第28話 全身に毛を生やす力
「待ってほしい。私はツライオという。この街には来たばかりだ。役所のナミーモリー女史にここの宿屋を聞いた〔ゴボゴボ〕」
その男は背は170ドーメン(≒㎝)そこそこであったが、油断無くこちらにクロスボウの狙いをつけていた。
よくみると初老の一歩手前ぐらいに見えるし、ひょっとするとここの宿屋の主人なのかもしれない。元々は茶系の髪だろうが、まだ豊かな頭部には白髪が目立つしエプロンが似合っている。
「そうか……じゃあアンタは客だな。休憩してたらすげえ声が聞こえてな。これはヤベえのが来たと思ったんだ。こんな物向けて悪いな」
「この声は怪我の所為なのだ。明日から役所で経理を手伝うことになった、ツライオという〔ゴボゴボ〕」
取りあえずは家が何とかなるまで、この宿で世話になりたい旨を主人らしき男に伝えた。
「わかった。うちを指名してくれて感謝しますよ。1泊銀貨3枚。食事や湯を使う場合は別料金になります」
理解はしてくれたらしいが、料金の説明が終わってこちらがカネを出すまで、宿屋の主人のクロスボウは私に不動の直線を引いていた。
「取りあえず20日分先払いします。これでお釣り下さい〔ゴボゴボ〕」
「はいよ。釣りは大銀貨4枚な。ツライオさん、食事はどうする? ここで食うかい? 1刻(約2時間)は後になるけど」
「それでお願いしたい。部屋で荷物の手入れがあるので〔ゴボゴボ〕」
宿の主人が敬語なのは料金説明の時だけだった。結局のところ、クロスボウは上がったり下がったりするし私としては態度を決めかねる状況だ。
親切そうな人ではあるし、こちらもクロスボウでは死なないから、気になる点は多いものの20日分の料金は払った。
最上階の部屋を割り当てられたので、部屋に入ってシヴィンさんのところで買ってきた品物を試してみることにしよう。
悲しいことに今気がついたのだが、廊下や店の前を照らしていたのは魔法の灯りである。
シヴィンさんの店の内部も、妙に明るいと思ったが全部がこの魔法の灯りなのだろう。
地下暮らしをしばらくしていたから、当たり前の様に感じているが、この都市の先進性を見せつけられた様な気分になる。
地下排水設備の大通りを照らしているものよりは小さい。だがもっと白い感じの光で充分に明るい感じの物だ。熱も出ていないから火事の心配も無い。当然の様に壁にガッシリ固定されていた。
廊下の突き当たりには水が出る場所があって、手押しポンプで水を汲み上げる様になっていた。
上水道については豊富な地下水と、西側から流れてくる川の水もあるので都市では困らないのであろう。
こういった設備の維持に関しては税が使われ、私がお世話になる役所では北西部の上下水設備や夜間照明や防壁〔※〕の面倒を主に見ているわけだ。
〔※都市は中心にある方が旧市街になる。旧市街は最初に出来た防壁に囲まれている。新市街はその周辺に広がり、地下にはもちろんダンジョンの様な排水設備はないが、下水道や井戸などはちゃんとある。大きい風呂屋だってある〕
割り当てられた部屋は宿屋の正面に面した側で、しかも角の部屋であったから大通りに近い方でもあった。
室内には、寝床と椅子と机が一つずつと、壁の方に鏡が固定されて置いてあった。机には水差しとコップが置いてある。水は先ほどの場所で汲んでくるのだろう。
窓には厚手のカーテンがかかるようになっていて、窓は細かい格子のあるガラス窓になっているようだ。
ガラスは大きく作ると高いので、小さい四角を大量に作って木の格子に嵌めた方が易いらしい。
それでもこういった品物だって田舎にはほとんど無いのだ。
