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◆鳥が飛ぶ空②

きっかけは、ブライアの父が死んだことだった。事故死、ということになっているが、城内では暗殺だろう、と噂になっていた。


その事件の後、ブライアは口数は減ってしまったが、周りからは大きなショックを受けているようには見えなかった。しかし、リリとメメの二人しかいない場所で、彼は心の内を吐露することがあった。


「叔父上の周りのものが犯人に違いない。父上が死ねば、自分たちが国王の側近になる。甘い蜜を吸うために国王を殺すとは。……いや、叔父上本人が犯人ってことも考えられるな」


さらに、ブライアの妹がこの世を去る。


これも事故として処理されたが、暗殺であることは間違いなかった。


その日の深夜、ブライアはリリとメメの部屋へやってくる。二人はブライアを慰めるが、彼の震えは止まらなかった。


「あいつら、あいつら……よくも妹を。お前たちにもフィオナがいるだろう。あいつが死んだら、お前たちはどう思うか、想像もできないのか!」


そして、リリの膝に顔をうずめながら、ブライアは嘆いた。


「お前たちは僕を裏切らないよね? だって家族だもの。僕のことを愛しているでしょ?」


リリはブライアの頭を撫でながら思った。


どうして、ブライアが酷い目に合うのか。この方は優しいのに。世界が彼を傷付けるのなら、自分たちが守らなければ。どんな危険を前にしても、絶対に守らなければ。




少し経ってから、ブライアの居住はオクト城から移ることになる。戦場からほとんど離れていない、イロモアの地だ。


「次は僕か。元から継承権を持たない僕まで殺すとは……復讐を怖れたのかな」


ブライアが呟いた意味を、リリもメメも理解している。戦場の長期視察として、この地に送り込まれたブライアだが、実際はこの地で勝手に死んでくれ、という意味だ。


「メメ、リリ……一緒に来てくれ。僕はお前たちがいないと、生きていけない!」


そう言われて、二人は即決した。

いや、もとからそのつもりだった。


「もちろん、ご一緒します。私たちはブライア様のものですから」


だが、イロモアの日々は地獄だった。

イロモアの館に住み始めて一週間もすると、アッシア兵の格好をした暗殺者がやってきた。


リリとメメ、ブライアは命からがら館を脱出するが、他の使用人は全員殺され、誰の助けもなくイロモアの森をさ迷うことになる。


三人の体力が尽きた頃、それを待ち受けていたかのように、暗殺者が行く手を阻んだ。


「メメ、リリ……あいつらを何とかしてくれ!」


半ば錯乱状態のブライア。

リリはブライアを助けなければ、と思うが、武装した男たちを姉と二人で排除することは、不可能だ。それを分かっているはずなのに、ブライアは二人に訴えた。


「なぜ僕を助けない? 僕はお前たちを助けただろ! 死にぞこないだったお前たちを! 今がその恩を返すチャンスじゃないか。命懸けで僕を助けろよ!」


ブライアの言う通りだった。あの地獄から救ってくれた、優しい少年。その彼が今、地獄に落ちようとしている。だったら、彼によって長らえたこの命を使って、恩を返すべきだ。


しかし、三人は逃げることで精一杯だった。すぐに追い詰められ、リリとメメはブライアの盾になるため、彼の体を抱きしめる。


「嫌だ、死にたくない。死にたくない!」


震えながら叫ぶブライアをリリは強く抱きしめた。


神様、私の命を奪っても、どうかこの人だけは助けてください。私の命はこの人のもの。だから……。


その願いが届いたのか、追い詰められた三人はいつになっても、死ぬことはなかった。何があったのか、と顔を上げてみると、数名いたはずの暗殺者たちが、ただの肉塊になっている。


