【かつて勇者だった男】
「しかし、宗次のやつ……まだ、会社勤めを続けているのか。クラムの指導者として食っていけるはずなのに。物好きなやつだ」
アスーカサという町へ向かう途中、セレッソが呆れたように言った。
「三枝木さんとは昔からの知り合いなのか?」
「あいつは、かつて勇者だった男だ」
「え?」
あまりに意外だったため、間抜けな声が出てしまった。
セレッソは「見えないだろう」と言ってから、淡々と説明する。
「昔から変な男でな、スクールに在籍していたころは、ランカーに入ることもない無名だったが、卒業してから社会人部門の勇者決定戦に出て、頭角を現したんだ。社会人部門に出場するやつらは、だいたいスクール時代からランカーやってた化物ばかりなのに、そいつらを悉く撃破して、あっという間に勇者になってしまった。しかも、昼間は正社員として企業で働きながらだぞ。そんな勇者、あいつの他にいないよ」
「勇者ってことは……ハナちゃんより強いってこと?」
「どうだろうな。今は現役を引退して、指導者側に回ったようだが、全盛期の力をどれだけ残しているものか。まぁ、どっちにしても、綿谷華と戦った価値はあったというものだ。宗次がお前を鍛えてくれるのであれば、インターバルは一ヵ月もいらないだろう」
悪だくみでも浮かんだのか、嫌な笑みを見せるセレッソ。
「たった一ヵ月でハナちゃんと再戦するってこと? いやいや、無理があるだろう」
「大丈夫だ。何度も言うが、お前の才能は突出している。一ヵ月もあれば、五分五分まで持っていけるはずだ」
五分か。
そこは七分くらいであってほしいものだが、
本当に一ヵ月という短い期間で、僕のレベルがハナちゃんと互角に渡り合うものになったら、それは奇跡ではないか。
夜になって、アスーカサのクラムを尋ねた。こちらはビルの三階にあり、内装は修行が捗りそうな真っ白。そんな空間の中、リングやサンドバッグが設置されている、といった様子だ。
三枝木さんの紹介だと伝えると、十分ほど待たされたが、すぐに本人がやってきた。
「あ、神崎くん。来てくれましたか! いやー、よかった。他のクラムに行ってしまったら、どうしようかと思いましたよ」
三枝木さんは僕の顔を見て、
命の恩人に再会したんじゃないか、というくらい喜んでくれるのだった。
「で、セレッソ様の目的を教えていただけないでしょうか? なぜ、下畑さんのクラムに道場破りを?」
簡単にクラムを案内してもらった後、三枝木さんがセレッソに尋ねた。
「それはだな」
セレッソは説明する。
アッシア帝国との戦いに備え、僕を勇者に育てること。そのために、アミレーンスクールの暫定勇者の座を狙っていること。
すぐにランカーに入るためにも、女子の暫定勇者から推薦をもらいたい、ということなど。
三枝木さんは腕を組んだ状態で黙って話を聞いていたが、セレッソの説明が終わると二度うなずいた。
「なるほど。神崎くんも大変ですね。最短で勇者を目指させるなんて、セレッソ様は相変わらず無茶を言う」
やっと僕に同情してくれる人が現れた、と目を輝かせかけたが、セレッソが横から口を挟む。
「できれば一ヵ月で誠を仕上げて欲しい。ゆっくりこいつを育てていたら、アミレーンスクールの勇者が決まってしまうからな」
「一ヵ月ですか?」
流石の三枝木さんも驚いたらしい。
「一年ならまだしも、一ヵ月でハナちゃんを倒せる戦士を育てられるとしたら、私はもう百人の勇者を輩出しておかしくないですよ。いや、王族専属の指導者として任命されるレベルです。他のクラムに相談しても、笑われてしまうのでは……」
やはり三枝木さんから見ても、セレッソは有り得ない難易度の育成ゲームを強いているようだ。
それでも、セレッソは退くつもりはないらしい。
「宗次、誠を他のやつらと比べるな。こいつは、普通の百倍のスピードで成長する、たぶんな」
セレッソの無謀な話に、三枝木さんは唸った。それでも、セレッソは自分の主張を曲げる気はないようだった。
「じゃあ、今から誠の実力を見てやってくれ。昼間は少しびびって動きが堅かったが、今ならマシになっているはずだ」
「え、今から?」
驚いたのはもちろん僕だ。
「いやいや、三枝木さんは元勇者なんだろ?そんな人を相手に、歯が立つわけがないよ。ハナちゃんのときだって一方的にやられちゃったわけなんだしさ」
「一方的、ですか」
三枝木さんは違和感を覚えたように呟く。どういう意味だろうか。
その意味を説明することなく、彼は笑顔を見せるのだった。
「そうとは言えませんよ。あれは、良いところまで行っていた、と思います。だから、私はわざわざ神崎くんを追いかけて、声をかけたのですから」
「なんか気を使わせてしまってすみません……」
肩を落とす僕に、三枝木さんは言った。
「取り敢えず、軽く手を合わせみましょう。神崎くんの長所と短所を把握するには、それが一番早いことに違いありませんから」
そういうことで、
僕はかつて勇者だった男、三枝木さんと戦うことになるのだった。
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