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第一·五話 真の主人公ライオ

 陽が沈みかけ、辺りを闇が支配しようという時間帯、ポルカ村から通称『魔の森』と呼ばれる森へと続く草原を疾走する一つの人影があった。175センチ程の身の丈に軽装の鎧を身につけ、その手には愛用の剣が握られている。


 鎧の間からちらりと見える体つきは非常に鍛えこまれた戦士のもの。黒髪黒眼の野性味溢れる外見ながら、中々繊細に整ったその顔立ちには現在隠し切れない焦りの色が浮かんでいた。


「……くそっ!」


 その少年、ライオの口から思わず苛立ちの声が零れた。


 ライオにとって自分自身の鍛練もそりゃあ大事なことではあるのだが、別にセシリアのためなら彼女が森に赴く時間程度、それを削るぐらいどうということはない。


 村長に「頼まれてくれんかのう?」なんて頭を下げられ、義姉に頭を小突かれる間でもなかったのだ。そうして彼女の警護を勤めた初日、要するに昨日のことである。


「ねぇ、ライオ……、帰ってくれないかな? 邪魔だから」


「な、なんだとぉ!?」


 何故だかよく分からないが可愛らしい顔に青筋を立ててセシリアは激怒していた。そして言いやがった、お前邪魔だから帰れと。


 いつものような何気ないやり取りをしつつ、彼女の警護のために森に赴いたまではよかった。しかし、彼女が鍛練をしている最中ライオにはすることが無かったのである。いや、厳密には無いわけではない、そう、セシリアの警護である。


 しかし、自分達に危害を加えるような魔物が近づけばライオには気配ですぐ分かる。そしてそんな魔物の気配は現在辺りには感じられなかった。そうしているとじっとしているのが苦手なライオである。目の前には真剣に瞑想を行っているセシリア。


 表情豊かなセシリアは普段悪戯するには絶好の相手だが、彼女にとってこの修練は遊びではないのだ。悪戯などもってのほかである。


 そこでライオはこの真剣な空気に肖り、自分も素振りでもすることにした。


 びゅんッ、びゅんッ、びゅんッ、びゅんッ。


「ゴメン、ライオ……、音が気になって集中出来ないんだけど」


「ん、ああ、ワリィ」


 すぐに瞑想中のセシリアから苦情がきた。ああ、たしかにこれはうるさいかもしれん。わざわざ護衛をしてやってるこの俺に随分と我が儘な奴だ、と思わないこともなかったが……彼女の邪魔になるのではしかたない、ライオはじっとしていることにした。


 しかしそこはじっとしているのが苦手なライオである。五分もじっと彼女の瞑想する様子を見ていたがすぐ限界がきた。何か時間を潰す方法は無いものか? 素振りは音がうるさいからダメ、そうだ、だったら腕立て伏せでもやろう。


 そうしてライオはその場で腕立て伏せを始めた。


 五十回、百回、二百回、三百回……。


 数をこなす内に段々集中力が増してくる、普段の鍛練が思い返される。そうだ目を閉じ、神経を研ぎ澄ませ、己の魔力を感じるんだ。数をこなせばこなすだけ、肉体は追い込まれていく。


 そんな風に肉体が極限まで追い込まれた状態になればなるほど、人は自然に力が振るえる、己の内側に入り込める。そうだ、自分には魔力はあっても魔力を操る力はない。自分のように魔力を持ちながらも先天的に魔力を操る力を持たない人間は多い。


 そんな風に魔力を持ちながらも操る力を持たず魔法を使うことが出来ない人間が、どうにか己の魔力を使えないかと編み出した術を魔術といい、そしてそれを戦闘に生かす術、それを読んで字の如く『魔闘術』というのだ。


 ――――そうだ、自分に魔力操作のスキルはない。そんな自分が魔力を扱うには体で覚えるしかない! 刻み込むのだ、体に、心に、魂に! 己の魔力の流れ、うねり、猛りをッ!


 ドクンッ!


 キタキタキタキタッーー!!! これだ、この体の芯から感じる熱さが魔力だ。さらにヒートアップ、この熱さを魂で振るえぇぇぇ、それが魔闘術の極意ッ!


