第27話 入れ歯と毛生え薬
歯については早期に何とかせねばと思っていた。それから糸目で誤魔化している目もだ。
現在は金属製頭蓋骨があるから、当然ながらそこに生えている歯も全部が金属製になっている。異様な光沢の歯は口を開く度に見えてしまう可能性があり目立つ。
ここにある『総入れ歯』を組み合わせたならば、口については完全に人間の振りが出来るのではないだろうか。
お年寄りの為の便利な道具だが、何というか見事な造形であると言える商品だ。
更に趣味の悪い目の置物は、最初は義眼だと思われたが本当に置物として楽しむ商品であるらしい。
これは糸目解消に役立つ。今のところ他のあらゆる隙間から全周が見えるし、反響定位は服で範囲が狭くなっても常時働いてくれている為に困ってはいない。
だが見栄えとしては問題があるだろう。うっかり目を開けると、そこにあるのは青い半透明のドロッとした何かでは、見られた瞬間にお尋ね者になることが確定である。
両方とも買ってみて、早々に体内に組み込んでみなくてはならないだろう。
「あの……いらっしゃいませ。ソレを購入していかれるのですか?」
掘り出し物を見つけた気分だったが、その時に背後から遠慮がちな声がかけられた。おそらくは店番の女性だ。
「失礼、誰も居なかったのですが、いくつか欲しい物があったものですから見ておりました〔ゴボゴボ〕」
慌てて女性の方へと向いて謝った。最初は特に礼儀正しくだ。
こちらの声を聞き、正面から顔をまともに見たその女性は「ヒュッ」と少しだけ言ったが、私としては聞かなかったことにした。
「実はこの都市に来たばかりの『流しの魔法使い』なのです。東方で喉をやってからこの調子でして。明日から役所で経理を手伝います〔ゴボゴボ〕」
ここで私は正直に答えた。これだよ。この身分がしっかりしてる感じ。
子供が見たら泣きそうな外観と、子供が聞いたら夜に用を足しに行けなくなりそうな声だが、この『ちゃんとした固い仕事についとぅるんディすわぁ感』は全てを帳消しにするだろう。
「まあ! そうだったんですか。それでその置物は両方ともどうされるんですか?」
どうやら両方とも置物だったらしい。入れ歯だってよくよく考えたら、医者や職人に相談してからその人物に合わせて作られる物だった。
「実に見事な造形です。出来れば家の机に置きたいと思いまして〔ゴボゴボ〕」
私は言い訳に気を遣った。職場には置けないからな。
「ありがとうございます。他にご入り用の物ってありますか?」
向こうから話を振ってくれるとはありがたい。
「その……出来れば傷薬と、毛生え薬などがあればいただきたいと思いまして。魔法薬が欲しいのです〔ゴボゴボ〕」
見た感じ店内には『カツラ』は無いようだ。ヅラが無いなら生やす方向で頑張りたい。
「こちらの棚です。火傷と斬り傷ですか。戦って怖いですね」
少し話を聞けば、この女性は店主の『シヴィン』女史であるという。学院で先生もしているそうだ。穏やかな雰囲気は癒し系だし、薄い茶色の肩までの髪と目を持つ西方の人だが、きっとこの先生の授業は人気が高いに違いない。
シヴィンさんは、裾の長いワンピースのスカートに、厚手のフード付きローブを着ていた。色は共に薄い草色である。
「ツライオさん、どちらを先にお出ししますか?」
「切実なのは『毛生え薬』の方です〔ゴボゴボ〕」
シヴィン先生には毛生え薬の方を先に出してもらった。
「一番高いヤツでお願いします〔ゴボゴボ〕」
「これが1本金貨2枚。2万デネイします。試してみますか?」
「それを1本下さい。それから傷薬は即効性の一番高いヤツで〔ゴボゴボ〕」
「騎士団に普通に卸してるヤツだと銀貨50枚。5千デネイなんですけど、もっと凄いのがありますよ。これは滅多に出ないんですけど、2万デネイするやつもあります。切れた首が繋がったことがあるって噂があります。直後に使用したみたいですけど……」
「それも1本もらいます。全部でいくらですか?〔ゴボゴボ〕」
「4万と2千デネイになります〔ニッコリ〕」
薬は良いとして置物が地味に高い。シヴィン先生には金貨4枚と銀貨で20枚を払った。置物が娯楽用の恋愛官能小説と同じ値段だってどうなんだろう。
〔※娯楽小説は現代日本の価値に例えれば1万円ぐらいするとお考え下さい〕
「またのお越しをお待ちしてますよー」
私は店から明るい声で送り出された。
そう言えば書籍店のことも聞こうかと思ったがやめておこう。堅いのしか売ってない店もあるのだ。官能小説は堂々と大通りで売られていないので、地道に裏通りを探索するしかないのだ。
それは明日以降にやれば良いし、今からはもう今夜の宿である『清風と草原』亭の方に行ってみよう。普通に宿屋があるってだけでも大都市は違う。
「ここで良いのだろうか? 確かに小綺麗な印象は受けるな……だが静かすぎる〔ゴボゴボ〕」
一応は治安が良いらしい北西部の大通りの脇に入ると、割と雑多な印象の裏通りにすぐに行き当たることになる。
家々はと言えば石造りであり、屋根は平たい瓦屋根が多い(スレートに近い)。柱などは木造でも壁は石だ。
大通りに近い場所や中心街では屋上に上がれる砦造〔※〕りの建物も多い。
この『清風と草原』亭も3階建てのかなり広い建物で、砦造〔※〕りの堅牢な外観を有し、噂では常に20人は客がいるという話だった。
〔※上部が平たい要塞の居城に似ている所からこう呼ばれる〕
陽も落ちたこの時間、客は酒を飲むなどして談笑しそれなりに賑やかであると思われたが、実際に来てみるとそんな喧騒とは一切無縁の様子を見せて静まりかえっている。
しかし折角のナミーモリーさんの紹介である。ここは気軽に挨拶して金を払い、宿の主人に今日の料理と酒を振る舞ってもらって気持ち良く休むべきだろう。
「失礼する。清風と草原亭というのはこちらでよろしいのですかな?〔ゴボゴボ〕」
声を押さえ目にして出したら、陰々滅々とした雰囲気のソレが床を這っていって奥の扉の前で弾けた。
普通の暗い声という感じになってくれるかと思ったが、恨み言を吐きに来た亡霊の様な感じになってしまった。
明るい声を出す練習をしよう。明日から。
入り口を入った所にカウンターがあったので、私はそこから宿の内部に声をかけたつもりだった。
「待て、そっから動かないでくれ! 何者だ!? ここへは何をしに来た?」
出現を私に悟らせなかったのは大したものだった。仕掛け扉と壁と本人の腕だ。
おそらくは宿の主人だと思うが、玉の様な汗を浮かべながら私の背後に現れた男は、装填の終わったクロスボウをこちらに向けながら声をかけてきたのだ。
ツライオ〔クーネル〕の所持金
金貨:58枚 大銀貨:0枚 銀貨:17枚 大銅貨・銅貨:省略