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第三話 夜の森にて獣と戯れる

 辺りはすっかり真っ暗だった。


 ただでさえ薄暗い森は倍率ドン、さらに暗い。さも当然といわんがばかりに夜目が利く自分はつくづくチートだ、とアルフレイルは思った。ホントに便利な身体である。


 それにしても――――


「……………………」


「……………………」


 さっきからアルフレイルとライオの間には会話がない。まったくなかった。


 セシリアは自分の横を歩くライオの背中で静かな寝息を立てている。


 今思えば、ライオがセシリアが眠りにつく直前に登場してくれて本当によかったと思う。あの猛獣のオーラを纏ったような状態のライオにはまともな言葉が通じそうにはなかったし、あのシチュエーションは見方によっては自分がセシリアを襲ったと誤解される恐れもあるものだったからだ。


 セシリアがどうにか間を執り成してくれたお陰でその辺の誤解こそなかったものの、この野獣のような少年は内心果たしてどっからどう見ても不審人物の自分をどう思っていることやら。


 しかし何か喋ってくれないものか。空気が重い。


 自分の方から何か話そうにも、さっきの悪鬼の如きイメージが頭から離れず自分からは話しかけにくい。


 なんだか非常に居心地が悪いアルフレイルだった。


 で、そのライオはというと彼はとなりを歩くアルフレイルにこっそり視線を移しながら内心こう思っていた。


 なんだこの野郎は、なんだこの野郎は!


「わたしが危なかったところを助けてくれたの」そうですか。――――ってなんとも都合よく通りすがるもんだ。くそ、なんかイライラすんな。


 ライオはこのセシリア曰く『恩人』だという得体の知れない銀髪の青年がどことなく気に入らなかった。彼が偶然通りかからなければセシリアは大変な目にあっていた、感謝すべきなのだろう。


 しかし何故だろう、素直に感謝する気になれないのは。


 自分の記憶がハッキリしないというアルフレイルという青年。気づいた時にはこの魔の森で倒れていたという。


 ハッキリ言ってとても怪しい。着ている服もちょっと見ない、おかしな服装だ。


 見た目は素人のようだし雰囲気や立ち振る舞いはとても強そうには見えない。しかしセシリアから聞いた話ではそれなりに腕は立つようだ。オーク三体を瞬く間に倒したという。


 超一流の戦士であるライオから見ると彼の体は一見相当に鍛え込まれているように見えるその体も訓練の類で作ったような体つきには見えなかった。まるで元からそうであるような自然さすら感じさせる。強そうには見えないが、しかし弱そうにも見えなかった。


 戦うところを見たわけでもない。こうして並んで歩いているだけで自分に分かるのはせいぜいその程度のことだったが、だからこそライオは気になった。興味が湧いた。


 コイツ、強いのか? どういう闘い方をするんだろう?


 しかし、それもそうなのだが、それ以上に……アルフレイルのこの容姿はどうだろう。同性の自分ですらうっかりすると見惚れてしまうほどに――綺麗だった。


 美姫とも英雄ともつかない、同じ生き物であるということ自体疑わしく思えてしまう。美しいという言葉がこの青年の前ではあまりにも陳腐だった。


 腕っ節では負ける気はしないが、少なくとも容姿では自分の完敗である。どう背伸びしても逆立ちしたって敵わないだろう。


 何故そんなことを考えたのかは自分でも不明だったがライオは試しにアルフレイルとセシリアが並んで立っているところを頭の中で想像してみた。


 容姿が極めて端麗な二人だけに、なんだかとんでもなく絵になっていた。もー、一枚の絵画にして国宝にでもしてしまいたいほどの出来ですよ……ちくしょうッッ!


 先ほどからライオの胸の内をもやもやとしていた不愉快なイライラが何故だか倍増し――加速した。


 ライオはいつの間にやらこっそりと眺めていたはずが無遠慮に堂々とアルフレイルを見回していた。というかガンとばしてた。非常に密度の濃い殺気のオマケつきで。


 アルフレイルの背筋になにやら薄ら寒いものが走る。となりをちょいと見るとなんとライオが血に飢えた獣のような恐ろしい視線で自分を睨みつけているではありませんか。


 これはヤバイ!


