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第四·五話 燃えよロナルド

 いきなり槍を構えてイムタックはゼフに向かって突っ込んでいた。


 繊細な技術は苦手とするイムタックではあったがその膂力は相当なものである。この突進を正面から受け止めようとすれば流石にゼフでも辛い。


「喰らえい! 必殺、ジャスティスタックルぅぅぅあああ!!?」


「甘いわい」


 だが攻撃はあっさりかわされた。老ドワーフの動きは見かけによらず軽快だった。


 次の瞬間、イムタックの顔面にはゼフの金槌がめり込んでいた。


「親分!?」


「ちくしょう、イムタックの旦那がやられた!」


 倒れたイムタックはビクンビクンと痙攣している。顔面も潰れているし、かなりヤバそうだ。


 アレ? なにこのジイさん。全然手加減とかする気がないんじゃないか?


 イムタックにしてもあの野郎、期待させといて一瞬でやられやがって。


 ロナルドはなんだか詐欺にでもあった気分だった。やっぱりイムタックはイムタックである。馬鹿の戯言に一瞬でも心を動かされた自分が恨めしい。


「さて、お主らはこんのか? ではこちらから行くぞい!」


「く、タパッシ、ロナルドくん、援護を頼むでごわす!」


「了解したでさ!」


「え、あ……」


 向かってきたゼフをシタテンが迎え撃つ。轟と振り下ろされた金槌をシタテンは手にした金棒で受け止めた。


「ぐううう!」


 極めて形勢は不利だったが、それでもどうにかシタテンはゼフ相手に正面から食い下がっている。その間隙を突いてタパッシが死角から攻撃をしかけた。唸りを上げるタパッシの双剣は確実にゼフの急所に迫る。


「ぬう!?」


 さしものゼフも二人の息の合ったコンビネーションの前には攻めあぐねている。


 流石はライオとゼフを除けばポルカ村随一の実力者たちである。


 ――――ほんと、なんでこの二人がイムタックの手下なんかやっているんだろう。


「ロナルドくん、何をボサッとしているんでさ!」


「いけね!」


 タパッシの激が飛ぶ、その一言でロナルドは我に返った。すかさず、投げナイフで援護を開始する。


 一転、シタテンとタパッシの予想外の奮戦もあり、戦いは膠着状態に入った。


「ほう、なかなかやるようになったの。シタテン、タパッシ。お主らは元からそれなりの腕はあったが、こうまで実力をつけているとは、ワシの目も曇ったものじゃわい」


「わっしらがここまで強くなれたのは師匠のおかげでごわす」


「恩返し、今こそ果たさせてもらうでさ!」


 シタテンの腕が傍目からにもわかる筋肉の隆起とともに、豪快に金棒を振るいゼフの金槌をカチ上げた。


「タパッシ、ロナルドくん! 今でごわす!」


「応でさ!」


 いち早く反応したのはタパッシ。ゼフの目の前で双剣が奇妙な軌跡を描く。


「むう!?」


 それは人体ドワーフだけどの反射に付け込んだ巧妙な眩惑だった。


 ほんの僅かの稚気すら篭もっていない、タパッシ渾身の奥義、無明風車。刃がゼフの首筋に迫るッ!


 ギンッ!


「――――!?」


 折れたタパッシの刃が、宙を舞っていた。ゼフは金槌を放り、魔闘術の基本である身体強化で両腕を強化して迫る二つの刃を払いのけたのだ。


 ゼフの背中を冷たい汗が流れる。もし、タパッシの手にしていた剣がナマクラではなく業物で、逆刃による一撃でなかったとしたら腕ごと首を撥ねられていたかもしれない。


「ぬっ!?」


 しかし安心したのもつかの間、ゼフの顔面に何かがぶち当たった。


 果たして、それはロナルドが投げつけた卵の殻の中に秘密の成分をたっぷりと詰めた『特製目潰し』であった。


 やった!


