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第四話 野宿

「………………」


 眠れなかった。


 暖かい布団、何よりいつもの寝なれた自分の部屋でなければ眠れない。


 何よりこんな薄気味悪い森の中で一夜を過ごすことになろうとは。


 固い感触の木を背に寄りかかり、目を閉じてどうにか眠ろうと努力する。幸い気温は暑すぎず寒すぎず、野宿にはちょうどいい程度のものだった。


 何気なく空を見上げれば、生い茂った木々の隙間から宝石を散りばめたかのような星々の大海が見えた。眺めていれば、この憂鬱な気分も少しは晴れるというものだ。


「………………」


 アルフレイルは視線を横へ移した。自分と同じように木を背にして仮眠を取るライオ、彼の膝の上にはセシリアが静かな寝息を立てている。




 ドッグウルフとの戦闘を終え、十分ほど森を歩いた頃だった。ライオがその異変に気がついたのは。


「またこの景色……、出口が近づいていないってことか?」


「え?」


 何を思ったのか彼は急に立ち止まり表情険しく辺りを見渡しながら、何やら考え込みだした。思い当たったその可能性をライオは正直信じたくなかった。


 だから、気のせいだろうと自分自身に言い聞かせた。言い聞かせて歩きつづけた。そうして歩き続ける内に、それは単なる思い過ごしではないことにライオは気づかざるを得なかった。


「どうしたんだ?」


「ああ……」


 ライオは再び歩きだした。アルフレイルは慌ててその後を追う。


 歩きながら、ライオはぽつりぽつりと喋り出した。


「普通ならもうとっくに出口に着いてもおかしくねえだけの距離は歩いた。だが、俺たちは現にこうして森を彷徨っているわけだ」


 おもむろにライオは足元に落ちていた小石を拾う。


「クソ、ワケわかんねえ。正直、この森にこういうレベルの魔物が出てくるってのは想像し難いんだが、今までも生息しない筈の魔物が出てきたわけだしな……、その確率が一番高い。外れていてくれるとありがたいんだがな~」


「?」


 手の中で弄っていた石をライオは無造作に放り投げた。


 上空高く舞い上がる石、アルフレイルは反射的に目で追った。


「――!?」


 ある程度の高度まで舞い上がった石は、ふっ、と吸い込まれるように消えてしまい落ちてこなかった。


「ああ、こりゃ完璧にハマってるわ。アルフレッツ、ヤバいぜ俺たち。いいか魔物にも色々あるんだが、厄介なヤツの中には結界を張って獲物を自分の領域内に閉じ込めちまうヤツがいるんだ」


「アルフレイルだ。で、その結界ってのは? ……今の石が消えて落ちてこなかったことと何か関係あるのか?」


「細かい理屈は俺も知らねーけどな。今のは結界に閉じ込められているかどうか確認する方法の一つさ。で、結果俺たちは見事に結界に閉じ込められていることが判明したわけだが、閉じ込められた方は永遠と同じ場所をグルグルと歩かされちまうんだ。ここが馴染んだ森ですぐ違和感に気づけたのは運が良かったな。知らない土地だったら最後まで気づかず歩き続ける嵌めになってたかもしれねぇ。まあ、どちらにせよ結界作っているヤツを倒すか、あるいは魔法とかで結界を破るかしねえと俺らは死ぬまでここを歩かされる」


 さすがにこうまで言われれば暢気なアルフレイルも自分が至極厄介なことに巻き込まれたことが理解できた。……いや、異世界トリップなんてとんでもない厄介ごとに巻き込まれた今になってはホント今更かもしれないが。


「ゲ。それじゃどうすんだよ! その結界とやらを作ってる魔物を探して倒せばいいのか!?」


「この手の魔物は獲物が弱りきるか、結界が破られるか、少なくとも結界に強く干渉されるかしねーと出てこねーよ。つっても結界なんてのは魔法使いの分野で俺にはてんで専門外だし、セシリアならどうにか出来るかもしれねえが……。セシリアは魔法の使いすぎで寝てるし、とりあえず今日はここで野宿だな」


◇◆◇


「……はあ」


 重いため息を一つつく。アルフレイルはさっきから頭の中で今までの出来事を整理していた。


 なんだか、ここまであっという間の出来事だった。


 異世界トリップしました。昔自分の考えた超厨二病なキャラになっちゃいました。魔物と戦って美少女助けました。猛人に遭遇、喰われるかと思いました。で、野宿。


 かなりはしょったが大体こんなカンジだ。……やはりアレか、自分は夢でも見ているのだろうか? アルフレイルはもう一度、自分の頬を引っ張ってみた。


「痛いな……」


 なんだろう。


 こうして改めて落ち着いて考えてみると、自分は今とんでもない体験をしているのだ。


 死にそうになった、とはいえそれはどこか夢でも見ているかのような、ふわふわとした感じだった。


 それは、自分がまだ無知で無垢な子供の頃、世界がまだ驚きと神秘に満ちていた時のような、あの頃に戻ったかのような不思議な気持ちだった。


 だが、開いたり、閉じたり……、掌をじっと眺めながら、アルフレイルは徐々に覚めていった。


 ああ、これは夢でもなんでもないんだな……、現実なんだ、と。


 あまりにも……、現実感が無さすぎた。現実だと至極あっさり受け入れながらもどこか夢心地だったのだ。相当にはしゃいだ、自分の名前まで変えてしまった。今考えると、それはないなあ。死ぬほど恥ずかしい。


 覚めた頭で改めて考える。今の自分には何が出来るのか? この世界はどういう世界なのか?


