第4話 オッサンの上半身
私は最後に抽出されたであろうアリの群れと絶賛格闘中であったが、ズリズリと倒れたオッサンの方向へと移動を開始した。
オッサンは下半身を食われており、出血多量な上に痛みも大きかったらしくすでに息が無いようだ。
あまりいい気分では無いのだが、オッサンの奇跡的に残った上半身は勢いでいただいた。許せオッサン! 私の方も必死なのだ!
こうして、まったりした激闘の後には何も残らなかった。私が消化出来る物は全部消化し、更に比較的にきれいな下水路の水も使ってその場を洗い流した。万が一食べ残しがあっても、今の放水で全部消えただろう。
自分が井戸の汲み上げポンプみたいに動けることも分かった。
オッサンの背負っていた道具類については、私が有効活用させていただくことになった。
アリがこちら側の穴から脱出していった理由は不明だが、元々はそこまで奥や下に通じていないのだろう。ここは岩盤は強固ながら地下水も豊富な土地なのかもしれない。
アリは乾燥した地域に根付く生き物という印象があるし、こうした湿気の多い場所では生活し辛いものだと思っていたがそうでもないようだ。
巣の規模が比較的に小さかったという可能性が高そうだが、私は何とかアリどもを喰尽くしてここの所有権を得た。
それにしても、アリがこのまま基礎を掘りまくれば、上にある都市はその内に沈むのではないだろうか。
あまり長い間にここに暮らすのも危ないかもな、などと思ったりはしたものの、私は当面の間は世話になるであろう住処の掘削作業に戻ることにした。
オッサンが降りてきてからそれほど時間は過ぎていない。いないのだが急ぐ必要はある。
他の担当者が先ほど喰われたオッサンが戻らないことを不審に思い、誰が様子を見てくるか大いに揉めた後でカードで負けた奴が行けとなったとしよう。
そこから不毛な3回勝負に突入して、家に道具を忘れたと嘘をついて時間を稼ぎ、ようやく嫌々ながらここまで降りてくるのに後2刻(約4時間)しかないかもしれない!
〔※1刻は約2時間。1日は12刻で夜間に日付が変わります〕
しかもこれは全部が私の想像でしか無く、半刻(約1時間)ほどで降りて来てしまうかもしれないのだ。
仮の住処を掘っている分岐路は、オッサンが降りてくる縦穴から近い。彼らはアリの存在に気がついており、怖いだろうからここには入って来ないと思うが、さすがに作業中の音がすればランタンを持って覗きに来るに違いない。
とにかくは耳をすませながら、出来るだけ静かに穴を掘り、自分の隠れるスペースと出来た穴を塞ぐことだけは行っておかないといけない。
私はアリを大量に消化したことで『穴掘り』が非常に素早く出来るようになった。更に本来の膂力と素早さも向上しているらしい。これでどんどん土を掻き出して行く。
持ち出されなかったサナギと幼虫が出てきたが、こいつらはモグモグと喰っていく。アリの幼虫の栄養が無駄に豊富だ! 私はこの時点で6アーム(≒m)にまでデカくなってしまった。
まだ他のオッサンは降りて来ないな。
私は穴の内部の縦横高さを何とか自分より少し大きいくらいの7アーム(≒m)にまで広げることが出来た。
ここからはアリの特殊能力である『内壁加工』をアレンジして使って行く。
私はアリの巣の内壁をツルツルで崩れにくく丈夫にする能力が身に付いたが、これに布を作る能力を加えてブロックが作れないか試してみた。
掘り出した土を今度は喰っていく。そしてジャジャジャジャジャとばかりに体の下からニョッキリ出てきたのは真四角に整形され、表面がツルツルの茶色い板状ブロックだった。大成功だ!
姿がこうじゃなければ大工として食っていける。その場合には土が喰えても、ブロックをどっちの穴から出すのかが悩ましい。ケツ穴か口が裂けて死ぬというのはどういう気分であろうか。
私は不毛な想像をやめることにして作業に戻ることにした。
アリの巣だった場所を全部掘ったわけでも無いので、穴の内部は所々に50ドーメン(≒㎝)くらいの穴がまだ開いている。これは見つからない様に注意しつつオッサンのランタンで確認した。
アリの穴には土と粘着液を混ぜたものをニュルニュルと流し込んだ。これで放置しておけば固まるはずだ。
その上で床と壁には先ほど作成した『土のタイル』を敷き詰めて、これも粘着液で固定していく。
これは地下で生きる上で相当に使える能力ではないだろうか? 壁も床もあっという間にツルツルのキレイな物になってくれて、立派な隠れ家へと変貌した。
天井については基礎の石材部分がむき出しになっており、しかも一部が換気路〔この地下の換気を担当する壁内の設備〕に繋がっているらしくそのままにした。出来れば竈でも作って据えたい。あそこまで煙突を伸ばせば何とかなるだろう。
最後に入り口の補強を行ってから、土タイルを積み上げて、粘着液を使ってデカい扉を作った。蝶番は無いので、穴に嵌め込む式の扉だ。フタとも言う。
蹴り倒されない様に裏面に足まで作った。一度引き出して、持ち上げながらずらすしか開ける方法は無いがこれで良いのだ。
ようやく作業が一段落したところで、私はランタンを素早く消した。音と声がしたのだ。
「それで、サボールはまだ帰って来ないんだね。ついでに探しとくから、とにかくアタシらは降りるよ。分厚い肉切りナイフを持った狂人を狩り出さないといけないんだ」
声からして、降りて来たのは「尿漏れのジャイナ」さんの4人チームらしい。
しかもオッサンの名前が判明した。サボール氏よ、お願いだから苦情は神に言っていただきたい。こちらに戻って来る場合は願いを盛るなよ!
しかも今度は犯罪者狩りらしいな。今ここで出ていったら、きっと床に4人分の池が出来そうだが同時に火炎瓶が飛んでくるのは目に見えている。
彼女たちは、恐怖を感じても体が戦える様に出来ているのだ。彼女たちだけではなく、何故か騎士連中もジョロロ~っという感じらしいが、戦果はちゃんともぎ取ってくるあたりよく分からない都市でもある。
出来るだけ静かにして、やり過ごすに越したことは無いだろうな。
それにしてもジャイナさん達の下半身の健康が気になって仕方がない。