 ロナルドはガッツポーズをした。


 これで決まりだ。あれを喰らえば目にしみてとても戦闘どころではないだろう。作製中に誤ってほんのわずかに自分の目に入ってしまったときでさえロナルドは転げ回ったのだから。成分は秘密です。


 だが、次の瞬間、シタテンとタパッシの二人が一瞬でぶっ飛ばされた。


「え!?」


 正直、目の前で起こったことが信じられなかった。信じたくなかった。あまりの事態にロナルドは頭の中は真っ白になった。


「ロナルドおおおお……これ、投げつけたのはお主かのう?」


「ぎゃあああああ!!?」


 でびるずばっく。ゼフはわかりやすいぐらい怒り狂っていた。


 闘気だか殺気のせいか――いや、これは明らかにゼフの全身から立ち上る怒りのオーラが密接に関係していると思われる。小柄なドワーフであるゼフが今はなんと巨大に見えることか。さっきまでも十分大きく見えたのだが、今では山のような大巨人だ。


 それにしても目潰しの影響で視力も殆どない筈なのに、先ほどまで二人掛かりとはいえどうにかまともにやり合えていたシタテンとタパッシの二人を一瞬で倒すってどういうことだ? ああ、そうか。結局なんだかんだでさっきまでは十分手加減していてくれたのだろう。


 ロナルドは自分が虎の尾に渾身のギロチンドロップをかましてしまったことを理解した。


 視界の端では吹っ飛ばされたシタテンとタパッシの二人が、どうにか立ち上がっていたが、ダメだ。もう全然どうにもなる気がしないし、事実、その通りなのだろう。


 ――――レナ姉、親友、セシリアちゃん。ゴメン、オイラもうダメだ。


「どうした、戦意喪失かのう?」


 まるで、自分の心の中が読めているかのような絶妙なタイミングだった。


「そんな中途半端な覚悟しか持ち合わせておらんのなら始めから来るでないわ、愚か者めが! しかし、容赦はせんぞ、小僧。こんな真似までしおってからに。自分の力量も弁えず死地にのこのこと赴くことがどれほど愚かなことか、体で教えてやるわい!」


「あわわ……」


 普段から厳しいし、訓練中はそれに輪を掛けて恐ろしいドワーフだけどだった。


 だけど、こんなゼフを見るのはロナルドは初めてだった。


 怖い、なんて恐いんだろう。


 よくよく考えてみれば自分が死ぬことなんて真剣に考えていなかったのではないか? 死ぬはずなんてない、いや、死んだって構わないとすら思っていた。しかしどうだ、現実に今自分は怪我も負っていないというのにこのザマだ。


 密度の濃い殺気が充満したこの空間が、自分にそのことを理解らせる。


 気まぐれに目の前のドワーフが自分の命を奪おうと思えば、自分はあっさりと殺されてしまうのだ。


 普段の訓練ではいくらなんでもここまでの緊張感は味わったことがない。自分より弱い魔物との戦いしか経験したことのないロナルドには初めての経験だった。足が震える。涙すら出てきた。


 だが目の前のゼフは突然立ち止まった。


 横に向けたその視線の先には幽鬼のようにのそり……、と立ちあがったていた男が一人。


「親分!」


「旦那ぁあ!」


 意識があるのかないのか定かではない状態ではあったが確かに彼は立っていた。


 ――――だが、次の瞬間、彼の意識は舞い戻る。


「俺様、ふっかぁぁぁああああつ!!! 全国百万人のイムタックファンのみんな、待たせたな。ここからが俺様の華麗なる反撃タイムが始まぁぁある!!」


 叫ぶや否や、ドンッと地を蹴りイムタックはゼフに向かって駆けた。大きなダメージがあるにも関わらずどういうわけが先程の突進より数段上のスピードだった。


「ぬああああ! 必殺、ジャスティ~~~~ス、スゥゥゥラァァアアアッシュぅぅぅああああ!!!」


「ぐぬぅ!?」


 相変わらず技名を叫びながら放たれたその槍の一撃はガオン、とロナルドの目の前のゼフを薙ぎ払い、弾き飛ばした。その威力は凄まじく攻撃は防いだとはいえ、ゼフの金槌を持つ手を痺れさせるだけの衝撃があった。


