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第二話 主人公の名前が変更されました

 錬次は、目の前のオークを思いきり力任せに殴りつけた。


 フォームも糞もない、なんとも力の入らない素人丸出しの手打ちのパンチだったが、そのパンチがオークに与えた被害は甚大だった。


「ぴぎぃぃぃぃぃ!!?」


 横殴りにされたオークは空中を縦にぶん、ぶん、ぶん、と回転しながら吹っ飛ばされた。


 並の人間の五倍はゆうにあろうかという巨体を誇る筈のオークが、である。


「おお……、マジかよ、これがアルフレイルのパンチぢゃッッ! ってか」


 オークに限らずたいていの魔物は相手の放つ雰囲気や気配のような物でなんとなく相手の強さがわかるものなのだ。


 そう、わかる筈だった。


 しかし目の前の相手は雰囲気や立ち振る舞いは思いっきり雑魚っぽいのにメチャクチャに強いという、野生の勘があまり役に立たない理不尽な敵だった。


 仲間の一匹が不意打ちでやられた時点で敵の異常性は分かっていたハズなのにあまりに相手が雑魚っぽかったため、自尊心を捨てきれなかったのが災いしたのである。


「ぴ、ぴぎぃぃっ!?」


 残されたオークは混乱しながらもプライドも何もかもかなぐり捨てて一目散に逃げ出した。


「逃がすかぁあああ!」


 しかしそこは弱い者にはめっぽう強い錬次である。


 その表情には先ほどオークに怯えていたときの面影など一欠けらも残ってはいなかった。


「ぴぐぎぃっ!?」


 超人的なスピードで錬次は逃げ出したオークをあっという間に追い抜くと、逃げ道を塞ぐようにオークの目の前に立ちはだかった。


「……ごきげんよう」


 さらに錬次は調子こいてエレガントに意味不明に挨拶をかましてみたりした。とにかく最強主人公っぽく余裕たっぷりな強い自分を演じてみたかったのである。


 普段だったら絶対やらなかっただろうが今の錬次は危険な実戦の空気に完全に酔ってしまっていた。


 ――――やばい、俺カッコ良すぎ。


 そして自分にも酔っていた。


「ぴ、ぴぐぅうういいいいいいい!!!」


「げっ!?」


 なんて錬次が自分に酔っていると追い詰められたオークはヤケクソになって手にした武器で殴りかかってきた。追い詰められた魔物相手に油断してはいけないのである。危ないから。


 ボゴンッ!


 しかしオークの振り下ろした槍が錬次に届こうかという刹那、錬次の目の前からオークが消えてしまった。


 イリュージョン的な何かか!?


 いやいや、そうではない。


 さっきまでオークが立っていた右方向、五メートル程離れた木々の中、件のオークが倒れていた。顔面には何者かに殴打された痕がある。


 何が起こったのかというとなんてことはない。


 完全に不意を付かれた状態から後出ししておきながら、それでも錬次の攻撃の方がオークより先に当たったということである。


「あ、ああ~~、ビックリした」


 しかしこのオークの悪あがきは錬次になんら肉体的なダメージを刻むことはなかったものの、精神的にはかなりの大打撃を与えていた。オークが鬼気迫る表情で槍を振り下ろしてきたのに気付いた時、錬次は口から心臓が飛び出そうになった。


 とりあえず、もう調子にのって命のやり取りをしてる最中に変な余裕かますのは金輪際すまい、と錬次は固く心に誓うのだった。


 というより正直言うと命のやり取り自体も寿命が縮むのでもうやりたくないのデス。


「体はチートで出来てても中身はヘタレだもん……、マジで自分でやるのはキツいわ、やっぱそんなのはゲームや漫画だけで十分だよな」


 へなへな~、とその場にへたりこむ錬次。異世界トリップやなんやらでやたらとハイになってたから気にならなかったが、気が抜けたら一気に精神的な疲れが押し寄せてきたのだ。


「あの~~」


 そうしてその場で錬次がぐったりとヘタレていると、鈴を転がしたような可愛らしい声。


「ふぁい?」


 疲れて思考が回らなかった。錬次は気だるく顔をそちらに向ける。


 そににはちょっと気まずそうな様子で遠慮しがちに自分に笑いかける目の覚めるような美少女。


 一秒、二秒、三秒……。錬次はダラッとした表情のままフリーズしていた。


「ほわああああああああ!!!」


「きゃッ!」


 現状を認識したと同時に脊髄反射で錬次は奇声を上げて飛び上がった。いきなり目の前で奇声を上げられたセシリアもビックリして小さく悲鳴をあげた。


 戦いに夢中になってしまったせいで頭から抜け落ちてしまった。そうだ、俺はこの娘を助けるために戦っていたんじゃないか。うわっ、今更だけど俺ってなんかダメダメだ。オマケになんか奇声まであげちゃったし、これは完全に変な奴だと思われたぞ。どうする? とにかくリカバリーだ、リカバリーするんだ! なんか気の利いたこと言え、言うんだ錬次!


