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第一話 白銀の天使

「はあああああ……!」


 集中力。それは魔法を成功させるにおいて一番大事なことだ。


 自分に向かってくる魔物の威圧感が、魔法の行使をより困難なものにする。


 とくに何だかんだ言っても普段自分を守ってくれる頼もしい幼なじみも、今この場にはいない。


 けど、それがどうしたというのだ! この程度の魔物から自分の身一つ守れないようでは、きっと自分が志す目標には手が届かないだろう。


 セシリアの夕陽を彷彿させるような煌めきを持った紅い髪が、魔物に向けて伸ばされた人差し指の先端、輝きを強めていく炎の波動に揺らされる。


 極めて上品に整った、姫君のような気品ある顔立ちと、ルビーのような真紅の瞳に精一杯の勇気を張り付け、彼女は完成した魔法を魔物たちに放った。


「ファイヤーボール!」


 可愛らしい声とともに放たれた火の弾丸は暴力的な速度で魔物たちに襲い掛かり、突進してきたオーク三体を纏めて吹き飛ばした。


「ぴぎいいいいいいい!?」


 焼き豚と化したオークは戦闘不能。


 残る魔物は、あと、三体……。


「はぁ……はぁ……」


 実戦の緊張のなか、連続で魔法を使いつづけ、セシリアはすでに倒れそうなほどに疲労していた。


 セシリアが住んでるポルカ村から出て東北に二キロほど進んだところにある森。


 ここは幼い頃からセシリアが魔法の修練によく使っていた場所だった。しかしこの森にも最近になって魔物が住み着くようになった。


 村長にも「最近ではあの森魔物の数が増えているから、一人で行くのは止めなさい」と言われていたのだが。


 しかし皆に迷惑を掛けていることを承知でセシリアはそれでもこの場所にこだわった。


「わたしだってそこそこ戦えるんだから、ちょっとやそっとの魔物ぐらい自分で撃退できるよ!」と結局セシリアは村長の言うことを突っぱねてしまったのだ。


 そこで仕方なく村長はセシリアの幼なじみである村の騎士を志す少年ライオにセシリアが森に赴く際の護衛を頼んだのだが……。ライオは確かにセシリアと同じ歳にして既に超一流と呼んでも差し支えない程のスゴ腕なのだが、コレに関しては村長の人選ミスだったと言わざるを得ない。


 結果二人はケンカして、今日、一人でセシリアはいつものように鍛練に森に赴いたところ運悪く狙い澄ましたようなタイミングでオークの群れに襲われ、現在セシリアはピンチになっているというわけだが。


 しかしこれはちょっとやそっというレベルではない。不可解だった、オークの群れがこの森に出現するのはいくらなんでもおかしい。 


 村長のいうことを突っぱねてしまったから罰が当たってしまったのだろうか?


 ――――ライオ。


 不意に頭に浮かんだ少年の顔。そういえば、昔もこんなことがあった。あの時、こんなふう魔物に襲われた時のことだった。


 ああそうだ、彼とは幼なじみの少年ともケンカしたままというのは良くない。


 だけどそんなことを考えるのは後でいい。


 ――――わたしはまだこんなところで死ねない、死んでたまるかッ!


 疲労から悲鳴を上げる心身を精神力で支え、セシリアは残り少ない魔法力を絞り出す。


「ぴぎぃぃ!?」


 魔法の発動を察知し慌てるオークたち。取るに足らない少女だと思って掛かったらとんでもない目に合わされた。この少女に魔法を使わせるわけにはいかない。


 そう思ったオークは咄嗟に手に持っていた、木の棒の先端に鋭く削った石を括りつけて作ったなんとも原始的なその槍をセシリアに投げつけた。


「え……!? きゃあ!」


 魔法に集中しながらオークの動きにも気を配っていたセシリアだったが、度重なる魔法の行使で疲労していたこともあり、反応が遅れてしまったのだ。


 ただ力任せにブン投げた槍とはいえ、怪力のオークがやっただけにその身体能力は常人とさして変わらない魔法使いの女の子にはキツイものがあった。


「あいたた……、あ!?」


 槍が直撃し、その衝撃で倒れ、目を白黒させながらもどうにか意識を繋ぎとめたセシリアだったが、気づいた時にはすでにオークが目の前に立っていた。ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべるオーク、その手がゆっくりとこちらに迫ってくる。


「――――い、嫌ぁっ!」


 この距離では魔法は間に合わない。体術にも多少の心得はあるが、自分のそれなどオークにはとても通用しないだろう。


 ああ、なんてことだろう、自分は今からこの魔物たちに蹂躙され、嬲り殺しにされるのだ。


 恐怖心から反射的にぎゅう、と目をつむる。


 ――――助けてライオ!


