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第35話 お嬢様はときめく④

注):今回もモレーナさんに焦点をあてた三人称視点のお話になります。次回から主人公視点に戻ります。








「何事だ!? パンパアース、文句があるなら兵営で聞く。ここへ何をしに来た? ここは役所だぞ。連合領主府の窓口の一つなのだ。騒ぎを起こせば……」


 モレーナはまず、この錯乱(さくらん)している様にしか見えない学生を止めようとした。


「何を言っている。私の将来がかかっているんだぞ。お前らは真面目に先生を探していないではないか!? ここが何処であろうと関係あるか! 口答(くちごた)えするな平民め!」


 モレーナの台詞を(さえぎ)り、学生のパンパアースは癇癪(かんしゃく)を爆発させたようだ。

 彼はローブもシワだらけのクシャクシャにしており、耳の下まである茶色い髪はモシャモシャだったし、目は充血して酷い陰惨な表情になってしまっていた。


 しかも彼はモレーナが貴族令嬢であることを知らなかった。


 パンパアースや一般の常識では、貴族の子女がこの都市で騎士を(つと)め、鎧の下はピラッピラのきわどいミニスカで地下に降りていって、しかも『接敵(せってき)したら下からジャー』は本当にあり得ない話なのである。


 騎士団では身分の違いは関係ない。モレーナも()えて言わないので、彼女がジノアート家の人間であるのは知る人ぞ知る事実になっていたのだ。


 パンパアースの方は、そんな己の無知(むち)から相手を怒鳴り付け、しかも腰の赤い杖を抜いて火炎の魔法を受付カウンターへと放ってしまった。








「危ない!〔ゴボボ〕」


 狙いの甘そうな魔法が撃たれる直前、受付カウンターを越えてモレーナに向かいそうであるソレを察したツライオは、自分のコートを(つか)むやモレーナの前にコートを広げた。


 「ボフォオッ」とでもいう音がして、コートの表面で火炎が散らされたのは次の瞬間だ。


「モレーナ隊長、お怪我はありませんか?〔ゴボゴボ〕」


 急いでそう(たず)ねるツライオに、モレーナの方は少しポーっとなった視線を向けていたが、入り口近くで起こった再度の喧騒(けんそう)の為に我に返った。


「怪我は無い。ツライオ殿、その……ありがとう」


 モレーナはそんなことをモゴモゴと言った。


「な、私の術が。そこのデカいの、貴様は何をするのファガダァッ!」


 その時のパンパアースは、役所の入り口近くから魔法を撃った体勢のまま理不尽な抗議を行ったようだが、真横から飛んできた拳に顔を殴打されて吹き飛んだ。


「何て真似しやがる、この野郎!」


 パンパアースを拳で吹き飛ばしたのは、丁度近くで飲んでいたジャイナのようである。


 倒れたパンパアースは、更に何回かボコボコと殴られ、完全に気を失ったところで縄で拘束されて杖も取り上げられたようだ。


「モレーナの方は無事だな。ツライオさん、それすげえコートだな」


 パンパアースが縛り上げられて、ジャイナは受付カウンターの方に寄ってきた。ツライオのコートが、ほぼ完全に魔法を弾いたらしいことをその場の多くの者が見ていたのだ。


「少し熱くなったが役に立って良かった。ジャイナさんもお疲れ様〔ゴボボ〕」


 ツライオはコートの表面を見てそんなことを言っている。コートは熱くなったようだが()げたり破れたりはしなかった。


「助かりました、ツライオ殿。このお礼は後日改めてさせていただきます。ジャイナにも手間をかけたな。出来るだけ早く警報が解除されるように団長には頼んでみる」


 モレーナはそう言うと、縛り上げたパンパアースを連れて、ついでに暇してる狩人たちにも付き合ってもらいながら役所を出た。


「ツライオさん、怪我してませんか?」


 後ろで事の次第(しだい)を見ていたナミーモリー女史は、全員が引き上げた後でツライオにそう聞いてきた。


「怪我などはありませんが、何やら面倒なことになって来ましたね〔ゴボゴボ〕」


 ツライオとしてはそう言うしかなかった。ただ彼としては、モレーナに織物の販売先を紹介してもらえそうであり、カネを儲ける機会が向こうからやって来てくれた様なものだったから面接には満足していた。








「団長、警戒警報ですが早期の解除を具申(ぐしん)いたします」


 モレーナは役所の騒ぎの後、自分の兵営に戻らずに北東部にある第1兵営に来ていた。騎士団の本部である。団長に直接意見を言いに来たのだ。


 騎士団は北東・南東・南西・北西の順番に第1~第8までの部隊が2部隊ずつ配置されている。4つの各地域には兵営が2つずつあって、兵営ごとに1部隊が駐屯(ちゅうとん)していた。

 4つの地域のそれぞれに第1兵営と第2兵営があり、第1は旧市街、第2は新市街側が主な管轄区域である。

 ただし地下の案件については騎士団の全てが関わることになっていた。


「モレーナ隊長。早期の警報解除を行っても問題ないと思われる理由は何かな?」


 『ヒマダネル・タリーオ』騎士団長はモレーナに話を続けるように(うなが)した。彼も狩人達から苦情が出ているのは知っていたし、実は領主府や都市設備管理機構からも文句が来ていたのである。


「今回、多数の騎士が地下に降りてウォムツゥ教師の捜索を行いました。結果は『何も発見出来ず』でしたが、そもそもこの結果が答えであると考えます。正確には地下の排水設備全域を調べ『いかなる脅威存在も発見出来なかった』わけです。鎧の巨人もクーネルも消えたと見るべきでしょう」


 モレーナはそこまで一気にヒマダネル団長に伝えた。

 鎧の巨人については、遥かな昔から目撃情報があったが一般には秘匿(ひとく)されていた。


「確かに帝国には、姿を消してそのままの人外も少しは存在するな。鎧の巨人も逃げた後は追跡出来なかった例が山の様にある。連中は姿を(くら)ませたと思うか」


 ヒマダネル団長としてもこれ以上は「探しても何も見つかりませんでした」が通らなくなって来ていた。彼としてもそろそろ解除しようかなという気ではあるらしい。


「地下の設備の床の下は未知の領域です。それに水に潜れるのであれば、海にでも新市街の外にでも逃れる場所はたくさんあります。あまり考えたくありませんが」


 クーネルが狭い隙間をくぐり抜け、水中でも生存が可能ならば逃げる場所は実は多いのである。


 都市の外部で被害が発生するのは、騎士団としては出来れば考えたくなかった。


 モレーナとしては、知り合いたい人外が都市の外へ出ていってしまうのは本当は止めたかった。だが、探しても居ない者はどうしようもないのが現状なのだ。


「分かった。他の隊長にも意見を聞こう。実は私も限界でな。早いうちに警報を解除するしかないとは思っていたのだ」


 ヒマダネル団長からはそんな台詞も出てモレーナの意見具申(ぐしん)は終わった。


 ちなみに学生のパンパアースであるが、翌日に北東部第1兵営の牢屋で死んでいるのが発見されて終わった。


 モレーナとしては、彼の実家が口封じの為に殺したと見たが既にどうにもならなかった。そしてこういった真似が平然と行われることについて、彼女は暗澹(あんたん)たる気分に襲われたが追及するつもりも全く無かった。







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