「あ、ゴメン……、え~と、う~んと、その、……大丈夫だった?」


 言ったあとで錬次はなんていうか死にたくなった。なんだそれ、さすがにそれはないだろ、酷すぎる。


「は、はい。お陰で助かりました! ホントになんてお礼を言ったらいいか……、わたしセシリアっていいます! あの、お名前……」


 だが少女の反応は割りと好意的だった。態度にどこか「うわぁ、キモッ!」みたいな感じが現れていたら錬次は深く傷ついていただろうが、セシリアはとってもいい娘だったのである。


 錬次は心のメモ帳にこっそり性格良し! とメモしつつ、


「ああ、俺の名前は波……」


 そこは普通に十九年間共にしてきた自らの名前を名乗ればいいだろうに錬次はなぜか悩んだ。悩んでしまった。


 俺の名前は確かに波賀錬次だ。しか~し、せっかく異世界トリップしました。そこで普通に「僕の名前は波賀錬次です!」ってのは芸がない。ハガレン? ないない。レンジハガー……氏ね。やっぱりここは――――。


「……アルフレイルだよ」


 今この瞬間までたしかに彼は波賀錬次だった。でもその名前は捨てたわ、今日からアルフレイルよ! というわけで主人公の名前がアルフレイルに変更されました。本当に大事なことなので二回言いますが主人公の名前がアルフレイルに変更されました。


「アルフレイルさん……、素敵な名前ですね。なんだか童話や神話に出てくる勇者や天使みたいな感じがします」


「あ、ありがとうッ!」


 そう言ってもらえると、一生懸命名前を考えた側としてはとても嬉しかった。「プ、なんだか厨臭い名前ですね(笑)」なんてこんな美少女に言われた日には錬……アルフレイルはショックで潜在能力が全開放、そのまま一気にバーサクして世界の一つや二つを滅ぼしていたかもしれない。


 純粋に目を輝かせているセシリアのその姿からはお世辞を言ってるようにも、媚びている様子も感じられない。どうにも本心からそう言ってくれているらしかった。


「ところで、さっき言いかけたことなんだけれど――」


「はい?」


 首を傾げるセシリア、少動物的な可愛さだった。萌えた。ちょっとヤバかったがアルフレイルは堪えた。襲い掛かるとかナイ。エロゲじゃない。理性も常識も世界も許さんッ!


「俺、気づいたらこの森に居て、どうにも記憶もハッキリしないんだ。名前以外自分が何者なのかすらもよくわからないんだが、ここはドコなんだか教えてくれないか?」


「え……?」


 もちろん嘘である。ただ、自分はこの世界のことをまだ何も知らない。目標もない。言葉は通じるみたいだし、なんだか人知を越えた力を手にしている自分にはやり様はいくらでもあるだろうが。


 それで偶然出会ったこの少女、こう言えば、人の良さそうなこの少女は自分を助けずにはいられないだろう、助けた恩もあることだし。そういう打算がアルフレイルにはあった。嘘をつくのは多少心苦しいが、だからといって真実を話してみたところで上手く伝わるものか、説明も面倒になるし、最悪頭がワッショイな人だと思われかねない。


「え、えええええええ~~~~!? それって、た、大変じゃないですか!」


「うわ、ビックリした! ま、まあ、確かに大変だけど、……そんなに驚かなくても」


「えっと、ここは魔の森で、この近くには私の住んでるポルカ村があって、そるから~~、ああもうッ! じゃ、じゃあとにかく助けてもらったお礼もしたいし、アルフレイルさんも一緒に村にきてくださいよ! 村長ならそういうの得意だと思うし……」


「う、うん」


 ただ他人事なのに我が事のように慌てふためいて心配してくれるセシリアを見ているとアルフレイルは何だか自分が非常に悪いコトをしているような気分になって罪悪感がひしひしと込み上げてくるのであった。なんていうか心が痛かった。


「それじゃあ……あぅ」


 そうして歩き出そうとしたところで急にセシリアはフラリと倒れそうになった。


「おっと、危ない!」


 こういう咄嗟の状況で役立つアルフレイルのスキルの一つ、超神速のインパルス……超が付くだけ反応メチャ早いです。美少女を抱きとめたせいでアルフレイルは「うはっ、柔らけぇ!」とか内心えらく動揺したのはお約束だ。


「す、すみません。ちょっと、魔法を使い過ぎた、みたいです……、安心したら、なんだか急に眠たくなっちゃって……」


 そう言っている間にも何だかドンドン声から力が抜けていってる……瞼が重そうだ。


「無理しなくていいよ。……どっちの方に進めば森を抜けられるかだけ教えてもらえるかな」


 セシリアは力ない声で「ふにゃ~、あっちですぅ~」とそれらしき方向を指差した。


「わかった。それじゃあ、後は俺に任せてゆっくり――――ん?」


 そこでアルフレイルはなんだか妙な悪寒を感じた。


 なんだか接近するだけで臆病な自分が萎縮してしまうような、そんな野獣じみた類の気配を撒き散らしながら、先ほどのオークなど比較にならないような怪物らしきものがものすごい勢いで近づいてきている。


 今の自分にはなんとなくそういうことが分かるのだ。


 果たして――、その怪物らしき者はけたたましい足音を立て砂埃を撒き散らしながら、豪快に登場した。


「せぇ、しぃ、りぃ、ああああああぁぁぁッッ!!! 無事かあああああぁぁぁッッ!!!!」


「ひえっ!」


「え、ライオ?」


 その何者かが上げた大気を震わせ、鼓膜にビリビリと響く雄叫びにアルフレイルは思わず情けない悲鳴を上げてしまった。だがそれで済んだ自分を褒めてやりたい、今のはショックで失禁していてもおかしくはなかった。


 厳密には少年が発した雄叫びではないのだが迫力がありすぎてアルフレイルには言葉に聞き取れなかったのだ。


 なんだコイツなんだコイツ!


 なんだか戦士っぽい格好しているけど、なんだかよく見ると結構なイケメンでムカつくけど、そんなことよか血走った目付きや、やたら乱れた呼吸や、何よりオーラがヤバ過ぎる。


 本能的にアルフレイルが絶対お近づきになりたくない何かを目の前のこの少年は放っていた。


 ――――こうなったら、ブルーディスティニーを使わざるを得ない。


 勝手にはやとちりしたアルフレイルはラスボスに挑むような心境で決死の覚悟を決めたのだった。

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