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第三·五話 その頃ポルカ村では……

「帰って……、こないね」


 セシリアが森から帰還していないことを知り、皆の制止の声も聞かず、ライオが森に駆けていってしまってからどれだけ経っただろうか。いくらなんでも遅すぎる。


 現在ポルカ村の村長、ミゼーリアの家にはライオの義理の姉であるレナータ。村の警務隊の面々、……そして彼らの武術指南役であり、ライオの師匠であるドワーフのゼフが集まっていた。


 先ほどまでは、他にも心配する村の人間もいたのだが、夜遅いということで返された。


「やっぱり、何かあったとしか思えないよ」


 義弟のライオと妹のように可愛いがっていたセシリア。二人にもしものことがあったと想像出来る状況だけに、レナータは正直生きた心地がしなかった。


「ゼフさん、やっぱり私たちも森に様子を見にいった方が……」


 そう言ったのは、村の警務隊の隊長であるゾフィーだった。年配の髭を蓄えた人の良さそうなオジサンである。


「隊長の言うとおりだ、ししょー! ライオの奴は正直どうでもいいが、俺様のプリンセスであるセシリアちゃんがピンチなのだ! 麗しき美少女である彼女を失うということは、それはこの世界、ひいては俺様の英雄伝説にとっての大いなる損失と言えるだろう。今こそ熱き魂を燃やし、彼女を助けに行くのが俺の、未来の勇者である俺のさだめなのだ! 行かせてくれ、ししょー!」


「後生だ、親分とわっしたちを行かせてくれでゴンス、師匠!」


「お願いでさ、師匠!」


 なんだか、いかにも勇者というような恰好をした大柄の暑苦しい男イムタック。そしてその手下の二人、ずんぐりしたシタテンと細身で長身の男、タパッシもそれに便乗する。


「そうだよ、ゼフさん。親友とセシリアちゃんがヤバイかもしんないって時にジッとなんかしてられないってば!」


 ライオの親友でありポルカ村であんまり需要がない武器屋の息子であるそばかすがチャームポイントな少年、ロナルドも黙ってはいない。


「イッカァァァァアアアン!!!」


 だがゼフは彼らの申し出を一言で斬って捨てた。


「ライオは実質この村一番の使い手じゃぞ! セシリアにしても一級品の魔法使いじゃ! お主等が束になっても敵わんその二人が未だに帰ってこないということは、そうなるだけの理由があの森にあったということじゃ。明日の朝まで待って二人が帰ってこないようなら……ギルドに依頼を出すべきじゃろう、それも超一流どころを複数よこしてもらわなければダメじゃろうな。のう、ミゼーリア」


「う、うむ。その通りじゃ」


 急に話を振られ、村長は慌てて相槌を打った。


「ちょ、超一流どころを複数って、そんなッ! いったいいくら掛かるか……」


 その金額を想像しただけでゾフィーは震えてしまった。


「たわけがッ! 人命には換えられんわい!」


「ひっ! ご、ごめんなさい!」


 一喝。ゼフのそのあまりの剣幕にゾフィーはつい反射的に謝ってしまった。ただでさえ厳しく見えるドワーフだけに迫力満点である。


「どちらにせよ、もう夜中じゃ。今日のところは解散じゃわい……。のう、ミゼーリア」


「う、うむ。その通りじゃ」


 けれからゼフは警務隊の面々をジロリと睨むと、


「いいかお主等、くれぐれも勝手に森に行こうとするではないぞ。もし勝手に森に行こうとしたならば……」


 一旦言葉を区切るゼフ、ごくりと一同は唾を飲み込んだ。


「……スペシャルハードコースじゃ!」


 一同は震え上がった。スペシャルハードコース、それは訓練とは名ばかりの拷問。口に出すのも憚れる地獄のシゴキ……。もっともライオは信じがたいことにコレを毎日こなしているのだが。


「でも、ゼフさん……」


「くどいわい!」


 ダメだこりゃ。この調子じゃとても聞き入れてもらえそうにないや、とロナルドは思った。イムタックたちはまだしつこく食い下がっているが、この分では無理だろう。


 普段、勝ち気で明るいレナータの沈んだ表情。美人であるだけにそんな表情もとても魅力的ではあるのだが、ロナルドは見ているだけで辛かった。


「レナ姉……」


 心配して声を賭けたまではよかったのだが、ロナルドは緊張してしまい気の利いた言葉が出てこなかった。


「ロナルド? ……ああ、もう、アンタまでそんな暗い顔してんじゃないってば! うん、きっとだ~いじょ~ぶ! ライオはアレでもあたしの自慢の義弟だよ! きっと明日にはセシリアといっしょに何事もなかったかのように帰ってくるってば!」