「お待ちしていました、ブライア様」


赤い肉塊にまみれた地の上で、薄い笑みを浮かべる女が一人。


「私はナターシャ。貴方を助けに来ました」


「何者だ? オクトのものか? 助けに来たのか!?」


「いいえ。オクトに貴方を助けるものは誰一人いません。だって、この暗殺者たちも、貴方のお姉様が仕向けたのですから」


「バカな……」


「証拠をお見せしましょう」


ナターシャと名乗る女は、暗殺者の肉塊に手を突っ込むと、何かを取り出し、それをブライアに見せた。リリには小さなバッジにしか見えなかったが、ブライアは顔を青く染める。


「この紋章は姉上の……!」


「貴方のお姉様は、自分の命欲しさに貴方を差し出したのです。ただ、本人も既に命を落としていますが」


ブライアはしばらく黙っていたが、それを事実として飲み込んだらしかった。


「ナターシャと言ったな。お前は何者だ?」


「私は、オクトの敵。アッシアの敵。アキレムの敵。つまり、この世界を歪める悪、すべての敵です」




それから、三人はナターシャに保護された。それは、数年に及んだが、その間、リリとメメは暗殺者としての技術を叩き込まれた。


「私はこの世界の歪みを知ってしまった」


ナターシャに保護されてから、一年経った頃から、ブライアはこんなことを言った。


「世界は我々の刃によって正さなければならない。まずはオクトから正してやる。メメ、リリ……手伝ってくれるね?」


「もちろんです、ブライア様」


三人はオクトに戻る。国王は行方不明だった甥が戻ったと歓迎し、ブライアも泣いて喜ぶ姿を見せた。帰ったブライアと特に親しくなったのは、従姉妹であるフィオナだ。


彼女は最初からブライアに懐いたわけではない。が、ブライアはフィオナの仕事を手伝うことで、時間をかけて懐柔して行ったのだ。


二人は仲の良い兄と妹のように見えた。フィオナに関しては、ブライアを憧れの男として認識している。ただ、ブライアの本心は常にまったく別のところにあった。


「メメ、リリ。フィオナを使ったら、僕たち家族の暗殺を企てた派閥が分かったよ。こいつらのような邪悪がオクト城の中にあってはならない。一人ずつ始末しようじゃないか」


リリとメメは、ブライアの敵となる派閥を一人ずつ排除した。成功する度に、ブライアは二人に向かって言う。


「メメ、リリ……いつもありがとう。お前たちだけが私にとって唯一の家族だ。お前たちだけが信じられる唯一の存在。唯一の安らげる場所なんだ」


ブライアが見せる笑顔。

この瞬間だけは、あのときの優しい少年が見せたものと同じだった。




敵の派閥が一人、オクト城から逃げ出した。もちろん、ブライアは彼を逃がすことなく、リリとメメを差し向ける。敵が逃げ込んだ先は、どういう因果か、リリとメメの故郷であるエチカの地だった。


敵は最後、自分の館に火を放って自害した。燃える館を見つめるリリは、足元に落ちた何かに気付く。目をやると、


そこには逃げ遅れたのであろう鳥の死骸が。


あのとき、土に埋めてやったミミとそっくりな、一羽の鳥。それを見たリリの背筋に冷たい何かが這っていった。


私は何のために人を殺めるのか?


世界に火を放つためだろうか?


美しい鳥の命を奪うため?


そんなリリの疑問など知る由もなく、ブライアは言うのだった。


「叔父上。私の戦いは終わっていない。これからだ。オクトだけでない。世界の歪みを正さなければ、私が抱いた絶望は消えないのですよ。そうだ、反撃の狼煙はフィオナの命にしよう。あの女の屍を火にくべて、美しい狼煙をあげようじゃないか」


この人は、まだ殺すつもりだ。世界に火を放つつもりだ。鳥たちの命を奪うつもりだ。もうこれ以上は……。


しかし、ブライアはリリにあの笑顔を見せる。


「いつもありがとう。お前たちだけが私にとって唯一の家族だ。お前たちだけが信じられる唯一の存在。唯一の安らげる場所なんだ」

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