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【カザモ基地防衛線】

全身を白い鎧に包まれた男が一人、港に降り立つ。他の兵士たちに比べると、その体は一回りも二回りも大きく見えた。そして、その肩に巨大な槍を担いでいる。


そんな彼の後ろから、一人の女性が現れた。彼の部下だろうか。やたらと美人な金髪の女性だ。そして、その女性が白い鎧の男の横に膝を付き、何かを手渡す。たぶん、拡声器だ。


「オクトの兵士諸君、私はセルゲイ・アルバロノドフ」


その声は、司令室のマイクも拾っているのか、明確に聞こえてきた。


「私は無駄な死人を出すことは良しとしない。敵国であるオクトの兵士であっても、できれば殺めたくないのだ。しかし、私も軍人。この地に立った以上、その役目を果たす必要がある。そこで、諸君らに降伏を求める。それが最も血を流さずに済む、唯一の方法だ」


セルゲイの言葉に、司令室は静まり返る。が、フィオナが前に出た。


「マイクを。彼と話がしたい」


渡されたマイクに向かってフィオナは声をかける。


「私は、フィオナ。フィオナ・サン・オクト。この国の王女であり、この戦いにおける司令官です」


セルゲイが司令室の方を見た。いや、彼を映しているカメラを見たのかもしれない。フィオナは続ける。


「我々はアッシアに屈することはない。これまで、魔王が行ってきた残虐な行為を、私は許しはしません。そして、今こそ魔王の恐怖から世界を解き放つときだと決断しました。アニアルークの英雄、セルゲイ・アルバロノドフ。貴方こそ、私に降伏しなさい。そうすれば、魔王を討ち、貴方の祖国を取り戻す機会を与えましょう」


セルゲイはフィオナの言葉に、数秒間、沈黙を続けた。が、ゆっくりとマイクを口元に近づける。


「我が祖国はアッシアである。アニアルークという地は、今は魔王様のもの。魔王様の所有物であるということは、安全を保障された土地であるということ。ゆえに私が魔王様を討つ理由などない」


「本気で言っているのですか? 同胞の命と自由を危険に晒し続けている自覚はないのか?」


「もう一度言う。魔王様の庇護にあるということは、安全が保障されているということだ」


「心の底から、同じ言葉を繰り返せますか? 天に誓って嘘偽りはないと、同じ言葉を繰り返すのであれば、私と貴方は相容れることはないと判断します」


「結構。既に私の中で結論は出た。私の提案をのまなかったことを後悔するころには、この地は火の海に沈んでいるだろう」


セルゲイがマイクを手放すと、槍を構えてから腰を落とした。そして、彼は飛んだ。いや、文字通り飛んだ……ように見えたが、凄まじい跳躍力によるものだったらしい。


セルゲイは港から、オクトの戦士とアッシア兵がぶつかり合う中心に、飛び込んだのだ。その距離、三十メートルはあったのではないか。それを見たフィオナが指示を出す。


「セルゲイ・アルバロノドフ。どうやら、強化を受けているようですね。全員に警戒を促すように」


あれが……噂に聞いていた強化兵、ってやつか!


とんでもないジャンプ力だったけど、

ブレイブアーマーを着ても、あれだけ飛ぶことは不可能なんじゃないか?


だとしたら、思っていた以上にとんでもない敵ってことだぞ……。


という僕の不安はその通りだった。

セルゲイが槍を振り回すと、一度で何人ものオクトの戦士が吹き飛ぶ。直撃した人は、首や胴が千切れていた。なんていうか、別次元だ。切れ味抜群の大鎌で草刈りでもしているように、セルゲイはどんどんオクトの戦士たちを斬り捨てていく。