「アルフレイル……、か」


 アルフレイルの設定の大半はぶっちゃけ覚えていない。相当ムチャクチャな能力は持っているはずなのだが、……どういったものなのか、どうすれば使えるかなど、肝心な知識は殆ど頭から抜け落ちてしまっている。


「何分、小説のことなんて完全に忘れていたところを数年ぶりに見つけて、ほんのちょっと眺めただけだもんなぁ」


 正直、スケールが大きすぎて実感が沸かない。


 たしかに今の自分が人外レベルのとんでもない身体能力を手に入れたということは受け入れた。だが、もし本当にアルフレイルの能力が完璧に再現されているとすれば、おぼろげな記憶から察するしかないにせよ、そんなレベルではない。単身で惑星の一つや二つぐらいは容易に破壊できるぐらいの力は備わっているハズなのだ。


「………………」


 なぜ、自分はこうなった? 何が原因でこうなった?


 知るか。


 どれだけ考えても、推測しても答えは出ない。


 俺は、現実世界の波賀錬次はどうなったんだろう? 中身がこうしている以上眠ったようになっているのだろうか? 親父、お袋は心配しているかな?


 人付合いが淡泊な自分にも、数少ない親友がいる。アイツら、今どうしてるんだろう。


 漫画、テレビ、ゲーム、インターネット……、もう出来ないのだろうか?


 なんだか、ちょっとホームシックな気分だ。そもそも、自分はもとの世界に帰ることは出来るのだろうか?


 でもこうして姿形が変わってしまった以上、帰っても非常に困ったことになりそうである。元の身体に戻れれば……、でもせっかく手に入れたこの力、手放したくはないなあ。


 悶々。


 悶々。


 悶々。


 思考の渦は止まない。考えること、考えるべきこと、考えたいこと、ありすぎる。ありすぎて――――


「眠れねえのか?」


 ライオの声。


 ハッ、として声のした方を振り向くと先程まで眠っていたライオが体勢は変えずにこちらを見ていた。


「ああ、すまない。起こしたか?」


「いや、もともと何があってもすぐ動けるように半分は起きているようなモンだからな。……その様子を見てるとアンタ、野宿とかには慣れていないみたいだな。でも無理にでも寝とかないと明日の戦闘に差し支えるぞ」


「……戦闘」


 聞こえない程の小さな声でアルフレイルはその言葉を反芻する。さも当然のように自分が戦うことが前提の話になっているのには突っ込まない方が良さそうだ。自覚しててもヘタレ呼ばわりはされたくない。


「魔法使い程、魔力の探知に長けた連中はいない。んでセシリアは普段はボケボケしてるけど魔法使いとしては相当なモンなんだ。そんなコイツが、俺もだけど結界に気づかずに森に入っちまった。結界が巧妙で強固であればあるほど、つまりそれは魔物の力量があるってことさ。……ってもこういう手の込んだ結界を張れるって時点で弱いってことはまず間違いなくないんだけどな」


「つまり、この結界とやらを張っている魔物は相当手強いってことだな」


「そう、だ。俺もこれでも結構な数の修羅場は潜ってきてるからな。なんとなくわかる……俺が今まで戦ってきた魔物と比較して考えても、最強クラスの敵だろうな。……わからねーことは山ほどある。何故、この森に生息しない筈の魔物が急に現れたのか。こんな面倒な結界を張れるほどの魔物の正体も、んで――――」


「アンタは何者なのかってこともな」


「――――ッ!」


 ギクリ。


 ライオの鋭い視線にアルフレイルは心臓を鷲掴みにされたように感じた。


「こんな結界が張ってある森のなかで、倒れているって時点で既にタダモンじゃねーよな。ぶっちゃけると、この結界にアンタが関係しているんじゃないかとも疑ったりもしたんだが……」


「え!?」


 アルフレイルは慌てた。そのような事実は一切ございません。まあ疑われてもしゃーないぐらい自分が怪しいってことは自覚しているのだが、だからこそ一層アルフレイルは焦った。


