【王女様は気まぐれ】
「おい、お姫様! お前のせいでまた恥かいちゃったじゃないか! 出てこい! 早急に謝罪しろ!」
僕はすぐにフィオナの部屋の前へ行って抗議した。扉の前の護衛にいつ追い出されるか、という心配はなくもなかったが、それを超える怒りがあったのだ。
「王族に謝罪を求めるなんて、オクトの歴史でもたぶんお前だけだぞ、誠」
顔を出したのはセレッソだ。
「ブレイブシフト、もらえなかったぞ! 僕のワクワクを返せ、とお姫様に伝えろ」
「本人に言え。ブライアに会ってばかりで上機嫌だから、今なら割と穏やかだぞ」
本当か?と疑いつつ、
室内に入ると、フィオナはソファに座って微笑みを浮かべながらティーカップを口元へ運んでいた。
おいおい、紅茶なんか飲んでいる暇があったら、僕にブレイブシフトを寄こせよ。
「セレッソ。ポンコツ勇者もどきは何だって?」
「今度は何があったんだ、誠」
なぜかセレッソを通して質問される。僕が目の前にいるんだから、僕に聞けよ。
っていうか、
ポンコツ勇者もどきってなんだ。
「任命式には出れたけど、重要な勇者の証がもらえなかったぞ。ブレイブシフト」
「だ、そうだ」
「そんなの当たり前でしょ、勇者の名簿に入ってなかったんだから」
「それを何とかするのがお前の仕事じゃないのか!」
「セレッソ、大変。国民にお前呼ばわりされているわ」
「だから、誠は国民ではないと言っただろ。それより、こいつにブレイブシフトを用意してやれ。いや、それ以前に人間として対話してやってくれ」
「えー、会話したら魂のレベルが一つ落ちる気がする」
なんだ、このクソ女は……。
「諦めろ。オクトを救いたいだろ?」
「他の方法ないの? 無理でしょ、この頼りない男では」
このクソ女二人組!
何をどうすれば、これだけ性格の悪い女二人が出会ってタッグを組むことになるんだよ!
「はぁー」
溜め息を吐くとフィオナが立ち上がり、ティーカップを置いた。
「セレッソが言うから、仕方ないわね。特別に会話してあげる。で、用はなんだったかしら?」
「だ・か・ら! ブレイブシフト! もらえなかった!」
僕の怒号に耳を塞ぐフィオナ。
「うるさくて、鼓膜がおかしくなるそう。おまけに、音の振動が不細工すぎて耳腐りそうだわ」
音の振動が不細工、ってなんだ。お前には音の振動が見えるのか?
「ブレイブアーマーは貴重品なんだから、正当な勇者でもない貴方の分があるわけないでしょ」
「それは何度も聞いたんだよ。その辺りをお前が何とかするって言うから、僕はここに来てやっているんだ。少しは王女様らしいところを見せろ」
「勇者のくせに何でも人任せなのね」
「おかげさまで、まだ勇者じゃないからな」
僕の苛立ちも頂点に達するところだったが、フィオナは呆れるように再び溜め息を吐いた。
「分かった分かった。正直なところを言うと、貴方を勇者にできない理由が二つある。さっきも言ったけど、その容量少な目な脳では記憶してないだろうから、もう一度説明してあげる」
そう言って、フィオナは二本の指を立てて僕に見せたが、すぐに一本を折り畳む。
「一つはブレイブアーマーが用意できない、ということ。でも、これは当てがある。まずはアインス博士に直接会って交渉すれば、たぶん確保できる。もう一つは」
折り畳んだばかりの指を再び伸ばす。
「私のお兄様を説得しなければならない。私の直属の兵であり、一点突破で敵の頭を狙って成果を挙げる勇者たちを、お兄様は嫌っている。だから、私が勇者を一人追加したい、と言っても反対するでしょうね。でも、一つ条件を出せば、受けてもらえるかも」
「条件って?」
「それは貴方に関係ない。ただし、貴方の実力を証明する必要はあるだろうから、今から覚悟しておいて」
「実力を証明って、まさか誰かと戦うってこと?」