「港に向かった勇者たちは? 彼らにアルバロノドフを止めさせなさい!」


「それが……勇者たちは別の強化兵と戦闘中です。道を阻まれ、アルバロノドフまで到達できません!」


「誰でもいい。アルバロノドフのところへ向かわせなさい!」


アルバロノドフは勢いは止まらず、オクトの戦士たちは次々に倒れていく。


「遠距離魔法攻撃をアルバロノドフに集中! 少しでも足を止めろ!」


今度は馬部さんが指示を出した。


すると、この司令室の真下当たりから、火の玉やら氷の槍やらが飛び出す。どういう仕組みなのかは分からないが、それは正確にアルバロノドフを狙っていた。


あれなら、ひとたまりもないだろう……


と思ったが、アルバロノドフは体に似合わない素早い動きを見せて避けるだけでなく、ときには槍で魔法攻撃を叩き潰した。火の玉だろうが氷の槍だろうが、どんな魔法に攻撃されたとしても、アルバロノドフにとってはじゃれてきた子犬をいなす程度のことみたいだ。


一分近く続いた魔法攻撃が止まる。


「遠距離魔法攻撃隊、魔力切れです」


と、オペレーターさんの報告。

アルバロノドフは魔法攻撃の名残といえる煙の中に、悠然と立ったまま。どうやら、直撃らしい直撃は、一度もなかったらしい。


「勇者はまだですか?」


そんな、フィオナの期待に応えた勇者が一人、アルバロノドフの前に立ちはだかった。司令室も「おおお」という期待の声が漏れる。


オレンジ色のブレイブアーマーをまとった勇者は、慎重に間合いを図りながらアルバロノドフへ接近する。それに対し、アルバロノドフは微動だにしない。ただ、勇者の動きを目で追うだけだ。勇者はフェイントを交えながら、一気に間合いを詰めようとした。


が、アルバロノドフは巨大な槍による一振りで迎え撃つ。それは、見事としか言いようのない、完璧なタイミングだった。そのため、勇者は槍の一振りに反応できず、自らの身体で受け止めることに。そして、さらに驚くべきことに、その一撃は勇者の体を嘘みたいに吹き飛ばす。まるで、大型トラックに衝突を想像されるような、凄まじい一撃だ。


それでも、勇者はブレイブアーマーの守りによって致命傷は避けたらしく、立ち上がろうとしていた。


「ブレイブモードを使いなさい! 早く!」


フィオナの声が虚しく響く。立ち上がり、次のアクションに移ろうとする勇者だったが、槍の一突きが彼を完全に捉えていた。


「嘘だろ。強すぎるじゃないか……」


僕も思わず呟いた。

だって、僕は勇者になった人間が、どれだけ努力したのか知っている。さらに言えば、ブレイブアーマーがどれだけ強力なのか、知っている。それなのに、アルバロノドフはブレイブアーマーを装着した勇者を簡単に倒してしまった。もうこれは、桁違いじゃないか。


槍が引き抜かれ、勇者の体が崩れる。そして、血だまりが広がっていった。


「死んじゃったの……?」


そりゃ、そうだよな……。

さっきから、バタバタと人は倒れている。死んでいる。だけど、勇者という自分と同じ立場の人間が倒れる姿を見て、実感と同時に僕の中で何かが沈み込むような感覚があった。


もし、自分があいつと戦っていたら。もし、ハナちゃんがあいつと戦っていたら。それを考えると、背筋が凍り付いてしまいそうだ。


それからも、アルバロノドフの猛攻は続いた。勇者がやつの前に立つこともなく、次第に港はアッシア兵の姿ばかりが目立つようだった。


そして、フィオナが決断を下す。


「港から撤退。戦士たちはカザモ基地の塀より内側まで退きなさい」


オクトの戦士たちは、次々に港から離れていく。しかし、アルバロノドフたちはそれを追うことはなかった。再び、アルバロノドフが拡声器を使って、こちらに呼びかけた。


「王女フィオナ、これが我々の力だ。このまま、カザモ基地を落とすことは、造作もないことだが、私はあえてそれをしない。なぜなら、余計な血が流れることを良しとしないからだ。ゆえに、もう一度降伏を求める。返答まで十分だけ時間をやろう」


そう言い残し、アルバロノドフは船に戻っていく。フィオナは表情を変えなかったが、その瞳には敗北に対する悔しい気持ちが溢れるようだった。

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