第29話 植毛と食事
よし、色々と試したが縮んだわけでもない。このまま肉仮面に毛を植えることが出来ないかやってみよう。
生やした毛は全部を体内に回収する。続いて肉仮面を取り込んだら、眉毛や睫毛や髪の毛について真剣に想像してみた。
体内では何やらニュインニュインしている。髪の色は東方の者らしく、前世と同じで黒にしておくのが妥当だろうと思う。
やがてシューっという感じで吐き出された肉仮面には、見事に短めの黒い髪と眉毛が植えられていた。成功だ!
肉仮面を被り鏡で確認してみれば、そこにはちゃんとした普通の人間の顔が存在していた。色々と頑張った甲斐があったな。
光量が少ないので、念の為にもう一回だけ様々な角度から各部分を確認したが問題ないと言って良いだろう。
ここまで出来れば、今度は階下に行って食事をしてこなければならない。他の客も居れば、この風体が溶け込めるかどうかの確認にもなるだろう。
人間の食事は久しぶりだし楽しみでしょうがない。
一応、爪のナイフとカネだけを持っていくことにする。扉に鍵がかかる部屋だし、荷物は大した価値も無い物ばかりだ。
カネについては、小袋を金属で補強して破れない様にしてから、更にシャツの懐の後ろに持つようにしている。実は体内にしまってあるのだ。
安全に預けたり隠したり出来る場所が見つかるまでは、この状態で持ち運ぶしかないだろう。
この宿の食堂は一階にあり、そこでは酒も頼むことが出来る様になっているとのこと。
階下に降りてさっそく入ってみると、驚いたことに先客が20人近くも居た。常にこれくらいの人数は宿泊しているという話は誇張ではなかったのだ。
「いらっしゃい。貴方がツライオさん? 何か毛が無い人だってオヤジさんから聞いてたけど、立派にフサフサじゃないの! ひょっとして毛生え薬でも使った?」
給仕をやっているらしき女性からそんな風に声をかけられた。相手はまだ20代に見える。
「ツライオだ。実は毛生え薬を使ってね。シヴィンさんの出してる一番高いヤツで。明日からそこの役所で経理の仕事をするんだ。今日からしばらくお世話になる〔ゴボゴボ〕」
気さくな感じで返したつもりだった。だが給仕の女性は「ヒュッ」と小さく言ったし、壁に近い方で飲んでいた先客の何人かは腰の武器に途中まで手を伸ばした。おそらく反射的な行動だろう。
「それも聞いたけど、東方で喉に怪我したんですって? ごめんなさい、何か思ってたよりも凄い声だったんで。食事は50デネイだけど100デネイでお酒が付くわよ。どうします?」
「それは驚くだろうな。食事は100デネイの方で頼む。酒は選べるのかな?〔ゴボゴボ〕」
そう言って彼女には銀貨17枚を渡した。
「これは多すぎます! 良いのこんなに? それとお酒の方は麦酒か果実蒸留酒だけど、どっちにします?」
「では果実蒸留酒でお願いする。多いなら6枚は君がもらって、10枚は先客に一杯振る舞ってくれ〔ゴボゴボ〕」
前世では、給仕に最初の時の支払いをはずむのは普通だった。初日であるし、これぐらいはしても問題ないだろうと思う。
ここでは夕食のメニューは毎日決まった物が出てくる。選べるのは酒とツマミだけのようだ。
「珍しく礼儀正しい男だぞ。ツライオ殿、モッペンユーテクレーヘンにようこそ」
「ご馳走になる。戦で喉をやられたのか。しかし役所の事務方がここに来るのは珍しいな」
「俺は噂を聞いた。デカい流しの魔法使いってのはアンタだな? 酒をありがとうよ。あそこは人使いが荒いぞ……」
宿の先客には受け入れられたようだ。
今気がついたのだが、彼らは酔っている様に見えて酔っていないし、体幹がブレないように動き目配りが普通ではない。
静かで荒々しさは無いが、誰かを殺す時も静かで音を立てないのではないかと思う。おそらくは全員が傭兵稼業か『それ系の仕事』で色々と慣れているのだろう。
爽やかな宿の名前と周辺の静けさの理由がようやく分かってきた。
役所のナミーモリー女史には、どういう人種に見られていたのかこれでハッキリした。しかしここは、そういったことさえ気にせず静かにしていれば過ごしやすい宿だ。他人を詮索しない人間ばかりなのはかえってありがたい。
ここは静かに水を飲みながら食事を待つことにする。
にしても水が旨い。地下でも時々、水を摂取したときだけ味覚の様なものが働くことがあった。きれいな水の時だけだ。
ひょっとして、人間の味覚が働いても良い場合にだけは、美味しいと感じることが出来るのだろうか? だとすると意外と適当に便利な身体だ。
そんなことを考えていたらようやく食事がやって来た。割と多い分量だ。
ザックリと言えば、パンにスープに焼いた魚の切り身に酒ということになる。
パンはそこまで発酵させないようだが歯触りは良かった。歯触りだ! 入れ歯が良い仕事をしている。
スープは肉とキノコと涙玉〔タマネギ〕が入っていて、後は塩のみのようだが、肉とキノコの旨味が凝集されていて東方でも中々食べられない代物だった。
漁港が近いので魚の切り身も30ドーメン(≒㎝)はあり、香草と少しの酒と塩と何かの乳のバターで焼いてあった。味は文句がつけられない。
酒を飲んで一息ついたところで、思わず今まで言いたかったことが口から出てしまった。
「これは旨い……〔シュオー〕」
静かにしていようと思っていたので、出てきたのは無声音に近い小声だったが、それは妙な擦過音と反響を伴い霧の様に床の上を流れたらしい。
見れば店内の動きは止まり、奥の厨房の方からは「ウォオッ」というような悲鳴が聞こえてきた。
「ツライオか!? ツライオだな! 絶対にツライオだ! そう言ってくれるのはありがたいんだがな。普通に言ってくれ!」
奥の厨房から、宿の主人の怒声が飛んできたのは悲鳴のすぐ後のことだった。これは自重せねばならないようだ。
その後は話しかけられることもなく、かなり大きいカップに並々と入れられた果実蒸留酒をチビチビと飲んで過ごした。
この身体は酔わないことはこれで確認出来た。そしてかなり鋭敏な味覚を持っているらしい。
これでも安い酒なのだろうが、果実の味や樽の風味までが感じられる様な気がする。
私はこの身体になってから、オナラも含めて排泄というものを一切しなくなっている。また身体が大きくなり過ぎないように、食べ過ぎや飲み過ぎには注意しなくては。
ツライオ〔クーネル〕の所持金
金貨:57枚 大銀貨:4枚 銀貨:0枚 大銅貨・銅貨:省略




