【出発直前】
「誠、こっちだ。こっち!」
フィオナの部屋から放り出され、途方に暮れる僕だったが、セレッソがどこからともなく現れた。
「事情は聞いている。取り敢えず、明日の朝まで私の部屋で待機しておけ」
「お前の部屋? そんなものあるのか?」
「何度も言うが、私はこの国の守護女神だぞ。フィオナが生活する離宮の一部屋を自由に使わせてもらっている」
オクト城から離れた場所に、その屋敷はあった。たくさんの護衛に囲われているが、セレッソを見ると軽く頭を下げるだけで通してくれた。
フィオナの部下にとって、セレッソは顔パスの対象ってことらしい。とんでもない信頼関係なんだろう。
二階の一室に入ると、セレッソが説明してくれた。
「さっき、フィオナからお前を保護するよう、連絡があった」
「事情は聞いているって、どこまでだよ」
「たぶん、ほとんどだ。ブライアだろ」
衝撃的な事実に少しくらいは動揺するだろうか、と思ったが、セレッソは淡々としている。
「ブライアは、いつかどこかのタイミングで排除するしかないだろう。今は証拠がないから我慢するしかない」
「それは、フィオナが決めた方針か?」
「……」
セレッソは無言で、フィオナの心情を語った。やはり、お姫様は僕のことなんか信じてくれないか。
あれだけ怒っていたもんな。
僕はソファに座り、一息吐いた。それを見たセレッソは意外に感じたようだ。
「なんだ、怒らないのか?」
「怒っているよ」
僕の短い返答に、セレッソは目を細める。こいつにしては珍しい、たぶん困っている表情だ。
「……フィオナは昔からブライアにべったりだった。今更、敵だとは信じられないのだろう。分かってやれ」
「分かっているよ」
セレッソは少しだけ目を見開いた。僕は続ける。
「僕だって最近会ったやつから、セレッソに命を狙われているから気を付けろ、なんて言われても信じられるわけがない。僕だって、他人の気持ちくらい、少しは想像できる」
「ほう。では、何に対して怒っている?」
沸き起こる嫌悪感を抑えながら答えた。
「フィオナの命を狙っている、あの野郎に怒っているんだ」
「……なるほど。少し勇者らしくなってきたじゃないか」
勇者らしくなった、か。
でも、それは少し違うと思う。
僕はフィオナを裏切るあいつを許せないだけだ。
僕はこの世界を救う勇者として、この世界に召喚されたが、その意識は低い。実感がない。本当は、もっと全力で何かと戦わなければならないのだろう。だけど、そんなのって分かっていても、できないことじゃないか。
だけど、フィオナは全力だ。頑張っている。
それを裏切れるやつがいるか?
しかも、あれだけ間近で見ていたはずなのに。
「フィオナからお前を休ませるよう言われている。ベッドはお前が使っていいから、今日はもう寝ろ」
「僕は勇者として戦いに参加できるのか? フィオナのことだから、クビにされたかと思ったけど……」
「あいつも魔王と戦うためにはお前が必要だと分かっているからな。いくらお前が信用ならなくても、私情は切り捨て、最善を尽くすだろうさ」
「確かに、そういうやつだよな」
微笑みだけを残して、セレッソは部屋を出て行こうとする。
「おい、お前はどこで寝るんだ?」
引き止めると、セレッソはいつもと変わらぬ表情で言う。
「フィオナと一緒に寝てやる。昔からあいつの気が立っている夜は、添い寝してやっているからな」
な、な、なんだって?
二人はどういう関係なんだ?
一部には大人気のジャンル、百合ってやつか??
「何を変な想像している」
「……し、してない!」
セレッソの薄い笑みを浮かべる。
「それとも、お前と一緒に寝てやろうか? お前も、さぞかし不安だろう」
い、一緒に?
…………マジで?
「冗談だ。興奮するな」
「わ、わかっているよ! 興奮するわけないだろ!」
「じゃあ、今のお前がどんなリアクションを見せたか、綿谷華に話してみよう。あの女がどう判断するだろうな」
「や、やめてください。女神セレッソ様……」
「だったら早く寝ておけ。明日もゆっくり眠れるとは限らないんだからな」
散々ではあるが、五時間くらいは眠れたと思う。話によると、高速鉄道とやらに乗って、二時間ほど移動するらしいので、その間は眠れるかもしれない。
眠気眼を擦りながら、集合場所である城門に行くと、ハナちゃんの姿を見付けた。
「は、ハナちゃん!」
「誠! 探したぞ」
何て言う安心感。
十年も会っていなかったような感覚だ。
しかも、ハナちゃんは白を基調とした、制服のような格好をしていた。というか、周りの勇者たち全員が同じ格好だ。
もしかして、勇者たちの正装みたいなものなのだろうか。
「昨日夜、大丈夫だったのか?」
「散々だったよ。他の人に聞かれたらまずいかもしれないから、後で話すよ」
これから、ウオークオート駅まで徒歩で移動するそうだ。壮行会パレードらしく、沿道には国民が集まり、応援の言葉をかけてくれるのだとか。
「それでは、A列の皆さんから出発してください!」
アナウンスがあり、移動が始まる。少し経つと応援にかけつけた人たちと思われる、声援が聞こえてきた。
僕は列の移動が開始されるまで待っていたが、遠くにフィオナとセレッソを見かける。
フィオナは昨日と違い、軍服に近い正装姿だ。セレッソは僕の視線に気付き、こちらを見た後、隣にいるフィオナに耳打ちをしたが、彼女がこちらを向くことはなかった。
「おや、神崎くん。神崎誠くんだったよね」
別方向から僕の名を呼ぶ声が。それが何者なのか、振り向かずとも分かった。
「昨日は大変だったみたいだね。フィオナを守ってくれたこと、私からも礼を言いたい。このタイミングで会えてよかったよ」
「ブライア、さん……」
背後に二人のメイドを引き連れ、ブライアが僕の方に近付いてきた。そして、うっすらと笑みを見せる。
それは、とても好意的なものではなかった。
挑発的。
もしくは、悪意たっぷりと言うべきか。
これはたぶん、ブライアが暗殺事件の黒幕だ、と僕が主張したと知っているのだろう。
このタイミングで話しかけたりしやがって……どういうつもりだ?
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