「ぴぎいいいいいいいいい!?」


 瞬間ドゴォ! という凄まじい打撃音。


 それとともに自分の目の前にいたオークが悲鳴を上げながら凄まじい勢いで吹っ飛んでいくのを感じた。


「…………え? ラ…………イ……オ?」


「大丈夫か?」


 それは、聞く者の心に響き渡るような不思議な……声だった。


 その声に導かれるようにセシリアはゆっくりと瞼を開ける。


「――――――!」


 絶句してしまった。


 ありえない。ありえないぐらいに美しい、という言葉では片付けられないぐらい美しい青年が、人知を越えた神秘的な色合いのその碧と紅のオッドアイで自分のことを見下ろしていたのだ。


 人として理想的なバランスを持ったスラリと伸びた身長、やや細身ながら極限まで鍛え抜かれた体躯に、着れる人間を相当に限定するであろう、見たこともない派手な装飾がなされた黒い戦闘装束?を纏っている。雪を彷彿させるようなシミ一つないであろう白い肌にはその服装が不思議とよく似合っていた。


 そして薄暗い森のなかだからこそ、一層映えるその白銀の輝き。ショートシャギーの銀髪は眩しいぐらいの輝きを放っている。


 何より才能溢れる職人がその生涯をかけてさえ辿り着けるかどうかわからない究極の造形美とよんですら差し支えないであろうその顔立ち。


 ――――天使……さま?


 魔法にかかってしまったように口から言葉が出てこない。そんなセシリアを見て青年は困ったように、


「えと……、俺の言葉がわかるか? わかるなら返事をしてくれ」


 そう言われてようやくセシリアの金縛りが解けた。そ、そうだ、とにかく返事だ返事、返事をしなきゃ。


「……あ、だ、大丈夫です! 喋れます! 分かります! 言葉通じますですよ~~!」


 だが緊張しまくったせいで言葉使いがぎごちないどころか、なんだか面白いものになってしまったが。


 あうう~~、変な娘だって思われちゃったかな? 青年はなんだかあっけにとられたように目をぱちくりさせている。


 セシリアは恥ずかしくて顔から火が吹き出そうになった。


「あ、ああ、よかった。俺さ気づいたらこの森にいて――――」


「ぴぎ~~~~!」


 なにか言おうとした青年だったが「自分たちを無視するな」と言わんがばかりのオークたちの怒声で中断させられた。


 そういえば青年の美貌で頭が真っ白になってしまいすっかり忘れていたが、まだオークが二匹ほど残っていた。


「とりあえず……、話の続きはあの豚の化け物を倒してからだな」


 青年はオークの方へと向き直ると「おりゃあああ~~!」という掛け声とともにオークたちに殴りかかっていった。


◇◆◇


 ハガレンこと波賀錬次、十九歳、気づいたら森の中。


「な、……なんじゃこりゃあああああああああ~~~~~~!!? ビックリか!? ドッキリか!? なんで森!? 夢? 頬っぺた痛~~い、は~~い、現実確定! ……って、なんでさ?」


 残念ながら夢では無いらしかった。


 とりあえず喚いた。ちょっと涙目になってる自分がいた。なんだこの状況は、とりあえず見知らぬ森のなか、一人でものすごく不安だぞ。誰かいないのか?


 騒ぐのに疲れて一転してローテンション、体育座りしてため息ついてたら、なんだか自分がおかしな服装をしていることに気づいた。


「……こ、これは……」


 某大作ファンタジーの七作目のラスボス的存在なやたらと長い刀を持った人が一瞬頭を過ぎったが……これは違う。そうだ、さっきまで自分は在りし日の痛い思い出と向きあっていたのでは無かったか!? その在りし日の自分が夜なべして考えた主人公の服装にやけに似て……、そのまんま。


 そういえば、なんか普段の自分の声と違うぞ!? やたらと甘いイケメンヴォイスだ。体つきもやけにがっしりしているっぽいし、……脚長っ!


