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手作りパンツを履いた猫

作者: 後藤章倫

 「なんでこれが手作りだってわかったの?」

猫は、そこに居る男に近付きながらそう答えた。男は少し躊躇したけど、元々自分が思ったことを口にした事を思い出した。

「それ、手作りだよね?」

男の心の声は猫に聞こえていた。それにしても違和感だらけだ。猫は二足歩行で近付いてくるし、言葉を発するし、おまけに手作りパンツまで履いている。身長約八十センチメートルで、足元は雪駄を突っ掛けている。男は思った。

「ヤベー奴じゃん」

また思った事が口から漏れていた。

「別にヤバくないよ」

いかんいかん、落ち着け俺。男は猫に話しかけた。

「だって猫って普通パンツ履かないじゃん?でも履いてんじゃん。普通履かない猫にパンツを工場で大量生産しても採算合わないじゃん?つまりは、それは誰かの手作りって事だよね?アッハァーン?」

猫はそれを聞いて、死んだ鯖のような目で男を見た。男も負けじと白目で対抗した。猫はもう男のすぐ前まで来ている。猫は何かを思い出したみたいだった。


 若いお嬢さんたちが駅のホームで議論していた。猫は、それを偶々聞いてしまったけど、その時は手作りパンツは履いていなかったし、駅のホームにいる単なる猫だった。

「あのパンツはないよね?」

「ないない、アレ自分では良いと思っているんだよね。笑っ」

猫は不思議だった。なんでこの若いお嬢さんたちはズボンの中が見えるのか。

「うわ、こっち見てるわ最悪」

「やっば、マジでありえんし」

猫は、そのありえん最悪の男を見てみたけど、パンツは見えなかった。駅員がこっちに走ってくる。猫はそれに気付いてホームを逃げた。逃げ去りながらさっきのお嬢さん二人を思い返した。一人は、たいした特徴もない娘さんだったけど、もう一人の方は、矢鱈と顔が四角い娘さんだったなあと思って吹き出すところだった。猫だけど。


「ねえ、パンツってズボンを履いてても見えるものなの?」

猫は男に聞いてみたけど、男は猫が何を言っているのかイマイチ理解出来なかった。出来なかったのだけど、数日前に駅に併設する外資系のコーヒーショップに居た二人組を思い出した。若い女の二人組で、しきりにパンツについて話し込んでいた。なんでそんな事を覚えているかと言うと、二人組のうちの一人の顔が四角かったからだ。あんなに四角い顔は早々見れるものじゃない。二人組が話していたのは、誰かのパンツについてで、この場合のパンツとは即ちズボンの事で間違いない。男は白目を止めて手作りパンツを履いた猫を見た。

「四角かったなぁ」

心の声が漏れた。すると手作りパンツを履いた猫も同調した。

「そうそう、顔が四角い若いお嬢さん」

「あんなに四角い顔の娘なんて居るもんじゃ無いから、猫が見た女と俺が見た女は同一人物だろう」

心の声は駄々漏れだった。男はなんだか勝ち誇ったみたいな顔になっていた。

「ねぇ君、手作りパンツを履いたチミ、アーユーオーケー?ズボンを履いているのにパンツが見える訳ないじゃん。その場合のパンツはズボンの事なんだなぁ。わっかるかな?」

「え?パンツってズボンなの?じゃ僕が履いてるこれは手作りズボン?」

「いやいやいやいや、それはパンツでーす。しかも手作りパンツでーす」

男はそう言ってみたものの、そう言えばいつからズボンの事をパンツと呼ぶようになったのか考えを巡らせた。


 小学生も高学年になると、違いがあからさまになってくる。いかにも小学生小学生している大多数の中に数人の稀な連中が現れる。男が初めてパンツを聞いたのは、その時だった。

 給食後の昼休み、学校内はカオスと化す。運動場は、野球やサッカー、鬼ごっこ、訳の分からないルールの遊び、そんなもので溢れていた。運動場だけではない。体育館、教室、視聴覚室、あらゆる所で小学生達がドンガラガッシャンやっていた。そんな中でも教室の隅で静かにしている者も居た。友達も無く一人ポツンといる者と、そうではなく、僕たちはあんなガキ共とは違うんですよオーラを放つ大人びた者。そういう者が三人でファッション誌のページを捲っていた。

 男は廊下で魔球キャッチボールをしている時だった。吉岡ちゃんが投げた魔球、ウルトラ大リーグボール四号は、男の頭上を高々と超えて教室のうしろまで飛んで行った。ファッション誌を見ながら雑談している三人は、飛んできたウルトラ大リーグボール四号に見向きもしなかった。しょうがなく男はウルトラ大リーグボール四号を取りに教室へと入った。

「いいよね、こんなパンツ」

男は耳を疑った。ちょっと大人びているとはいえ、自分の同級生である小学生がファッション誌を見ながらパンツの話をしている。ボールを掴んだまま男は其処へ近付いた。

「おいおい、お前たち。なに?パンツの本見てんの?キショ」

ファッション誌を眺めていた同級生は顔を見合わせて、それから馬鹿にしたような声で笑い始めた。

「おいパンツマン、何がおかしい?」

「あのな、お前が思っているパンツじゃないから。ハハハ」

もう一人も言ってきた。

「パンツって、下着じゃねぇからな。お前が履いてるそれはズボンだっけ?」

男は訳が分からなくなったけど、下着っていう言葉を聞いて何だか恥ずかしくなってきた。そこで初めてズボンの事をパンツと言って、自分が思っているパンツは下着なんだと分かった。

 廊下の向こうで、吉岡ちゃんが次の魔球を投げたくてうずうずしていた。


 その事を思い出して、男は手作りパンツを履いた猫に優しく説明してあげようと観音様のような顔をした。

「あれ?居ない」

さっきまで目の前に居た手作りパンツを履いた猫が見当たらない。

「ニャオ」という小さな鳴き声がした方を見ると、毛並みの良いチャトラがそこから出ていくところだった。

 男の足元には白い布があって、すぐ傍には雪駄が転がっていた。

「吉岡ちゃん元気かなぁ」また心の声が漏れていた。


                 〈了〉

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