「ガハハハハ! 遅れてすまなかったな、少年よ! だが俺様が復活したからにはもう安心だ!」


 今はこの馬鹿笑いがなんと頼もしいことか、だが安心しイムタックの顔を見たときロナルドはぎょっ、とした。


 潰れた顔面、不細工な顔がさらに不細工になってしまっている。ウザいスマイルでいやでも見せつけられてきたイムタック自慢の白い歯もほぼ全滅していた。


「イムタック、それ痛くないのかよ」


「痛いぞ! 痛いに決まっておるだろうが!」


 唖然としながらのロナルドの質問にイムタックは即答した。


「だが少年よ、痛みなぞそれを越える気迫と覚悟で耐えればいいだけのこと。戦いに身を置くものならばそれは当然のことだ。傷つくことは、けして恐くはなぁい!」


 ビシィ、とポーズを決めながらイムタックは無駄に熱く答えた。


 その熱苦しい姿を見ながらロナルドは思った。


 ああ、そうか自分はここにいてはいけない人間だったんだな、と。覚悟がまるで足りていなかった。


 俯いて何も喋らなくなってしまったロナルドを見て、イムタックは何やら悟ったらしい。


「ふ、少年よ。今貴様は大変に恵まれているぞ!」


 ロナルドはわけがわからなかった。


「な、何がだよ!」


「俺様のような勇気溢れる漢の中の漢ならばともかく、貴様のような一般ピープルにとってはこのような殺伐とした空間は非常に居心地が悪かろう? おしっこ漏らしてしまいそうだろう? しかしだ、人間という奴はどんな幸福な環境だろうが、どんな過酷な環境だろうがいずれは適応し慣れる、そういう生き物なのだ。だから貴様のような臆病ワカメでも、このような場数を踏んでいけばいつかは今のようにブザマな醜態を晒さずに済む程度の度胸は着くというわけだ。ぷるぷる子犬のように震えてないで今こそ熱い魂を燃やすときだぞ、少年よ」


 一気にまくしたてられるて呆気に取られてしまったが、しばらくしてその内容を頭が理解してくる、とメチャクチャ腹が立った。とくに臆病ワカメは。


 しかし、言っていることには一理あった。


 それに非常に腹の立つことではあるのだが、このバカのお陰で恐怖心も治まりつつある。少なくともまったくどうしようもない、というような気分ではなくなっていた。


 そのとき、頭に浮かんだ一人の人物。


 ――――ライオ。


 普段からその強さ、そのすごさは嫌という程見せつけられている。


 だがそれは訓練中などに見られる自分との体力や技量の差など積み重ねたモノの差による圧倒的なレベルの違い、つまり外面的な要素が殆どだった。


 だけどライオはずっとこんな、いや、こんなのなど比較にならないもっと恐ろしい世界でずっと戦ってきたのである。


 その内面にも、自分などとはどれだけの差があることだか。


 ああ、そうか――思い上がりもはなただしい、こんな自分が助けにいこうなどおこがましい。ゼフが自分たちを止めた理由がここにきてようやく本当の意味で理解できた気がする。


 魔の森には何度か行ったことがある。別にこれといって凶暴な魔物が出るわけでもない。


 だけど、一流の魔法使いであるセシリア、そして助けに行ったライオも今だに戻ってきていない。ああ、たしかに何かあるかもしれない、いやあるだろう。


 だとすれば、自分など行った果たして何が出来るのか?


 ちょっと考えればわかりそうなものなのに、というよりゼフが散々そう言っていたのに何でさっきまでの自分はその程度のことを考えられなかったのか。


「ゼフさん」


「……む?」


 突然、先程までと打って変わり何やら達観した面持ちで言葉を発したロナルドに怪訝そうな顔をするゼフ。


「ゴメンよ、オイラが間違ってた。ゼフさんがオイラ達が森に行くのを散々に止めた理由、なんか実感できた気がするよ」


「少年よ、リタイアか。このまさかの展開、俺様は非常に悲しい。俺様の熱い魂は貴様には届かなかったか……むね……む?」


 黙っていろ、という意味でイムタックの眼前に掌を突き出し、その先を遮る。


 森には行かない。自分ではライオの力になれないことが理解できたから。イムタックたちにはまだ森に行く資格がある、だが自分にはない。


 だけど、このままオメオメと帰る気はなかった。


「でも、なんだかこのまま意地の一つも張れないままでやられて帰されてたまるかぁ! 意地だけは張らせてもらうぞゼフさん! オイラ男の子ですからぁ!」


 恥も外聞もなくロナルドはもんのすごい顔で絶叫した。それを見てイムタックはニンマリと満面の笑みを浮かべた。


「ははは、貴様はこの瞬間、一歩だけ俺様に近づいたな! よしよし、では行くぞ。今日は特別に脇役たる貴様も俺様の引き立て役に徹することはない、貴様も目立っていいぞ! 存分に戦うがいい、ロナルドよ!」


「ええい、普段からもアンタの引き立て役になんか……」


 ――――アレ? 今この人オイラのこと名前で?


