には一生チャンスないんだからな」
「そうそう、そういうことなんですよ。一時の夢を見せられてもね、何か虚しいって言うか」
「お、お前ってやつは……」
手応えのない僕に、流石のハナちゃんも言葉を失ったらしい。
再び腕を組みつつ俯き加減で何やら考え出したが、数秒で次の案が浮かんだのか、顔を上げた。
しかし、その顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「よし、わかった」
ハナちゃんは言って、僕の胸倉を掴んだ。
「私に勝てたら、一日中デートしてやる」
「だから、それだけじゃ……」
「それに加えて、だ」
ためらっているのか、
むにゃむにゃと口籠るハナちゃんだったが、やがて勢いに任せたように、その決意を口にした。
「デートの最後、私のファーストキスをくれてやる。これなら、一時の夢じゃない。一生記憶に残る夢になる。どうだ?」
十分後。
クラムに戻った僕を見て、セレッソだけでなく、三枝木さんも目を丸くしていた。そんな二人に僕は言う。
「さぁ、三枝木さん。練習の続きをお願いします!」
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