「そう。そういう話に持っていくから、勝ちなさいよ。っていうか、本当にセレッソの言う通り、強いんでしょうね、こいつは」
視線はセレッソの方へ。
「お前だって、皇颯斗と戦ったところを見ているだろ」
セレッソが答えるが、フィオナは納得していないようだ。
「あれだけじゃ分からないわよ。それに、勇者一人に勝ったくらいで、アッシアの魔王に勝てるわけじゃないんだから、その程度で偉そうにされても困るんだけど」
皇に勝ってもも、こいつにとっては「その程度」なのか。腹は立つけど……三枝木さんの話を聞く限り、その通りなんだろうな。
悔しいが言い返すこともできず、歯を食い縛っていると、部屋に何者かが入ってきた。
「フィオナ、言い忘れていたよ。明日、勇者たちを輸送する高速鉄道の安全性についてだけど……」
高身長の黒髪の男。
容姿も端麗で、服装はアニメで見る貴族らしい格好だ。
しかも、メイドの格好をした女の子を二人も引き連れている。
双子なのだろうか。顔がよく似ている。
さらに、一人は青い髪、もう一人は白い髪。彼女たちこそ異世界のメイドらしい出で立ちではないか。
もしかして、この黒髪の男も王族なのだろうか、と想像するとフィオナが叫んだ。
「ブライアお兄様!」
な、なんだ?
表情が明らかに違うぞ。
さっきまでは、どいつもこいつも汚らわしい馬糞レベルの人間だと言わんばかりに、鋭い視線を振り回していたのに、
今は憧れのアイドルを前に両手を組んで胸をときめかせる少女のようだ。
「どうしたんですか? さっきも、来られたばかりなのに!」
「いや、失礼。友人との時間を邪魔するつもりはなかったんだ」
ブライアと呼ばれた男は、顔を引っ込めようとしたが、フィオナは素早く扉の方まで移動し、それを止めた。そのスピードたるや、皇が見せた踏み込みより速いのでは、と思わせるほどだ。
「ぜんぜん、お兄様のためなら時間なんていくらでも作ります。どうしたんですか? このフィオナに何でも話してください」
「ちょっと確認したいことがあっただけなんだ。緊急ではないから、今は友人と過ごす時間を楽しんで」
「いつも言っているでしょ? 私はお兄様のためなら、何だって犠牲にできるって」
「いつも言っているだろう? もっと自分の時間も大切しろ、って」
「だったら、お兄様との時間を大切にしてもいいってことですよね?」
その後も、甘ったるい押し問答が続く。僕はセレッソの方を見た。
「あのお姫様、兄貴と仲が悪いって話じゃなかったっか?」」
「それは別の兄だ。ブライアは従兄弟で、フィオナにとって憧れの男らしい。だから、ブライアを前にすると、いつもあんな感じさ」
確かに、フィオナを相手にするブライア……ブライアさんは大人の余裕に溢れている。あのツンツンしたフィオナを骨抜きにするなんて、とんでもない大人パワーだ。
「後ろのメイドさんは?」
「ブライアの侍女だろ。名前までは知らん」
青い髪のメイドさんと目があったので、僕は頭を下げた。向こうも小さく頭を下げ、その後は一度もこちらを見なかった。
数分ほど二人のイチャイチャを見せつけられた後、ブライアさんがこちらに笑顔を見せた。
「邪魔をしてしまって、本当にすまない。よかったら今後もフィオナと仲良くやって欲しい」
去っていくブライアさんに「またいらっしゃって」と言いながら手を振るフィオナ。しかし、ブライアさんの気配が完全に消えると、また鋭い視線をこちらに向けてきたのだった。
「じゃあ、行くわよ。ポンコツ勇者もどき。セレッソはここで待ってて。何か聞かれたら面倒だから」
「行くって、どこに?」
「ブレイブシフトをもらえる場所に決まっているでしょ!」
と、言うわけで、ここからはフィオナと二人で行動することになったのだが……
正直、喧嘩にならないか、不安でしかなかった。
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