 彼がヘタレということもある、しかし今のライオを目の前にして平静を保っていられる人間は地球上を探しめぐったところで果たしてどれだけ見つかることか。


 な、なんでコイツこんなに憤ってるんだ? アルフレイルは本気でびびった。自分は何かこの少年をこんなに怒らせるような粗相を致してしまったのだろうか? 「こっちみんな」とか言ってやれ? いえいえとんでもない。ゴクリと唾を飲み込むとアルフレイルはライオを刺激しないように慎重に言葉を発した。


「…………なにか?」


「イヤ、別に」


 極めてつっけんどんにライオは答えた。


 しかし元々熱しやすく冷めやすい性格である。そう言ってから時間が経つとライオは次第にクールダウンしてきた。


 そうなると、自分の行動が思い返される。何やってんだ俺?


 ライオは思った、ウジウジと俺らしくねえと。


 何故この青年に対しこうまでイライラするのかは自分でもわからないが、彼がセシリアを助けてくれたのは事実なのだ。一応礼は言ったがあれはセシリアに言わされたようなものだし、改めて自分の口から言うべきだろう。言うべきなのだろう。


「……なあ」


「ん?」


「なんつーかさ、アリガトーな。セシリアを助けてくれてさ。アンタがいなけりゃコイツは本気でヤバイことになりかねなかった」


 アルフレイルはちょっと驚いた。意味不明にガンとばしたり、猛り狂ったり、かと思えば突然礼を言ったり、忙しい奴だな、そう思いながらも礼を言われたのは悪い気はしなかった。


 なんだコイツ、以外と良い奴じゃないか、とすら思った。単純な奴である。


「いや、当然のことをしただけさ。俺に……魔物を撃退できる力があった、彼女を助けることが出来る力があったんだからな」


 だがもし、自分に今のような力が無ければ、当然助けるようなことはしていないし、そもそも出来ていない。仮に『波賀錬次』のまま、自分があの場にいたとすれば、自分はセシリアを見殺しにしただろう。


 情けないがそれが自分という人間だ。仮に勇気を振り絞ってあのオークの前に立ちはだかったとしても波賀錬次では一秒で捻られる。何も変わらない、いや、自分という犠牲が一つ増えるだけだ。


 ――――だが、


『アルフレイル』なら話は別だった。それでもあの時自分はすぐにセシリアを助けにいかなかった。いけなかったのだ。


 その時のことを思い出しアルフレイルは一人、自己嫌悪しだした。


 心の中でどこからともなく現れた悪魔な波賀錬次が耳元で囁く。「ああ、本当にお前はヘタレだな。情けない奴だ。死ねばいいのに。オマケにいくら異世界トリップしたからって自分の名前まで変えちゃうってどうよ。親からもらった名前をなんだと思っているんだ、痛すぎるにもほどがあるぞ」ガクッと落ち込むアルフレイル。


 ああ、俺はなんてダメな奴なんだ。なんて情けない奴なんだ。でも名前の件はほっとけ。


 しかしその時、天使なアルフレイルが悪魔な波賀錬次を豪快に薙ぎ払って神々しく光臨した。


「まてまて、それでも今回、お前は最終的には勇気を振り絞ってセシリアを見捨てずに魔物に立ち向かったじゃないか! お前はエライぞ、スゴイぞ、カッコイイぞ! 名前の件に関しては悪魔と同意見だがな」