「と、とにかく今日はオイラ頑張っちゃうぜ! 行くぞイムタックさん!」


 言い終わると同時にびゅん、とロナルドが投げたナイフは鋭くゼフに向かって飛んだ! 楽々と避けながらもゼフは、その切れ味が先ほどまでより増していることに気づいていた。


 村の警務隊に入っているのも、実はカッコつけるための意味合いが強く、さして真面目に訓練をこなしているわけでもない。


 強さに対し憧れてはいても求めてはいない。


 手先は器用ではあるが、他にこれといって目を引くような戦う者としての才能を持っているわけでもなく、根性もない。ロナルドはそういう少年だった。


 まあ、本人にとってあくまで武芸は片手間で身に付けているに過ぎないわけだし、それはそれでいいと別にゼフはこれといって彼に期待していたわけではなかった。


 しかし、そんな少年がここにきて明らかに一皮剥けた。


 バカものめが、と呟きながらもゼフはそう悪い気はしていなかった。弟子が成長する姿は師匠冥利に尽きる。


 一瞬だけ、目を細めながらも、すぐにその目は鷹のような鋭さを取り戻した。


「ふん、ヒヨコどもが粋がりおってからに、叩き潰してくれるわい!」


◇◆◇


 朝陽が眩しい草原に屍累々。


 果敢にもゼフに立ち向かった四人は全員フルボッコにされて倒れていた。


「ま、後日の罰は、勘弁してやるとするかの」


 とゼフは呟いた。少々やり過ぎた気もしなくはないが、死ぬよりはマシである。


 友人のために、というその心意気は買うが、結果それは自身の命を捨てるだけでなく下手をすればライオたちの命まで危険にさらすことになるだろう。


 ゼフも出来ることならば、今すぐ森に駆け出したい気持ちでいっぱいなのだ。


 だが、それはできない。


 ライオは今や自分などより遥か高みにいる。ライオはとっくに自分の手を離れているのだ。


 何より、自分まで森に行ってしまったら、今のロナルドたちのように残された村の連中がどんな行動に出るかわかったものではない。


「ところで、そろそろ出てきたらどうじゃな? ワシ一人でこの人数を村まで運ばせる気かの?」


 おもむろにゼフがそういうと、草むらからゾフィーが苦笑しながらひょっこりと姿を現した。


「あはは、やっぱりバレてましたか?」


「気配の消し方がなっとらんわい。……しかし、妻子を持つ身だというのにお主も本当に人がいいのう」


 ゾフィーはポリポリと頭を掻いた。


「いやあ、妻には止められたんですけどね。やっぱり心配なんですよ。それに頼りないかもしれませんが一応村の警務隊の隊長ですから……」


 ゼフは、魔の森方面に視線を移した。景色がぼやける。まだ視力は完全には戻っていない。


「む……、それにしてもロナルド、あのばか者めが、一体なにを投げつけおったんじゃ?」


 大分経つのにまだ痛い。ヒリヒリと目に滲みて非常に痛い。やっぱり、後で地獄を見せてやろうかなぁ、とそんなことをゼフが考えていたときだった。


 地響きとともに大きな白い光が魔の森上空に立ち昇った。


「ぬう!?」


「うわ!?」


 始めは球体だったその光は、意思を持つかのように膨れあがり――――


 まるで不死鳥を彷彿させるかのような鳥の形を形成する。


 やがてそのまばゆい光は空一杯に広がり、ゼフとゾフィーの視界を白銀一色で埋め尽くした。


「……な、なんじゃ、あの光は!? 今あの森でいったい何が起こっているというんじゃ!?」


「あわわわわ……」


 目が焼けると錯覚するほどの輝きが収まり、我に返ったゼフは思い出したかのように呟いた。ゾフィーはというとあまりの事態に腰を抜かしてしまっていた。


「ライオ……」


 呆然とした様子でゼフは己の弟子の名前を口にしていた。

最初はこんなハズではなかったのだが、ロナルドがヘッポコ過ぎて可哀相になったので加筆したら無意味に熱苦しい話になってしまった(汗)

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