 そんなアルフレイルを見てライオは一転、ニカッと笑った。


「ま、違え~よな。人の腹の中までは流石にわかりゃしないけどさ……。アンタにそんな事する意味があるとも思えないし、確かに怪しいけど見た限り、アンタはそんな真似をする奴にも見えないんだよ。演技してるならそれはそれで大したモンだけどな」


「………………」


 この少年は、なんといういい笑顔で笑うのだろう。


 自分などには、こんなふうな屈託のない笑い方はきっとできないだろう。アルフレイルにはライオのその笑顔がなんだかとても輝かしいもののように見えた。


「んにしても戦い方もロクに知らない素人なのに、あのデタラメな強さ。アンタみたいなワケのわからない人間みたの俺、初めてだぞ」


「さいですか……」


 ホント、自分でもワケがわからないんだよ。アルフレイルは心の中でさめざめ泣いた。


「というより人間じゃないかもしれないな。アンタ、名前以外、自分の記憶がないって言ってたよな」


「……ああ」


 そういう設定で通すつもりでいる。少なくとも今しばらくは本当のことを話すことはないだろう。しかし人間じゃない……ときたか。まあファンタジーな世界なら人間以外の種族がいてもおかしいということはないんだろう。


 今の自分がどんな種族に該当するかは知らないが……、多分人間だと思う。


「とにかく今は一人でも多く戦力がいるにこしたことはねえ。今日の戦いでアンタがかなり使えるってことはわかった。とにかく、明日だ。休めるときにしっかり休んでおけよ」


「オケ……、了解した」


 そういってアルフレイルは再び目をつむり眠る努力を始めた。


「アンタの言ってることも、アンタ自身のことも、俺は何もかも信用したワケじゃねー。だけどセシリアを助けてくれたことは素直に感謝してる。ありがとな……アルフレスト」


 ガバっと勢いよくアルフレイルは跳ね起きた。


「アルフレイルだっつうの! ライオ、さっきからお前わざと間違えてんのか!?」


 なんというか突っ込まずにはいられなかった。ここまで執拗に間違われると新手のイジメかとすら思ってくる。


「そうだったか? ああ、なんか微妙に覚えづらいんだよなその名前……ん~と、アルフレール」


「合って……ない。微妙に発音が違うな」


「ん~、この際略してアルフでいいか?」


「……もうそれでいい」


 結局アルフレイルは面倒になった。それ以上に愛称で妥協しておかないとコイツは永遠に自分の名前を間違い続けるような、上手く理由は説明できないが、何故かそんな予感がしたのである。


 それからしばらくして、どうにかアルフレイルは眠りについた。グーグーと眠りこけるアルフレイルを見ながらライオは「これでほぼ完璧にコイツは白だな」と呟いた。


 演技ではなく完全に眠りこけてる。


 隙丸出しである。今、自分が殺ろうと思えば簡単に殺せるだろう。これで、アルフレイルがこの結界を張った犯人である、という線はほぼ消えた。


 不可解で怪しい部分が多すぎる彼に対しての警戒を完全に怠ってしまうわけにはいかないが、とりあえずはある程度信用しても問題はなさそうだ。


 ――――結界。


 まさか、と思った。セシリアを助けるために森に向かって駆けていた時には想像すらしていなかった。


 こんな田舎でこんなレベルの魔物が出没するとは。戦ったことがないわけではない。


 以前から、修行のため何度か町に赴きギルドで受けた依頼。……あのときは熟練の冒険者達十人余りとパーティを組んで戦った。


 震えてくるではないか。なんなのだろう、今日という日は――――


 死ぬような思いをした。自分の生涯の中でも三本の指に入るような、あの日の戦い。


 だが、おそらく今度の敵は、確実にそれ以上だろう。


 ――――勝てるか?


 一瞬でも弱気になった自分自身の心にライオは両手で自分の頬を張って喝を入れた。


 救援は期待しない方がいい。村の誰かが町に行ってギルドに依頼して、それから助けが来るには数日は掛かるだろう。いや、それよりも、考えられる可能性として自分たちのことを心配した村のみんなが直接森に来てしまうことの方がマズイ。


 傍にある剣をライオはぎゅうと握りしめた。


 すぅすぅ、と幸せそうに自分の膝の上で寝息を立てているセシリアがちょっと恨めしい。人がこんなに悩んでいるのに、コイツはこんなに幸せそうに寝やがって。


 ただ、彼女のその寝顔を見ているだけでライオは心が満たされてくるような不思議な気持ちになった。


 いつからだろう? 自分が彼女に対してこういう気持ちを抱くようになったのは。


 もはや霞みがかった白い微かな記憶。


 彼女は自分とは違う人間である。そう幼心ながら知ったとき、たまらなくなった。


 それが、ライオが強さを求めることとなるキッカケだったのだ。


「セシリア……お前は、俺が護る」


 自分自身の魂にまで擦り込まれた決意。口にするのが何度目になるか、もはやわからないその言葉をライオは静かに、そして厳かに呟いた。

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