 そうだ、ここは自分を褒めるべきところだろう。うん、俺エライぞ。スゴイ、カッコイイ。あと名前の件はほっとけ。


 頭の中で盛大にファンファーレが鳴り響く。千人程の天使なアルフレイルたちが「おめでとう」とかいいながら生暖かい笑顔と拍手で祝福してくれた。


 それはちょっとウザいなとか思いながらアルフレイルは一人で勝手に「うんうん、とにかく俺はここにいてもいいんだな」と納得して自己完結した。


 この間、実に二秒。ちなみにアルフレイルの表面にはこれといった変化は表れておりません。


「おー、セシリアが言ってたな。オーク三体を瞬く間に倒したってさ……、アンタって見かけに寄らず結構強いんだな」


「ま、まあな」


 間髪いれず少しばかり胸を張ってアルフレイルは答えた。ちょっと声が裏返った。


「じゃ、コイツら相手に実際に強いトコを俺にも見せてくれよ」


 ライオは突然意味不明なことを口走った。


 疑問を口にしようとした時、アルフレイルにもようやくその言葉の意味が理解できた。


 ――――獣臭。


 アルフレイルとなってから、極めて敏感になった感覚が魔物の襲来を告げていた。


「七……、いや、八か……。気配から察するに多分ドッグウルフ。チッ、暗闇の森の中で相手をするには相当に厄介な相手だな。アルフレッド、アンタに期待していいか?」


 名前を間違えられている。それもそうなのだが、突然期待していいか? といわれても困る。また、戦い……、か。


 ちょっと陰欝になったアルフレイルはライオの顔を見た。「やれんのか?」とでも言いたげに自分を試すような、そんな顔をしている。


 ――――いくらなんでもここでヘタレたら男じゃないよな。


 アルフレイルはそういう気分になった自分自身にちょっと驚いていた。力を手に入れて気が大きくなったのだろうか? とにかく、チキンハートなこんな自分にもまだそういう誇りや矜持があったことに驚きだ。


「アルフレイルだ! …………わかった、俺に任せてくれ」


「ああ、じゃあ……オイッ!?」


 名前を訂正すると共に、アルフレイルは覚悟を決めて一歩前に踏み出した。ライオが制止しようとしたが既に戦うことで頭が一杯のアルフレイルの耳には入らなかった。


 視線から感じられる殺気が増した――――来る!


◇◆◇


 なんてメチャクチャな戦い方だ! とライオは思った。


 ドッグウルフ、名前の通り、狼と犬を足したような姿の魔物である。犬と狼がそもそも似たようなものであるのだが、そんなことはどうでもいい。


 集団戦闘を得意とするドッグウルフ。攻撃手段は爪、そしてその牙による噛み付きである。ドッグウルフの噛筋力は非常に強く、安物の防具などでは用意にその上から牙が貫通して肉を噛み千切られてしまう。


 それ以上に気を付けなければならないのがそのスピード。


 ハッキリ言ってオークなどより余程厄介な相手だ。特にセシリアのような生粋の魔法使いにとっては最悪の相手だろう。高速で動き回るドッグウルフ相手では普通の魔法はまず当たらない。そもそもまともに魔法を完成させる時間すら与えてもらえないだろう。


 そして一匹にでも喰いつかれれば、激痛でとても魔法どころではない。そうして獲物が怯んだところをコイツらは一斉に襲い掛かかってあっという間に仕留めてしまう。


 正直、セシリアを襲った魔物が動きの緩慢なオークだったのは不幸中の幸いだった。


 だが、そのやたらとすばしっこいドッグウルフをアルフレイルはスピードで完全に圧倒していた。


 相手を手強いとみたドッグウルフがとった戦法は撹乱。息の合ったコンビネーションで超高速で縦横無尽に跳び回り始めた……のだが、それ以上のスピードで動き出したアルフレイルに片っ端から捕まり次から次へと仕留められていく。


 そういう戦い方が出来るならば苦労はない。そもそもドッグウルフ以上のスピードで動くということ自体が至難なのだ。むろんライオクラスの戦士となれば出来ないわけではない。


 だがそんな真似をすれば当然消耗も激しい。


 ライオも黙ってアルフレイルだけに戦わせるつもりはなかったのだ。夜の森という敵側に地の利がある場所での戦い。アルフレイルにドッグウルフに対する闘い方を指示したあと彼にはセシリアの護衛を任せ、自分が中心になって戦うつもりでいた。


 だが、そう指示する前にアルフレイルが勝手に先走ってしまったのだ。


 慌ててライオは援護に向かおうとしたが、しかしその必要はなかった。


 戦うどころか、今自分はただボケッと戦いを眺めているだけ。


 ――――俺することねーじゃん。


 動きに無駄が多い、多すぎる。どう考えても武術を嗜んでいる者の動きではない。かといって実戦を経て洗練されたような動きでもない。完璧なド素人。なのに強い、どうしようもないぐらい圧倒的な強さだった。


 自分のように魔力を使って身体能力を強化しているわけではないのに、デタラメに振るう全身が凶器そのもののような破壊力を持ち、さして労せず疾風の如く動き回っている。どういうカラクリだかは知らないがこの暗闇も苦にしてはいないようだった。


