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第32話 お嬢様はときめく①

注):今回はモレーナさんに焦点をあてた三人称視点のお話になります。







 北西部第2兵営が(あわ)ただしくなったのは、昼番の業務が始まったばかりのまだ朝の時間のことだった。


 遊撃防衛騎士団の各部隊は、完全2交代制で昼と夜の両方にわたって市中の治安を護っている。

 治安維持組織と言えば、夜から早朝にかけて動く『夜警』と、同じく資格職である『警備員』がさらに加わる。彼らは協力して警邏(けいら)などを行い、都市の地上の安全を何とか維持していた。


 そして騎士団に限っては、地下でも大事があった場合にこれを調査し、大規模討伐を含む全ての手段でもってこれに対処(たいしょ)することがあるのだ。


 隊長の執務室に居たモレーナは、目の前の遠隔会議用の魔法具が正面にある四角い表示盤(ひょうじばん)に文字を映すのを見てため息が出た。


 朝からこれが起動するのはロクでもない(しら)せに決まっていた。たとえ文字しか表示しないのだとしても、従わなければならないのは本当に気が滅入る話だった。


「ウォムツゥ教師がとうとう行方不明になったか。死亡の可能性が大と来た。あの男の場合は天罰だな。こっちは新しく役所に入った『流しの魔法使い』の面接に行かねばならないというのに……」


 モレーナが一人の時に愚痴(ぐち)を吐くのは珍しいことではない。彼女は部下の前での態度だけを気を付けていた。

 ついでに言えば、無自覚にエロい格好の女騎士などというのも演技である。分かっていて見せまくっているのだ。彼女は運命の人外(ひと)との出会いについて妥協(だきょう)していないのだった。

 

 (くだん)のウォムツゥ教師であるが、彼は挨拶した瞬間から出るのが『嫌味(いやみ)』か『愚痴(ぐち)』の二択という問題のありすぎる人間だった。


 それが地下の調査中に消えたと言われても、騎士団のほぼ全員が「そうですか、良かったですね」と言いそうな人物なのだ。


――きっと地下の黒アリにでも喧嘩を売って喰われたに違いない――モレーナは本気でそう考えた。それぐらいにウォムツゥ教師は偏屈(へんくつ)な男だった。


 だが、騎士団長が事態を重く見ているのであれば仕方がない話である。モレーナは行きたくなかったが、魔法使いの面接は後回しにして南西部に顔を出してくることにした。


「誰か聞いてるか? 南西部の第2兵営に行かねばならなくなった。10人ぐらいで良い。付いてきてくれ。ウォムツゥ教師が消えたそうだ。排水口(はいすいこう)に吸い込まれたんだと思うが調べる必要があるそうだ」


 モレーナは、執務室から詰め所に通じる伝声管に向かって嫌々ながらそう言った。








「ああ、モレーナ隊長か。お疲れ様。とうとうあのハゲが、都市から居なくなったと聞いてヤル気が倍になってな」


 南西部の第2兵営では、遊撃防衛騎士団の第6部隊の隊長が彼女たちを待っていた。


「お疲れ様です。同行した狩人の装備が見つかったとか聞きました。そちらは本当に気の毒に思います。もう警報も発令されたとか」


 モレーナの方は狩人達を気遣っていた。ウォムツゥ教師の方は、あの世で神に苦情が言える男だから誰も心配していなかった。


「モレーナ隊長か!? 何をグズグズしているのか! 早く先生を見つけるんだ。あの御方が亡くなっていたら(うった)えてヤルからな!」


 入り口で同僚と挨拶していたモレーナだが、どうして自分に調査を手伝えという指示が下されたのかやっと理解した。


 ギャアギャア言いながら兵営の奥から出てきたのは、ウォムツゥ教師の『嫌味の力のおこぼれを吸収して生きている』と言われる弟子の『パンパアース』だった。彼にとって死活問題であるのが、噂通りの理由に見える様な怒り方であった。


「パンパアース殿。これから地下に潜るが、貴方(あなた)も付いてこられるか? 我々は鑑識担当の者たちと一緒に角までいく予定だ」


 モレーナは一応は冷静にそう聞いてみた。


「何で私が一緒に降りないと行けないんだ! あんな臭い場所になんぞ行けるか。それに安全も確保出来てないだろう! 私を誰だと思っている!」


 パンパアースはそうやって怒鳴り散らしている。彼は別に社会的に認められてもいないし、ただの学生であって教師ですらなかった。貴族ではあったが次男であり、貴族社会における人付き合いというものも分かっていなかった。


 モレーナも一応は貴族家の次女なのである。


 彼は師のような才能も無かったので、後ろ楯を失いそうなショックで、錯乱状態に近かったのも関係はあるかもしれない。


 成績も貢献度も低かろうとも、ウォムツゥ教師のおかげで何とかやって来たのであろう。


 完全に(あき)れ返ったので、モレーナたちは彼を無視して地下に降りることにした。








「妙な壁の修繕跡ですね。都市じゃ茶色いレンガは使っていません。それにここは、元から積んである石と茶色いレンガが融合してる……」


 モレーナたちは、学院の鑑識担当者6人と護衛の騎士20人で地下に降りた。


 発掘予定地の南西部の角で妙な壁は見つかった。明らかに正規の修繕跡ではないのだ。


 事前の届け出によれば、ウォムツゥ教師はこの近くまできたはずである。


 実のところ、都市設備管理機構はこの帝国でもっとも古い『遺跡』の調査に良い顔をしない。この下水処理施設は、帝国の歴史より古くとも現役で稼働し生活の役に立っているからだ。

 たとえ地下に埋もれているからと言っても、ここの更に下に存在する物を『遺跡』と呼ぶのは学院の者だけだった。


「それにしても良く許可が降りたな。下水処理の機構が停止したらどうするつもりだったのだ」


 第6部隊の隊長も若干(あき)れているようだ。


「毎度の事ですよ。学院の者として言わせていただくと、ここの更に地下の研究をすることは我々の悲願なんです。大きい声じゃ言えませんが、領主府にはカネを積んで、深く掘り過ぎないことも約束して、機構が停止した場合には学院側が何とかする誓約書も交わしてます」


 鑑識担当者の一人がそんな事を答えた。


 学院では地下の調査はしたいが、気軽に許可が出るわけではないのだった。限られたその(わく)をウォムツゥ教師はカネで買ったということらしい。


「出来ないかもしれない約束までしてか。大変だな。この設備と同じものが作れてもだ、建造にカネがかかり過ぎるだろう? 帝都と同じ方式では駄目なのか?」


 モレーナも思わずそう聞いた。発掘調査に意味が無ければ、そもそもあの不愉快な人物とは関わらずに済んだのだ。


「帝都の方は汚染が酷いです。修繕よりも清掃が大変で、維持費が馬鹿みたいにかかってますからね。人が多すぎるんですよ。この規模の都市できれいな水が流れる区画があって、海に処理済みの水が流せるのはここだけですよ」


 鑑識担当者がそう力説する。


 モレーナは、遥かな過去の人々に自分達が及ばないことにウンザリした。掘って調べるというのは、つまりは既に在るものを真似るしか出来ないというのと同じなのだ。







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