 ロクに日焼けしてないから肌は元から白かったが、今はそれ以上だ、すべすべだし。


「……失敬」


 錬次は自分の髪の毛をぷちっと一本取って見る……、銀髪だ。しかも染めた類の不自然なヤツじゃなく、極めてナチュラルな銀髪。さわり心地がさらさらで、……もっと触っていたい。


 さわさわ。


 さわさわ。


 さわさわ。


「今、俺は極めて大変なことになってしまったらしい。おそらく相当特殊な異世界トリップをしたと考えるべきか。多分そうだな、――――憑依だか変身だか知らんが自分が考えた厨二病全開の恥ずかしい主人公になっちまってる、なんてこったい!!」


 驚きこそしたものの、錬次は普段からそういう現実から異世界トリップするタイプのネット小説をよく読んで予備知識が無駄に豊富にあったこともあり、普通の人間なら発狂してもおかしくない異常極まりないこの状況にも案外あっさり順応できていた。


 いや、それはただ単に錬次が物事に流されやすく、いい加減な人間だったからということもあるかもしれないが。


 とにかく焦っても仕方ない、とりあえずここは冷静にならなければ。


 今自分が何をするべきか冷静に考えるんだ。


「とりあえず――、髪を触りつづける意味はないな」


 手を頭から離して。


「…………えっと、マジでどうしよう?」


 全然冷静になれていなかった。


 錬次がその場で混乱しているとブーンと、背筋がぞくりとするような羽音が迫ってきた。


 思わず反射的にその場を飛びのき、錬次がそちらを振り向くと、そこには……、でっかいハチがいた。


「ひええ!?」


 錬次は思わず悲鳴をあげた。


 なんだこれ。


 なんだこれ。


 オオスズメバチどころじゃないぞ、三十センチはありやがる。


 ただでさえ毒々しい黄色と黒の目立つ模様が大きくなっただけ迫力満点だ。


 超ビッグなハチは「ギギギ!」と鳴き声をあげ、なんだかこちらを威嚇してるようだ。恐ええ!


「せ、せめてホラ、最初に遭遇するならスライムとか……、いっそ目が覚めたら美少女が――なんて展開だったらよかったのに」


 ちなみに錬次はハチとか毒を持っているのは動物は基本的にダメである。


 できれば一生涯お近づきになりたくないとか考えている。


 オオスズメバチはその筆頭だった。え、三十センチもあるハチ? 余計にお断りだよ!


「ギギ!」


「うおっ!?」


 突然ハチがお尻の針を向けたかと思ったら、いきなりその針の先端が自分に向かって真っ直ぐ飛んできた。


 ぎょっ、とその顔面に向かって飛んできた針に意識が集中した瞬間、錬次には時間の流れがスローモーションになったようにすら感じられた。


「――――!?」


 余りにキレ味よく体が動く、自分で寒気立った程だった。針を錬次は容易に回避した。


「え……、これは!?」


「ギギ!?」


 その時錬次は感覚的になんとなく理解していた。


 この反射速度、この敏捷性、この瞬発力。


 今の自分の驚異的な身体能力の高さに。


 錬次は思った、今の自分の力があるのなら――――


 この目の前のハチからも易々逃げられるであろう。




「ふう、ここまで来れば安心だろう」


 思ったとおり、今の自分の身体能力は超人的だった。オリンピックで金メダルとかそういうレベルじゃないぞ。しかも百メートル七秒台程度と思われる猛スピードでおそらくは十キロは走ったというのに、まるで疲れを感じないし、息一つ切れやしない。


「俺Sugeeeee!! 流石はアルフレイル、凄まじい身体能力だぜ!」


 そんなチートスペックを手に入れておきながら錬次はハチに向かっていこうとは思わなかった。当然だ! あんなでっかいハチと戦うなんて冗談ではない。誤って刺されたりしたら大変だ、すっごい強力な毒とか持ってそうだし。


「はぁ……、どの方角に進めばこの森、抜けられるんだろうなぁ……」


 がむしゃらに走ってきたから方角とかはてんでワケワカメである。とりあえずさっきみたいなでかいハチとまたいつ遭遇するかわからないし、薄暗くて気味が悪いのでさっさと森は抜けたい。


「ああ、しっかしトリップしたのはいいけど、いやよくないけど……、ここってどういう世界なんだ? でっかいハチが出てきたトコ考えると、せめてファンタジーな世界ならいいんだけど……、人が一人もいない原始な世界でサバイバルとかそういう展開は勘弁して欲しいな。いくら最強主人公でも寂しくて死んじゃう……」