「ぬあああああああああああッッ!!!」


「――――ライオ!」


 思わず叫んでしまった……しかし気合云々以前に彼女にとってはすでに腕立ての段階で大分アレだったらしい、神経を研ぎ澄ませてるから些細な音でも気にかかるそうだ。再びセシリアの修練している姿を黙って見守るライオ、しかしそこはじっとしているのが本ッ当に苦手なライオである。


 そこでライオは時間潰しの良い方法を精一杯考えた。すぐに明暗が浮かんだ。


 ――――寝よう。


 ざわざわ……と森の香りをふんだんに含んだ柔らかい風がセシリアの頬を撫でていく。


 この森の空気を肌できた。それだけではない、この場所で目を閉じれば今でも甦る。


 幼い頃の、両親との数少ない思い出が。


 超一流の魔法使いである母が、自分に教えてくれたこと。その、短くも濃密な時間はいつになっても色褪せることなくセシリアの思い出と共にある。


 あの頃と違い、今ではここにも魔物が住み始めた。自分を心配する人達には申し訳なく思う。


 それでも、やはり魔法の修練はこの場所でなくてはダメなのだ。


 ――――瞑想。


 魔法使いにとってもっとも基本的な修練法である。禅を組み、目を閉じて自身の体内の魔力の循環を感じ取る。


 地味である。


 とっても地味で退屈な修練法である。しかし続ければ確実に効果がある、派手で大きく力を伸ばす魔法の修練法は研究が進んだ現在では色々とあるが、母には必ず毎日瞑想を続けるように、と口を酸っぱくして言われたものだ。


『基本を疎かにしていたら魔法使いとして大成できない』というのは母の口癖だった。


 その教えを忠実に守りセシリアは魔法使いとしてどれだけ力を付けようとも、必ず修練始めには瞑想を行っているのだ。


 本日は二度ほど妨害にあっているが。


 その妨害をしてくれた犯人はどうやら今度は居眠りを始めたらしい。寝息が瞑想中のセシリアの耳に届いてくる。


(…………もう、ライオったら)


 とっても欝陶しい。しかし三度瞑想を中断し文句を言おうとして立ち上がったところでセシリアは思った。この程度のことで意識を乱されているようでは自分は魔法使いとしてはまだまだなのではないか? と。


(お母さんがいたら……、きっとそう言われちゃうだろうなぁ……)


 それに――。


(気持ちよさそうに寝てるのに起こすの可哀相だもんね)


 ヨダレを垂らしながらがーがーと眠りこけるライオの姿を見ていると、セシリアは思わず笑みが零れてしまう。


 思えば、昔から傍目から見ていても非常に厳しい鍛練を自らに課しているライオ。母のような魔法使いを目指すべくセシリアも幼い頃から研鑽を積んできた人間だが、そんなセシリアから見てもライオはすごいと思う。


 ライオの自分自身の追い込み方はハンパではない……。彼を見ていると自分ももっと頑張らなくてはと、セシリアはいつも思わされる。恥ずかしいからとても本人には言えやしないが。


 なんのためにそんなに頑張っているのかというと、ライオは王都アルトリスの騎士になりたいらしい。以前聞いたらそう答えてくれた。ライオならきっと、立派な騎士になれるだろう。


「むにゃむにゃ……せしりあ~」


「え?」


 不意に眠りこけているライオが自分の名前を呼んだ。


 自分が夢にでも出てきているのだろうか? …………どんな、夢を見ているんだろう?


 何故だかセシリアは彼の寝言がむしょうに気になり、近づいて顔を寄せてみた。


「……あ」


 寄せてから急にセシリアは恥ずかしくなった。何故、こんなにドキドキするんだろう? 今思えば、幼い頃からケンカをすることも多かったが、何か辛いことがあったときライオはいつも自分の傍にいてくれた気がする。


 幼少の思い出の中には、自分の不注意で魔物に襲われる嵌めになった時、大人達を差し置いて凄まじい形相で自分を助けにきた彼の姿もあった。


「せしりあ~~」


 彼に、寝言で名前を呼ばれるたびに胸の鼓動が高鳴るのは――何故?