 そんなロナルドを見兼ねたのか、ニカッと普段と代わり映えしない明るい笑顔を浮かべるとレナータはくしゃくしゃ、と普段からそうしてるようにワカメ呼ばわりされているロナルドのくせっ毛を掌でたっぷり弄ってくれた。


 もうこれではすっかり立場が逆ではないか。


 それもそうなのだが、普段からずっと見続けてきた人の笑顔だから、わかるのだ。


 ――――レナ姉、やっぱ、辛いんだな。


 笑っているように見えても、笑っていない。そんな、そんな辛そうな顔で笑うなよ。ロナルドにはレナータが今にも泣き出しそうに見えた。

「とにかく解散じゃ! もう遅いことじゃしな。寄り道せずに真っ直ぐ家に帰るのじゃぞ」


「う、うむ。その通りじゃ」


◇◆◇


 ロナルドはゼフのいうことなど聞く気はなかった。自宅に着くとロナルドはすぐに自室に向かい自分の装備を整えはじめた。体中のそこかしこにナイフを仕込む。自作の秘密兵器も忘れない。


 速やかに支度を済ませると、帰ってきたときと同じように静かに廊下を抜け、眠っている両親を起こさないように家を出る。


「ゼフさんには悪いけど、その命令は聞けないってーの。レナ姉は今泣いているんだ! セシリアちゃん、親友、待ってろよ。今いくぜ!」


 そう言いながらロナルドが向かったのは村の出入り口とは正反対の方向だった。


 村の出入り口は多分ゼフに見張られている可能性が高い。だが、こういう時のため、かどうかは定かではないがちゃんと村には秘密の抜け道があるのだ。作ったのは自分ではないが。


 ホビット族は穴を掘ってそこに済むという独自の文化を持っている。この村に住んでいるホビットのギムリンも例外ではなく、地下に自宅を構えている。


 何度かお邪魔したことがあるが、中は結構快適な作りになっていた。


 そんなギムリンが暇つぶしにと無意味に作ってみたのが、この村の外へと続く秘密の抜け道というわけだ。


 この抜け道の存在を確かゼフは知らなかったはず。


 ロナルドが抜け道がある場所にはすでに『先客たち』がいた。


「ははは、考えることは一緒ってことですかな。ばんわでさ、ロナルドくん」


「タパッシさん、シタテンさんに、イムタックも……」


 人懐っこい笑顔を浮かべて声を掛けてきたのはイムタックの手下の一人、タパッシだった。そこには、先ほどのイムタック三人衆が勢揃いしていた。


 イムタックはロナルドのその『無礼』な言葉にピクリと反応し、激昂した。


「少年、貴様……何故この俺様だけ呼び捨てなのだ!? しかも俺様の名前を呼ぶのが一番最後とは……、これは未来の勇者たるこの俺様に対する冒涜としか思えんな!」


 夜中、僅かな声でもよく響く。この馬鹿の馬鹿な所業に手下の二人は慌てて、


「親分、夜は静かにするでごわす。……親分程の方がこの程度のことで腹を立てたりしてはいけないでごわす! ここは一つ度量の大きいところをロナルドくんに見せ付けてやるでごわすよ」


「そうでさ! さっ、ロナルドくん。どうか、イムタックの旦那が寛容な内に謝ってくだせえ」


 よりにもよってイムタックなんぞに下げたくもない頭を下げるのは腹が立ったがロナルドは仕方なく謝ることにした。こんなくだらないことで見つかってしまうのはあまりにバカバカしいし、何より手下の二人が気の毒だったのだ。