 ぶつくさ独り言でもしながら、とりあえず歩く。


 独り言でもしていないと不安になるのである。その時。


「――――!?」


 爆音。確かに聞こえた。


 かなり離れているようだが『アルフレイルとなった』今の自分の優れた聴力は何かが爆発したような音を確かに捉えていた。


「……行ってみるか」


 どうせ今の自分にはなんのアテもない。森でウロウロしていても仕方がないのだ。


 爆発音がした方に行けば何かのキッカケがつかめるかもしれない。


 それに――――


「爆発音……、なにが原因かは知らないが、とりあえず人はいそうで安心したぜ!」




 走る。走る。走る。


 草木を掻き分け、立ちはだかる木の枝を吹き飛ばし、獣道を駆ける駆ける。


 さっきはハチから逃げるのに夢中になってて存分に堪能できなかったが人知を越えた身体能力を扱うのは、絶叫マシンなどより数段爽快で迫力溢れる体験だった。景色が凄まじい速さで流れていく、それでいながら自身の感覚がそのスピードに容易に追いついていく。猫のように敏捷に、空中で何回転もするような、かつての自分では頭の中で想像するしか叶わない無茶苦茶な動きも容易にこなせる。


 その感覚を一言で言うなら――、チョー気持ちいい。


「いいいやっはぁあああああああ!!!」


 調子にのって目の前に迫った大木にラリアットをかました。


 頑強な筈の大木は根元からバキリと脆くも粉砕され、あっさり倒された。


「んげっ!?」


 バーサーカーかよ、俺は――――。


 自分の想像以上のパワーにちょっと引いてしまった。おいおいアルフレイル、お前デタラメ過ぎるぜ。


 今だ興奮が冷めやらぬが、そろそろ近い――、ここからは気配を殺して静かに行こう。


 場所に近づくにつれて、さらに爆発音が聞こえてくる。


「……あれは?」


 その時自分の視界に確かに爆発の原因と思われるものが映った。身を隠しながらそろそろと近づいていく。




 赤い髪が印象的な女の子だった。歳の頃は十六から十七と言ったところだろうか? どこか日本人離れしたガイジンといった顔立ちだからはっきりとはわからないが。


「日本語通じるかな? ……それにしても」


 超可愛い。まるでお姫さまみたいだ。


 容姿だけなら何とも言えんが、あれで性格が良かったら土下座してでもお付き合いしてほしい。


「……トリップしてよかった」


 この時錬次は初めて異世界トリップしたことを心底感謝した。


 その女の子の周りを豚っぽい化け物が取り囲んでいる。獣の皮っぽい物で大事なところは隠しているがあとは殆ど全裸だ。手には原始的な槍を持っている。


 ――――あれはオークってヤツか? じゃあここはやっぱりファンタジーな世界!? ん?


 そこで錬次はあることに気づいた。少女を取り囲んでいるオークたちは六匹ほどだが、何だか丸焦げになってるオークの死骸らしきものも四つばかりその場には転がっていたのだ。


 そういえばここに来る途中にも散々爆発音が聞こえてきたが――――。


「あっ!」


 少女を取り囲むようにしていたオークの内の三体が槍を構えて少女に突進していった。


 ――――危ない!?


 しかし、次の瞬間少女の指先から放たれた火球がオーク三体を纏めて吹き飛ばした。


「おおおお!」


 魔法!?


 これは、なんというファンタジー!


 錬次は握り締めた掌が汗でジトっと湿っているのを感じた。興奮してドキドキしてワクワクして体が震えている。


 こんな気分になったのはいつ以来だろう?


 とにかく今ので残りの化け物はあと三体か……。


 しかし錬次の目から見ても少女は随分疲れているように見える。助太刀すべきか?


 そうだな、今の自分はなんといっても最強チートな厨二病の権化、あんな豚の化け物ぐらい余裕に決まっている。


 ここは颯爽と登場してカッコよく少女を助けるべきだ。最強主人公らしく。ではさっそく――――。


「…………いや」


 脚が震えてる。化け物の異様が目に入る。ニメートルはある……、とても重そうだ。とても強そうだ。素の自分だったら多分一秒で捻られるだろう。愛嬌すら感じられた、豚によく似た顔が、なんでか急に恐ろしく見えた。


「……まあ、今出ていったら危険だしな……、あの女の子が全部化け物を倒してからでも」


 我ながらなんと情けない。ヘタレである。チキンである。


 しかし恐い。どうしようもなく恐い。錬次はケンカすらロクにしたことがない人種である。


 それに今飛び出せばやるのはケンカではなく、おそらく、いや確実に命のやり取りである。


 しかも、あんな恐ろしい化け物と。


 今の自分が超人的な力を持っているという事実さえ、そんな現実を目の当たりにするとおかしな夢や幻のように見えてくるから不思議だ。


 向かっていった自分が逆にやられるイメージしか湧いてこない。


 行くべきか行かないべきか、錬次が悶々としているなか、少女は戦いにケリをつけるべく最後の力を振り絞り魔法を発動させる。


 しかし、それを阻止しようとリーダー格のオークが槍を投げつけたのだ。致命傷になるような怪我こそ負わなかったものの少女は悲鳴を上げ、倒れた。


「――――!?」


 かっと体が熱くなった。


 ――――な、何をやってるんだよ俺は、行けよ。脚の震えは止まらないばかりか一層激しくなる。心臓の鼓動が、五月蝿い。


 少女に近づいていくオーク、気づいた少女は蒼白な顔になって後じさる。


 ――――行けよ行けよ行けよ行けよ行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け!!!