「…………ライオ?」


 そこでライオの口元がイヤラシイ三日月を描いた。それから自分自身の体をぎゅうと抱きしめて、


「もう、甘えんぼだなぁせしりあ~~。そんなに擦り寄ってくるなって、おいおい皆見てるだろ~~」


「………………」


 ホントに、どんな夢を見ているんだろう?


 セシリアはすっくと無言で立ち上がるとライオのそのやたら幸せそうな寝顔を思いっきり踏みつけてやった。


◇◆◇


 わざわざ護衛をしてやってる人の顔面を踏んで起こしたばかりか、いきなり邪魔だから帰れとは何事か!


 世の中には女性に踏まれて喜ぶ人種もいるのだが、幸か不幸かライオにそういう性癖は無かったのでただ純粋にドタマにきた。ちなみに夢の内容はセシリアに踏まれた時ショックで全部忘れた。


 十分ばかり聞くにたえない醜い罵り合いをしたあとライオは怒り心頭で彼女を置いてさっさと森を去ってしまったのが昨日のこと。


 今日の朝、彼女とは一度顔を合わせたが昨日が昨日なので、お互い「ふんっ」とそっぽを向いてそれっきりである。


 その様子を見ていた義姉には頭を小突かれ、村のみんなからもさっさと仲直りしろと言われた。しかし謝る気はない。なにせ今回、どっからどう考えても自分は悪くないのだ。


 セシリアが森に赴く時間になってもライオは当然付いていかなかった。当然である、誰が貴重な鍛練の時間を削ってまで、あんな傲慢な女を守ってやるものか。


 しかし、そうしてセシリアの護衛そっちのけで始めた修行は何故だかサッパリ身が入らなかった。


 師匠のドワーフであるゼフからは「身が入っておらんぞ!」と散々に怒られる始末。


 何故だかいつもと違う。そうだ、時折こんな風に全然やる気がしない時がある。そんな時は決まって――――。


 どうにか稽古を終えて帰ってきた時、ライオはセシリアがまだ森から戻っていないことを聞かされた。


 陽ももうすぐ落ちようかという時間、普通だったらとっくに帰っている時間帯だった。


 そのことを知った途端、鍛練の疲労も忘れ、ライオは制止の声も聞かず電光石火の如く魔の森目指した駆け出していた。


 普段ならさして大した時間もかからずにつく森が今日に限って何故か遠く感じる。その間にも自身の脳内での悪い想像は膨らむばかりであった。


 ――――早く、速く、もっと疾く!


「――あれはっ!?」


「ギギギッ!」


 ようやく森の入り口が見えた時、ライオの目に映ったのは三匹の蜂の魔物、キラービー。


 別に目にするのは初めてでは無いし、今まで数多く倒した経験があるモンスターだ。毒にさえ気をつければライオの実力ならばまるで問題ないモンスターである。


 だが問題なのはそんなことではない。


 なぜコイツらがこんなところにいるんだ? この魔の森じゃまずお目にかかれないモンスターだった。


「だりゃあああああッッ!」


「ギッ!?」


 魔闘術の基本である魔力を使った身体能力の強化、瞬間ライオは颶風と化した。


 それはキラービーの反応速度を遥かに凌駕するスピードだった。瞬く間にライオはキラービーに接近、それは一瞬の煌めき――。


 すれ違い様、鞘から抜き放たれた白銀の閃光が三筋の軌跡を描いた。並の者には剣閃を目で追うことすら叶わないであろう程の電光石火の早業であった。


 三匹の胴体が泣き別れしたキラービー達が地面に転がっていた。まだ死んではいない、ピクピクと痙攣している。


 しかしすでにライオはその場にはいなかった。そんな魔物のことなどはすでに彼の頭の中から失せていた。


 なにか胸騒ぎがする、頼む無事で居てくれ! ライオは限界に近い速度から魔力を使ってさらに加速した。脚が悲鳴を上げていたが、そんなことは知ったことではなかった。


「――――セシリアァァァ!!!」

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