「……あー、ごめんなイムタック……さん」


 その謝罪からは済まないという感情はまったく感じられなかったがそれは仕方ない。


「ふん、仕方ない。だが、俺様は度量の大きい男だからな。許してやろうではないか」


 だがイムタックはシタテンに煽てられ舞い上がっていた上にもとが馬鹿だったので簡単に期限を直した。本当に扱いやすい男である。


 何もないような草むら……しかし、よく調べるとそこには偽装された入り口が。


 これだけ巧妙に隠されているとなると、ここのことを知らない者が偶然近くを通りかかっても気付かず素通りしてしまうだろう。ギムリンは無駄に凝り性だった。


「でも、よくこの抜け道のこと知ってたッスね。知ってる人ってそんなにいなかったと思うんだけどな」


 ロナルドの疑問にイムタックは自慢げに胸を張って答えた。


「ふっ、少年。未来の勇者であるこの俺様に知らんことなど何もないのだ!」


「……ふーん、さすがみらいのゆーしゃ、スゴイな~」


 もちろんロナルドはイムタックの駄弁など信じてはいない。しかし真相を問い詰めたら、また子分の二人ぬ迷惑が掛かりそうだったのでここはクールに大人の対応をした。


◇◆◇


 地下の抜け道から地上に上がると、ポルカ村から数十メートル離れた草原に出た。


「よおおおおし、では行くぞ皆の衆! いざ、俺様のセシリアちゃんの元に!」


 そしてイムタック、この男はまた突然にバカでかい声を上げる。ロナルドはぎょっ、とした。


「ちょっ、静かにしろってば! いくらなんでもそんなバカでかい声出したら村まで響き渡っちゃうだろ! それに魔物だっているんだから」


 だがイムタックは憮然とし反論する。


「むう、少年。そんな弱気でどうする! いいか、貴様も未来の勇者たるこの俺様と行動を共にするならば肝に銘じておけ! 男子たるもの常に……」


「だ、旦那……」


「話の途中、申し訳ないでごわすが……」


 だがイムタックはその言葉を最後まで紡ぐことが出来なかった。つんつん、とテシタンが彼の背をつついたからだ。気分よく喋っている最中に邪魔されたイムタックはご満悦だった。


「なんだお前ら。俺様のありがた~い説教の最中に?」


「どうした、イムタックよ。続きを話さんのか? ワシもお主のそのありがた~い説教とやらの内容に興味があるんじゃがのう」


 それは今一番聞きたくない人? の声だった。イムタックがギギギ、とぎごちない動きで首を声のした方へと向けるとそこには悠然と空を眺めるゼフがいた。


「ふ~む、いい夜じゃのう。見てみい、蒼い月があんなにも真ん丸じゃわい」


 ――――何故、いる?


 あれだ、これはきっと幻だ。ってそんなわきゃねぇ!


「……ゼフさん」


 ロナルドは恐る恐る言葉を発した。


「うむ、どこかの愚か者どもが勝手に森に行かんか見張るために、こうして魔の森方向の草原を散歩しながら張っていてみれば、驚いたぞい。まさか地面から生えてくるとはのう……」


 ロナルドは瞬時に作戦の失敗を悟った。同時にロクでもない少し先の己の未来も。


「草原で張ってる、って魔物に襲われる危険もあるのによくそんなコトする気になったスね」


 徐々に空気が張り詰めていく。ロナルドの軽口は余裕から出たものではない、こうでもしていないと目の前の小柄なドワーフの老人が放つ圧倒的な威圧感に押し潰されそうだったからだ。


 こういう無鉄砲な若者たちの青臭さをゼフは嫌いでは無かったが、しかし行かせるわけにはいかない。言葉で、彼らを止めることが無理なのは分かりきっていた。


「なに、この辺りに出没する魔物を倒すことなぞ赤子の手を捻るようなもんじゃわい。そう、お主らの相手をさして変わらんわ。……さて、素直に村に帰るなら、それでよし。もっとも後日きっちり罰は受けてもらうがの。じゃが、どうしても森に行きたいというのならここでワシを倒してから行けい!」


 ゼフは自身の武器である金槌を抜いた。轟と闘気が突風のように舞う。


「うわぁ!?」


 たったそれだけのことでロナルドの心は折れかけてしまった。今謝れば許してもらえるかもしれない。とかちょっと思ってしまった。


 しかしその時、


「ししょ~~~~~~~~!!!」


 父親の形見であるという愛用の槍を構え、イムタックが吠えた。


「こうなれば、この場でアンタを倒し、今こそ師を超え恩返しを果たそうではないか! セシリアちゃん、待ってろよ、今行くぜ! この胸の内から沸き上がってくる衝動、今の俺様を止めることは誰にも出来ん、そう、この俺自身にさえもな!」


 そしてイムタックは震えるロナルドを一瞥すると、


「少年よ、怖いか? だが安心しろ、貴様は一人ではない。この勇者イムタックとその頼もしき部下たちが付いているのだ。貴様が戦えぬというのならば俺様たちが代わりに戦ってやる。貴様が動けぬというのなら俺様たちが守ってやる。勇者はけして弱者を見捨てない。だが、こうしてここに来ている以上、貴様もそれなりに意思を固めてきたのだろう? 守られているだけで満足か!? 少年よ、貴様の魂はそれを善しとするのか!?」


 それは暑くて熱い言葉だった。


「……イムタック」


 ロナルドの一度は折れかけた心が、奮い立った。不思議な男だ。馬鹿で阿呆でマヌケでノータリンで考えなしで不細工で、周りの人間に迷惑をかけまくる困った奴。それでもどこか憎めない自称勇者のこの男はたしかに人の心を惹きつけるものを持っているのだ。


「師匠、覚悟してくだせぇ!」


「死ぬにはいい日でごわす!」


 手下の二人もそれぞれ武器も構え、すでにイムタック三人衆はやる気満々である。


「ほう、いい度胸じゃのう! してロナルド、お主はどうする?」


 ロナルドも一歩バックステップを踏むと、腰のナイフを抜きさり、構えた。


「ああ~~~~、もうやる、やってやる! ゼフさん、覚悟しろ~~!」


 そして、戦いが始まった。

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