それは良いのだが室内については何故か灯りが無い。
「ご主人、室内の灯りはどうしたら良いだろう?〔ゴボゴボ〕」
一階まで降りていって宿屋の主人に聞いてみた。
「あんたは都市に来たばっかりだったな。ここじゃ室内はランタンで何とかしてもらってる。持ってない場合は有料で貸し出す。魔法の照明は、部屋に設置するとカネがかかるし盗まれるかもしれないから置かないんだ」
宿の主人からは納得のいく説明があった。
「分かった。ランタンはあるからこっちで何とかするよ〔ゴボゴボ〕」
よし、部屋については問題ない。入れ歯と眼球だけでも、取りあえず何とか出来ないか頑張ってみよう。
まずは一番簡単そうな眼球からだ。これは置物なので台座から両方とも外す。
買った時に聞いたのだが、これはガラスではなく何かの木の樹脂を処理して固めたものらしい。瞳の部分は透明だし、衝撃にも強く内部は空になっているとのこと。
これは眼球の後ろに穴を開けるだけで使える様になってくれた。この頭蓋骨の眼窩にも収まってくれる。
ランタンを灯し、鏡で確認しながら目が変な方向へ寄らない様に練習した。
続いてマスクを脱いだら、例の入れ歯の置物をそのまま取り込んでみる。
上下のアゴをそこだけ分解し、ソコに入れ歯が収まるという不思議な光景は、見ながら作業している私自身を表現しがたい気分にさせた。
少なくとも「顔の皮を全部剥いでやるぜ!」という脅しに対しては、完全に動じないだろうという妙な自信がついてしまった。
改めて肉仮面を被れば、体毛が1本も無いだけのヤバい男がソコに居るだけだ。眉毛も無いのである。
ちなみに鼻と耳はちゃんとあって穴も開いているのだ。
せめて眉毛と睫毛だけでもどうにかしたい。逆に耳毛と鼻毛は必要ないという選択が出来るのはありがたい。
ここでいよいよ、シヴィンさんの店で購入した『毛生え薬』〔金貨2枚〕を取り出して飲んでみることにしよう。
生き物ではなくとも魔法薬に限っては、消化した場合に私の能力に変化が期待出来る。
まだ傷薬しか飲んでいないので絶対ではないが、これで毛を生やすことが出来れば、肉仮面に植える加工だって出来るかもしれないのだ。
これまた樹脂製な上に、やたらと高級感の漂う瓶の蓋を開けて中身を一気に飲み干してみた。瓶の大きさは15ドーメン(≒㎝)というところだ。
「これは! 何か来たぞ! 何かが……〔ゴボゴボ〕」
毛生え薬を飲んでしばらくすると、身体全体がまたもや光を放ち始めた。
その後にすぐ光が収まってくれたので、手の皮膚に似せた手袋を脱いでさっそく確認してみよう。
結果として、私の身体には凄い変化が起きたことが分かった。
少なくともこの身体は「何処からでも」毛を生やすことが出来る。色は白・茶・黒の3種類と中間色から選ぶことが出来るし、寒いときには全身をこれで覆うことも可能だ。
これは地味だが良い能力だ。流刑地である『北の死の大地』でだってやっていけそうじゃないか。
主人公【クーネル】の能力を整理
作成:伸縮性の高い布、半植物繊維の布
服やブーツ等の各種完成品
土加工ブロック〔土質固化接着液〕
金属繊維の布、金属加工ブロック
ネットリ甘味回復薬
シュワシュワ解毒液(酒割り水)
特性:膂力、素早さ、器用さ、穴掘り
赤外線視覚、保護色、反響定位
人間の振り〔シルエットだけ〕
岩鉄の肌、柔らかい体
白・茶・黒の体毛が生える
会話:人間、ネズミ、黒アリ
武器:強酸、溶解毒、クモの糸、カマ
雷撃の魔法、火炎の魔法、ハサミ
肉の鞭、噛みつき
ツライオ〔クーネル〕の所持金
金貨:57枚 大銀貨:4枚 銀貨:17枚 大銅貨・銅貨:省略