 少女が怖がる様子を楽しむように、少女の不安を煽るようにオークはゆっくりと少女に手を伸ばしていく。そのオークの下卑た表情、少女が目に涙を浮かべながら蹲まった時、錬次は気づけば弾けたように飛び出していた。


 灼熱のようにたぎる心に呼応するかのように、体はさっきよりも数段鋭く、稲妻のような俊敏性で動いた。


「ぴぎ!?」


 突然の乱入者に驚くオークの顔面にドロップキック。悲鳴をあげながらオークは弾丸のような勢いで吹っ飛ばされ、そのまま向かいの木に叩きつけられ気を失った。いや、絶命しているかもしれない。


 ―――なんだ、弱いじゃん。そりゃそうだ。たかがオークごときに自分の厨二病の集大成が負けるわけがない。残りのオークに視線を向けるとオークたちはビクっと体を震わせる。


 さっきまではあんなに恐ろしく見えたオークが、今ではずいぶんコミカルな愛嬌ある生物に見えた。とりあえずオークは無視して震えている少女の方を向く。震えている、当然だ。いくら魔法らしき超常的な力が使えるとはいえ、こんな少女があんな大きな大勢の化け物、に立ち向かうのに、一体どれだけの勇気を必要としただろう。


 それに引きかえ自分はチート性能の体を持っていながら、やすやすオークを倒せる力を持っていながら、この体たらくだ――――、本当に情けない。


 すぐに助けてやれなくてごめん。心の中で名も知らぬ少女に謝ると錬次は自分に出せる限りの優しい声で、震え、蹲まる少女に声をかけた。


「大丈夫か?」


 なにか、呟きながら少女はゆっくりとその顔をあげる。


 その瞬間、錬次は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。


 ヤバイ、間近でみると余計に可愛い!


 リアルファンタジーを甘く見ていた。なんて非現実的な可愛さだ。現実世界のアイドルなんて目じゃない。


「…………?」


 少女は不思議と自分を見たまま、なにも喋らなかった。そのままお見合い状態が続く。


 錬次は本気で焦った。なんで何も喋らないんだ? そうだ、ひょっとしたら言葉が通じていないのかもしれない。……さっき「ファイヤーボール」とか言ってたような気がするが、ひょっとして英語じゃなきゃダメとか?


「えと……、俺の言葉がわかるか? わかるなら返事をしてくれ」


 頼む、頼むからワタシニホンゴワッカリマセ~ンなんていう事態は勘弁してくれ~~。そんな錬次の祈りが通じたのかどうかは定かではないがどうやら普通に日本語が通じたようだ。


「……あ、だ、大丈夫です! 喋れます! 分かります! 言葉通じますですよ~~!」


 ちゃんと言葉が通じることに錬次は心の底から安心した。しかしそのことがどうでもいいことのように思えるほど、そのとき錬次は大きな衝撃を受けたのだった。


 錬次の脳裏を何度も何度も少女の言葉とリアクションが山彦のごとくリフレインしていく。ぱっと見た感じ、清楚な気品の満ちた美少女の、あわててドモったリアクションがあまりに可愛かったのだ。非現実的な程に。


 これが、現実と化したファンタジーなのか!?


 そのあまりの破壊力に錬次はフリーズしてしまった。


 ………………はっ!?


「あ、ああ、よかった。俺さ気づいたらこの森にいて――――」


 半分ごまかすように話を続けようとした最中「ぴぎ~~~~!」と放置していたオークの怒声で会話が中断させられる。


 錬次は自信満々にオークに向き直った。弱い者には滅法強い。


 イメージが悪いし、いい気もしないので普段は絶対にやらないが、相手はたぶん悪者だから弱い者いじめをやっても問題あるまい。


 とにかくわざわざ引き立て役を引き受けてくれたオーク諸君相手に俺Tueeee!!! を始めるとしよう。


「おりゃあああ~~!」

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