第25話 都市設備管理機構の窓口
住処に戻った私は、出来るだけ急いで地上に出る準備に取りかかった。
まずは骨格だが、これは骨を身体から取り出して見ながら金属で同じものを作る。骨髄だけ消化すると元の骨はすぐに駄目になるからだ。
部品点数は物凄く多いが、何とか全部を作って身体の内部で組み合わせてみる。
各骨は組合わさるが固定されていない。これで、あり得ない方向に間接が曲がるが骨はある身体が手に入った。
役目を終えた骨は消化する。
今回は『小さな青い石』と『火炎の魔法』は後回しにしておく。狩人たちの鎧や武器は、関係ない場所の水路に放り込んでおいたからそのうち何処かで見つかるだろう。
荷物は硬貨と地図、水筒とランタンと油に自作の包帯だけにしておく。それ以外は誰かの遺品だとバレる可能性があるからだ。
金属鏡で全身を確認。背負い袋はヘビのウロコが残っていて『赤黒い生き物』みたいだが、これは大きくて使いやすいし丈夫なので来る途中で作りましたで誤魔化すしかない。
あとは何かが足りない。流しの魔法使いに足りないものは何だ。魔法の発動体だ。
術師は例外なく杖などの発動体で武装している。私にもそれが無いと怪しまれる可能性がある。これは作らねば。
丁度ある金属も少し混てみるつもりで、私は殺人鬼だったハンポロ氏からもらった肉切りナイフを腰から抜いてみた。これだ。これを改造して発動体をでっち上げよう。
革のベルト付き鞘にナイフと追加の金属を取り込み、私はこのナイフに力の一部が宿る様に念じてみた。
こういう風に材料が揃っている場合、何かを造っても私の大きさはあまり変化がない。それでも金属の場合、分解して再合成するのに養分を消費するようで少し細くなった。
こうして、しばらくしてから出てきたのは鉤爪の様に内側に湾曲した70ドーメン(≒㎝)もあるナイフだ。刃の長さだけなら40ドーメン。柄が30ドーメンもある。柄頭には、ヘビの目の様な虹彩模様を持つ紅い丸い石が付いていた。
ベルト付き鞘も作り直されたので、これを腰に巻いて改めて鏡で全身を確認してみた。見た感じでは問題は無さそうだ。
時間的にはかなり遅くなってしまったが、これでもって近くの縦穴を上がり役所の窓口に顔を出して来なければならない。
念の為に充分注意して住処の扉から出た私は、これまたドキドキしながら近所の縦穴を登ることになった。登ってから人に会うという目的があるのは初めてだ。
ジャイナさん達との一件は午前中の事件であった。縦穴から上がってみるともう既に夕方の様である。
役所は目の前にあるが、入り口はと言えば縦穴のある中庭の脇にある道を出て、大通りに面した側へ行かねばならない。ここからだと反対側ということになる。
開け放しの広い入り口を通ると、テーブルと椅子が並び、商人らしき者たちや何組かの狩人が座って酒などを飲んで寛いでいた。一瞬、飲み屋かと思うのだが、奥は厨房と並んでお堅い感じの事務員が居るカウンターがある。
「ツライオさんじゃないか! 良かった、生きてたな。何かが来て逃げたんだろうと思ってたんだ」
そう言って話しかけて来たのはナイス兄貴だ。ジャイナチームは、4人とも役所のカウンターに一番近い側で飲んでいた。改めて見ると、全員が西方者というべき茶色い目と髪をしている。
鋭い感じの美女であるジャイナさんだけは、茶色よりは紅い感じの長い髪をしているし、目も黒に寄った赤という感じの色合いになっている。
女性陣は175ドーメン(≒㎝)くらい。男性側は185ドーメンといったところだろう。
地下では動きを注視し過ぎて意識していなかったが、全員が均整のとれた体つきで顔も引き締まっていて凛々しい。
「ああ、遅くなってすまない。実はアリが大量にやって来たので逃げたのだ。それでまた道に迷って今やっと出てこれた〔ゴボゴボ〕」
人間を4人消化した所為か、声の方は水っぽさはあるものの随分と改善された様に思う。思うのだが、こちらが声を発した途端に武器に手が伸びた者が何人も居た。
「ハハハハハ。そりゃ災難だったね。アタシらも担当者と確認に戻ったら死体が無くてさ。何かが食いつくしたと思ったんだけどアリだったんだね。でもアンタの声って地上でも凄いね。地下で聞くよりはマシだけど」
ジャイナさんはそんな事を話してくれた。やや掠れた低音が耳に心地よい。ここはまだ昼間の地上だ。私は他所から来た者としてだけ警戒されている。良かった。人間には見えているのだ。
「ちょっと、ナミーモリー。ようやく『流しの魔法使い』殿が来てくれたよ。アリに追いかけられて大変だったってさ。話を聞いてあげてよ。喉を怪我してて凄い声の人だけど。毛が無いしデカいし、糸目の用心棒みたいな人だけどアタシらの恩人だからね!」
ジャイナさんが奥に声をかけると、受付カウンターらしき場所から女性がこちらまでやって来た。それにしてもエラい言われようである。
「初めまして。私は担当のナミーモリーです。ツライオさんですか? 一族の姓はお持ちでいらっしゃる?」
私はその『ナミーモリー』という女性に連れられて、今はカウンターから更に奥にある仕切りの中で事情聴取の最中である。
「ただのツライオで結構。この街には来たばかりなんです。地上の穴から地下に入ってしまって……数日は迷っていました。手持ちの食料も無くなってどうしようかと思っていたところでして〔ゴボゴボ〕」
今回は南東部に空いた穴から、興味が湧いて地下へ迷い込んだという話で押し通すことにした。
「それ大変でしたね。失礼なんですけど何か凄い声ですね。傭兵として何かに参加されたのですか? こっちは紛争も国境侵犯も滅多に無いですけど」
「実は東方のバンドヴォシュー地方でして。東方ヴォーカル山脈はご存知ですか? あそこは蛮族の侵入がまだあるのです。キシカネイヤ大密林の手前の峰です〔ゴボゴボ〕」
私は前世で住んでいた領地の話でここも誤魔化した。ここは平和らしく『流しの傭兵』には仕事がないだろう。『流しの魔法使い』なら仕事があると良いのだが……。
「なるほど。戦いには慣れてらっしゃるんですね。正規の学問校には通われてますか?」
ナミーモリーさんの質問は続く。
「初等部を出て、財務管理に進みました。親が商人でしたもので。魔法の方は20歳を過ぎてから発現したのです。兄が家を継いでからは家を出ました〔ゴボゴボ〕」
これも家を出た部分以外は前世の話だ。バンドヴォシュー地方のアースヤリーマ領を治めていた父は、私を内政でこき使う為に財務管理を学ばせたのである。
17歳で領地に戻った私は、父である『アースヤリーマ卿 シラネーオ・メンドクセーナ』の元で酷い日々を送った。家を出て自由に生きるなど、当時の私は考えることもしなかったのだ。