 虎は何故強いのか? それは元々強いからだ。アレは自分のように鍛練を積み重ねて手に入れた類の強さではない。


 彼は、アルフレイルはただ純粋に強いのだ。


◇◆◇


 アルフレイルはとりあえず、一番自分に近い場所にいたドッグウルフに狙いを付けるとがむしゃらに突っ込んだ。ライオが何か言ったような気がするがそれは後だ。


 今はそれどころではない。


 障害となる木々を恐ろしく軽快な動きで、傍目からにはすり抜けるかのように避けながら接近。


 瞬時に目の前に現れた自分に面食らったような表情の『犬ッコロ』が印象的だった。一瞬躊躇したが、アルフレイルはその右脚を振り抜いた。「ギャンッ!」と悲鳴を上げながら飛んだ。そのドッグウルフは星になった。


 その様子を見ていたドッグウルフ達は散り散りになって猛スピードで動き回り始めた。漆黒の森の中、縦横無尽に高速で動き回る、黒い獣……、普通だったら速いし、見えないし……、こりゃもう無理ですわ。


 だが今の自分には、その異常な感知能力のお陰で犬ッコロの全ての位置が把握出来ている。暗闇など全く苦にならないし、目まぐるしい動きにしても自分からすればスロー過ぎて欠伸が出てくるぐらいだ。


「動物虐待の趣味はないんだが……」


 そして、アレより速く動くことも造作もない。


 二匹目は横殴りのラリアットから遠心力に任せて思いきり頭から地面に叩きつけた。脳みそが地面にブチまけられた、グロかった。三匹目は跳びかかってきたところを自分でもなんだかよくわからないキック。四匹目は掴まえてから少しの躊躇のあと首の骨をヘシ折った。骨を折った時のゴキリと腕に残る感触も嫌だったが、悲鳴よりは数段マシに思えた。


「……ふう」


 気づけば……、至極あっさり戦いは終わっていた。


 実感しつつある自分が手に入れた力。


 そんな強さという鎧を纏っていることを自覚しつつあるせいか、当初に比べると危機感は大分薄れてきた。


 戦いに慣れてきた後半はまるで作業のようですらあった。魔物。モンスター。怪物。テキ。……少し戸惑ったとはいえ、あっさりと殺すことを選べる辺り、自分という奴はけっこう冷酷な部分がある人間なのかもしれない。


 戦いの最中、自分は何気なく動物を殺めた。地面を這う蟻を踏み潰すかのように呆気なく、……その生々しさが、その感触が、自分の手にはまだ残っている。


 だが、反面爽快でもあったのだ。


 そんな力を振るえるのは、思う存分振るえるのは。俺が、そう、俺のチカラだ。


 ――――愉しい、ような気分悪いような。よくわからない。全身を震えが止まらなかった。


 ナンダロウ、この気持ちは。


「おう、お疲れさん」


「ん、ああ……、こんな感じで良かったか?」


 少し戸惑い気味に声を掛けてきたライオにアルフレイルは自分でワケのわからない返事を返していた。こんな感じってなんだよ。


「ムチャクチャな戦い方しやがって……、ま、無傷で切り抜けられたんだから百点満点でいいんじゃねーか?」


 なんだか可笑しそうに笑いながらライオは高評価してくれた。それは果たして喜ぶべきことなのだろうか?


「戦い方とかはお粗末極まりねーけど、強えな……。そのうち是非俺とも戦ってくれよ」


 獰猛な笑み。絶対コイツ、バトルマニアに違いない。アルフレイルの直感は当たっていた。


「……気が向いたらね」


 断固断るべきところで、こう返す辺りちょっと増長してるな。そう言った後、自分ですらアルフレイルはそう思えた。


「じゃ、とにかく森抜けちまおうぜ。速く帰らねえと村のみんなも心配してるだろうしなぁ」


「ああ、そうしよう」


 もう森は飽きました。疲れたので風呂入って汗流して、とにかく速く寝たいお――というのが今のアルフレイルの偽ざる気持ちだった。


「んにしても――――」


「?」


「妙なんだよな。ドッグウルフといい、キラービーといいオークといい、この魔の森にあんな魔物が出没する筈はないんだが、なんかイヤな予感がすんだよな」


 戦いで身についた獣臭い匂いや埃を気にしていたためアルフレイルはとくに気にも留めずに聞き流してしまったライオのこの言葉。実はその予感、思いっきり的中していたりする。

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